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涼しい夏の夜に

 すっと筆を置き、時計を見る。集中していたから気が付かなかったが、もうすぐ時計は深夜の1時と半をまわろうかとしている。

「ちょっとのめり込みすぎたなぁ。今日はここまでにしよっと」

 締め切りは数日後で進捗は9.9割、急いでやる必要はないが楽しく描いているため、気が付くと時間を忘れている。編集担当からも、

「楽しまれているのはいい事ですが、睡眠とかちゃんととってくださいね」

 と、お叱りを受けることもあった。


 仕事部屋に鍵をかけ、寝室へ向かうついでに電気ポットに水を入れスイッチを入れる。

寝室の机には自分の好きな作家の漫画や小説が並んでいる。読破した物は仕事部屋の本棚に移動させている。スマホを取り出して天気予報を検索すると、今日は綺麗な月の見える晴れた日だそうだ。窓を開けると涼しくなり始めた秋の風が部屋に入ってくる。電気ポットがお湯の沸いたことを知らせる。

 台所へ向かい、インスタントのココアを大匙1、ミルクシュガーを少々。お湯を注いでホットココアを作り、よくかき混ぜて寝室へ戻る。スタンドライトの明かりをつけて椅子に腰かけると、先ほどの風が肩を撫でる。昼間はまだ少し暑さが残るが、夜になると徐々に冬へ向かう気温の低下を感じることが出来る。

 今日は友人の描いている漫画を読んで寝ると決めた。初の単行本出版で、報告を受けた時は自分の事のように喜んだ。ファンタジーな世界観で、女主人公が冒険者としてクエストや困難を乗り超えていくお話だ。ココアを飲みながら片手で付箋の挟んであるページを開き、続きを読み始める。丁度前の章で親友に裏切られ、ピンチに陥ったところからであった。地方で特段明かりの強い建物のないおかげで星空が綺麗な窓の外を眺めて続きを読む。話では裏切りをそそのかした張本人と主人公が対峙していた。黒幕は裏切らせた親友を捨て駒にして危険度の高いダンジョンの下層に突き落としたという。

 主人公のイラストの表情、黒幕の悪意に満ちた笑みの表現に没入感があり、秋風が吹きこんで思わず方が震える。緊迫した雰囲気の中主人公は、

『それでも…私は親友を見捨てない!』

 というセリフにグッときて思わず涙が目に浮かぶ。この話はここで一区切りつき、次の話へつながる扉絵にたどり着いた。

 涙をぬぐい、ココアを一気に煽る。風に当たり過ぎて冷え込んだ体を、ぬるくなったそれが染みる。台所でコップを洗って、歯を磨く。寝巻は昨日買った水色と白色のボーダーカラーのもこもこしたパジャマだ。裏側は断熱性のあるさらさらした素材で、もこもこした毛が直接肌に触れることのない自分の好きな感触だ。ロフトに置いてあるベットに寝転がり、天窓を見上げる。

 そこには都会では絶対見れないであろう星空と満月が広がっていた。あくびをが出て、そろそろ寝るかと決心する。瞼を閉じると先ほどの裏切りのシーンを思い出し、再び複雑な気持ちになる。裏切った彼女にも唆された言葉で感情的に動いてしまったというよりは精神支配のような状態だったからだ。

「明日は続き読もう…おやすみ」

 その日、夢を見た。

寝る前に読んでいた単行本を描いている友人とカフェにお茶しに行った。朝起きた時には何を話したか覚えていなかったが、とても楽しい出来事だったことは間違いなかった。そういえば最近お互い忙しくて遊びに行ってないなと思い、電話をかけてみることにした。

「もしもし久しぶり! 昨日夢に出てきてさ、一緒にカフェでお話ししない?」

「え?! 私もおんなじこと言おうと思ってたの! いこ!」

 こうして二人の作家は会社で仕事仲間として何回か会うことはあったが、週末には友人としてカフェでお茶することになった。その夜は気分が高揚し、筆も自分が思うより進みすべてのペン入れが終わった。編集担当に連絡し、完成したものをデータ化し送信する。

『いつもすごいですけど今回も力が入ってますね! 明日修正があれば連絡します』

 連絡を確認したら仕事部屋のパソコンの電源を切る。今日もココアを入れて、昨日の続きを読むため寝室の椅子に座った。開けた窓からは、昨日よりあたたかだが冬を感じるカラっとした風がゆるく部屋へ入り、カーテンを揺らした。

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