面倒だから言わなかった
「お前との婚約を破棄する」
婚約者……いや、たった今元婚約者になったばかりの第一王子にいきなりそんなことを言われた。
「………………………理由をお聞きしても」
泣いて縋るのを期待していたかもしれないが、キャサリーンにとってはそんな面倒なことをしたくなかった。
もともと王子の婚約者……ゆくゆくは王妃になるのも面倒な話なのだが、断る理由も見つからず、抵抗するのも面倒だから渋々受け入れたに過ぎないので、痛くもかゆくもない。
両親もそんなキャサリーンの性格を知ってはいたが、断る理由もないし、断るための理由を作る方が後々面倒になると判断して、何も言わなかった。
キャサリーンの性格は両親そっくりだった。
そんなキャサリーンだが、王宮での王子妃教育は真面目にやっていた。勉強をしたくないと駄々をこねて、さぼったり逃げ出す婚約者を尻目に、一度教えたらすぐに身に着くと教育係から太鼓判を押されていた。
真面目だと褒められていたが、キャサリーンの頭の中では、さぼったり、逃げたりすると後々が面倒になるし、何度も復習や居残り勉強、課題を渡されるのも面倒だったから一回で覚えていたに過ぎなかった。
キャサリーンはいつもさぼっていたり、逃げたりしてその都度護衛や従者に捕らえられて説教をされている自分の婚約者を何で無駄なことばかりするのかと呆れていて、そんな婚約者との時間を作ることが最大の面倒と判断した。
婚約者との交流目的のお茶会は肝心な婚約者が脱走して参加をしないので、まともに会話をしたことなく、為人を理解する時間もない。わざわざさぼっている相手を待つなんてことしないのでお茶会の時間は、その時傍にいた侍女や従者と話をする。
自分はお茶会の時間はずっとそこにいた。侍女と従者が証明してくれる。なので、ようやく捕獲が出来た婚約者がお茶会の会場に到着した時にいなかったのを責められても居なかったのはそちらだとしっかり言えたし、侍女たちの証言もあった。
学園に入ると婚約者がいろんな女性と親しくなっているという噂を耳にして、面倒だと思ったのでわざわざ注意しに行くことをしないで、その分学園で出会った人たちとの交流を大事にした。
公爵令嬢であり、王子の婚約者であるという立場上。常に誰かが傍にいて、一人になるようなこともない。わざわざ一人になるという時間を作るのも面倒だったので、その状態が当たり前になっていた。
婚約者と親しい相手はころころ変わっていて、その都度勝ち誇ったような笑みをこちらに向けている女性はいたが、キャサリーンは相手をするのが面倒なので相手にしなかった。
ただ、その女性の態度に腹を立てる友人たちが何かしようとするのを後々面倒になるからという理由でしっかり何もするなと止めてはいたし、何かしたら制裁を与えるとまで明言した。
そのことは、後々言った言わないの水掛け論になるのも面倒だったので正式な書面を書いて残しておいた。
そんな日常を送っている中で、婚約者が神殿の認めた聖女と親しくなっているという噂を耳にして、今までの遊び相手の女性とは違って本気らしいという噂が耳に入った。
「このままでいいのですか?」
友人に尋ねられたが、面倒だからという本音を隠して、
「気にしていませんので」
と何もしなかった。
相変わらず、常に人が居て、友人たちにも手出し厳禁と伝え……王城から送られている影の護衛にも気にしていないと自ら示していた。
「お前との婚約を破棄する」
第一王子の言葉に反論するのは面倒だからしない。だが、腑に落ちないことがあるので、それを放置していたら後々面倒だからという理由で、
「………………………理由をお聞きしても」
と聞き出すことにする。
「お前が聖女であるロアンナにした悪行を知らないとでも思ったのか」
「悪行。ですか……」
元婚約者は何を言っているのだろうか。キャサリーンにとって悪行をすると言うことは面倒な時間を掛けて面倒なことをして、後々面倒なことを言われることなのだ。
誰が、そんな面倒なことをするのか。
「事実無根であります。証拠はあるのでしょうか。まあ、でも、婚約破棄は受け入れましょう」
そちらの有責でというのは面倒だから言わない。反論する証拠はしっかりあるが、わざわざ見せても、こんなの捏造だと言われて、処分しようとするような輩だと理解しているので彼らのために複製をつくるのが面倒なので用意せずに、面倒なことにこれ以上巻き込まれないためにしっかり王族関係者に渡す分だけ複製を作成して、提出してある。
「っは。負け惜しみだな」
勝ち誇ったように笑う元婚約者を相手にするのが面倒なので、そんな誤解をしているのならそのままで構いませんと放置しておく。ただ、後々面倒になるので一つだけ確認した方がいいと判断して、元婚約者の近くにいる従者。そして、隠れる場所に秘かにいる王家の影の存在にそっと目配せをして、
「殿下は聖女様とご結婚するおつもりですか?」
「なんだ。今更、引き止めるのか!?」
誰が、そんな面倒なことをするかという心の声は漏らさずに、
「王室典範と神殿誓約書は目を通して、覚えていますか?」
「はっ、そっ、そんなの……覚えているに決まっているだろうっ⁉」
目を通してもいないし、覚えてもいないだろうという反応が返ってきたが、面倒だから何も言わない。
「そうですか」
分かりましたとこれ以上は話が長引くのが面倒だからとさっさと帰る。
帰って早々に婚約破棄されたこととまた面倒なことに巻き込まれたくないので、次の婚約者を決めておきたいと進言する。
「次の婚約者はグリークにします」
第一王子の婚約者になってしまったので、跡取りがいなくなってしまった我が家が跡取りとして養子にした義理の弟。幸いにも婚約者はまだ決めていなかったので面倒なことにならないですんなり決まった。
「姉さまっ!!」
「グリークなら安心だな」
「ええ。もともといとこ同士ですし、跡取りの座は変わりませんしね」
跡取り問題に揉めるのが面倒だったので、両親もすんなり納得する。
「いいのですか。姉さま……」
不安げな眼差し。
「わたくしは構わないわ。――グリークに想い人がいたのなら、その方を迎えられなくなったのは申し訳ないけど」
グリークの意思を尊重できなかったことだけが良心に咎めたので謝罪すると、
「い、いえ……そこは大丈夫です……」
顔を赤らめてこちらを見つめる視線に、ある感情がしっかり伝わったので、大きな面倒にならなくてよかったと心から安堵する。
「姉さまはいいのですか……?」
「いいのよ。グリークのことは面倒と思わないの」
ならば一緒にいてもいい。グリークも同じ気持ちなら迷うこともない。
面倒になってもおかしくない次の婚約者をさっさと決めて、無事に手続きを済ませて、王城で王子妃教育をする面倒もなくなって一か月が過ぎた頃。
「キャサリーン!! 聞いていないぞ!!」
元婚約者がいきなり我が家を尋ねて来てそんなことを言いだす。ああ、面倒なことになったなと思いつつも、すぐに関係者が回収に来るだろうから面倒だが、時間を稼ぐことにする。
「なんのことでしょう?」
「惚けるな!! 聖女は王族に迎え入れない。王族に嫁ぐ場合は、王族が王位継承権を放棄して、王族の籍から外すなどっ!!」
喚いている様に、知らなかっただろうと思ってはいたけど、知っていると言ったのだからそんな面倒なことになるのだと扇の下で嘲笑う。
「何を言っていますか? 王室典範にも神殿誓約書にも書かれていましたよ」
権力を一本化。神殿と王族の癒着を防ぐための決まり。
かつて、王族が悪行三昧で民を苦しめていた時期に神殿関係者も癒着して甘い汁を吸っていたことがあった。
そんな王族と神殿関係者を裁いた神殿の良心と王族の良心と後の世に言われたかの方々は、二度とこんなことが起きない様に互いに見張り合う仕組みを作り上げた。
それが王室典範と神殿誓約書だ。
「殿下は知っているとおっしゃいました。読んでいる覚えている。それでも、構わないと」
「そっ、それは……」
「今更知らない。では、すまされませんよ」
わたくしの言葉と同時に元婚約者を迎えに来た者たちが屋敷に現れて元婚約者を連れて行く。
「ああ。そうそう。――聖女も婚姻が決まると聖女の座を降りる。降りて、元の暮らしに戻るというのも神殿誓約書に決まっていますね」
聖女は結婚すると聖女の力を失う。聖女という立場で国の高位貴族に甘えて縋って権力をほしいまま手に入れようとした者も居たからそんな決まりが出来た。
なので、聖女は大概一生独身で過ごす。例外は家族の元に戻りたいと思って任期を済ませた者だけ、他の者は任期の更新手続きをする。はて、聖女ロアンナは任期明けしたのだろうか。
確か、聖女になる契約で、任期が明けるまで家族の生活の保証と給金。聖女自身の安全などが保障されるが、任期の途中で寿退任をする場合は契約違反になると思ったが、婚約破棄の話を聞いた時は面倒だから言わなかった。
(違約金と慰謝料とあと諸々………どれくらいかかるでしょうね)
真実の愛があれば乗り越えられるだろう。面倒だから何一つ忠告しなかったし、しても恋のスパイス扱いされるのが面倒なので放置しておいた。
もう面倒なことは起きないだろう。面倒なことが起きないように我が家の経営は安定しているし、領民の生活も潤っている。
グリークとの結婚は面倒ではなく楽しみなので、苦でも何でもないのだから。
面倒ごとになるのは困るので領地経営など真面目です。面倒なことを嫌うのと怠惰は別物。




