第二話・久我明陽
「小日向君、お昼は?もう済んだの?」
ニッコリ笑った明陽にそう言われて
「あっ!!」
と思い出した。
弁当を食べかけだった事をすっかり忘れていたのだ。
「あの、すみませんでした、失礼します」
健介は慌てて頭を下げると、元の場所に戻って弁当を頬張り始めた。
すると、そこへ明陽もやって来て、健介の隣へちょこんと並んで座った。
「あ、久我先輩は食べないんですか?」
健介が何の気なしに尋ねた。
「僕はもう食べたから」
「え、そうなんですか?」
意外な答えに少し驚いた。
昼休みになって直ぐここに来た健介でさえまだこうやって弁当を食べているのに、明陽はいったい何時の間に食べたというのだろうか?
健介はそんな事をチラッと思ってしまったのだ。
明陽はそんな健介の思いを察したのか
「うん、早弁したから」
と笑って言った。
「えっ!!久我先輩でも早弁なんかするんですか?」
健介は益々驚いた。
成績優秀、品行方正と言われるあの久我明陽が、早弁をするなど誰が想像出来るだろうか。
「ちょっとね、今朝寝坊して朝食を食べ損ねたからお腹が空いて……で、二時限目にね……」
「へぇ〜、久我先輩でもそんな事あるんですね」
健介は明陽が意外に庶民的な事がちょっと可笑しくて、なんだか親しみを感じられた。
その時、明陽のお腹が〔ぎゅるるる〜〕と鳴って食事の催促をした。
「プッ」
健介は思わず吹き出した。
王子様のような明陽がお腹を鳴らしている、そのギャップに心が持っていかれそうだ。
「あの、久我先輩……失礼かもしれないけど、良かったらこれ一緒に食べませんか?」
健介は自分の弁当を差し出して言った。
「良いの?」
「お口に合うかも分からないし箸を付けてしまってるけど、嫌でなければ……」
「有り難う。じゃあ、お言葉に甘えて……」
明陽はそう言って弁当を受け取ると、中身を3分の1だけ蓋に取り分けて残りを健介に返した。
「でも、それならどうして学食に行かないんですか?」
健介は弁当を受け取ると、膝の上に置いてから尋ねた。
「あそこは……僕が行くと皆んな気を遣ってゆっくり食べられない様だから……」
明陽が箸代わりにするために傍らの枝を折りながらそう言って微笑んだ。
「それは久我先輩じゃなくて……一緒に居る九条先輩のせいだと思いますけど……」
健介は少し口籠るように言った。
「どうして?」
「どうしてって……皆んな九条先輩のこと怖がってるし……」
「聖はそんなに怖くなんかないのに……皆んな誤解してるんだ」
そう言った明陽の横顔は少し淋しそうだ。
「久我先輩から見ればそうでしょうけど……幼馴染み――でしたよね?」
「そうだよ、物心つく頃から側に居た。あ、明陽でいいよ」
「そんな、呼び捨てなんかしたら殺されちゃいますよ!」
「まさか」
明陽は苦笑するが、健介にとっては笑い事などでは済まされない。
「本当ですよ、皆んな『明陽様』って呼んでるのに、僕なんかが……」
「その呼び方はあまり好きじゃないんだ……」
「どうしてですか?」
明陽の言ったことが少し意外だったので、不思議に思ってふと尋ねてみた。
「戦前ならまだしも、今の時代に『明陽様』だなんて……旧態依然もいいとこだよ……」
明陽はそう言ったが、健介は内心
(い〜え、貴方は充分明陽様です。久我家の人なんだし……)
と思って苦笑してしまった。
久我家はいわゆる高貴なお家柄というヤツで、この時代にあって未だに格式と威厳を保ち続けている。
その極めつけが九条家なのだ。
そして、この力関係はそっくりそのまま紫苑学園の力関係に反映されていた。
「でも、皆んなが『明陽様』って呼ぶの分かるような気がします」
健介はそう言ってご飯を頬張った。
「そうかな……」
明陽が少し淋しそうな顔をした。
だからと言う訳ではないが
「じゃあ、明陽さんって呼ばせて頂きます。それでも皆んなに睨まれそうだけど……」
と健介はニッコリ笑って言った。
「アハハ、じゃあ僕は健介って呼んで良い?」
「あ、はい勿論です」
「じゃ、決まり」
明陽は嬉しそうにそう言って笑うと、弁当に箸を付けた。
「この玉子焼き美味しっ!健介のお母さん料理上手なんだね」
「そうですかね?結構大雑把だったりするんですけどね……」
そう答えたが、まんざらでもないようで、健介は照れくさそうだ。
そんな他愛の無い話をしながら、穏やかに時間は過ぎていった。




