第21話 内なるナニカ
マズイ。ここはエレベーターの中だ、逃げ場がない。
どうする…愛染さんも居るし、敵も迫ってきている。
「鴉羽君?」
「…」
やるしかねぇだろ…!
愛染さんの事も知った。ライブを成功させないといけない理由も知ったんだ。
絶対に成功させるためにもこんなところで止まるわけにはいかないんだよ…!
「愛染さん、ちょっと下がってください」
「え?う、うん」
愛染さんと一緒にエレベーターの奥にたつ。
とはいっても扉から徒歩3歩のちょっとした距離だ。逃げる、隠れるなんて出来やしない。
…俺は愛染さんの手を離して、構える。
「ふぅ…」
一撃で潰す。
俺はボディガードだ。愛染さん達を守らないといけない。
守ることだけを考えて、それ以外はいったん捨てろ。
――ウィーン。
「!」
「むぐっ!?」
エレベーターの扉が開いたと同時に、作業着を着ていた奴の顔面に手のひらを添えて思いっ切り力を籠める。
「がぁぁぁっ!?」
「ふぅ…!」
片手で掴みながらそのまま上に持ち上げる。
身長は俺の方が大きいし、筋肉は俺の方がデカい。
だけど、この内側から湧き出る力はなんだ…?
人一人を握りながら持ち上げられるほど俺は力持ちじゃない。
…まぁいいか。守ること以外を頭の中から一旦捨てたのは俺だ。
害するものを潰せ。愛染さんを守れ。
ただ…それだけ。それだけでいいッ!!
「おぉぉらぁ!!」
握りこみながら壁に作業着の男の顔面を叩きつける。
鈍い音が鳴ったと同時に、作業着の男の腕はぷらんぷらんと力なく下に垂れた。
「愛染さん」
「は、はい!?」
「一旦、エレベーターから降りて階段で一階まで行こう。エレベーターで降りる所を狙ってきたとなると電子機器やその他もろもろが掌握されてる可能性がある」
「で、でも…マネージャーたちが」
「あー、そうか…愛染さんは階段で上がるとして、ここから8階まで体力は持つ?」
「ちょ、ちょっと厳しいかもしれないけど…大丈夫!」
「…絶対大丈夫じゃないですよね?」
「う、ううん!大丈夫」
…ファフニール、お前が言わなくても俺も理解できる。
無理してるな。
今日のレッスンに加えて、ついさっきのエレベーターの暗転の影響によるトラウマの再発。
肉体的に疲れて居なくても、精神的には疲れているだろうし。
何より、身体から悲鳴が上がっている事が見て分かる。
仕方ない…怒られるのも承知のうえで行動するか。
俺は膝を折り曲げてしゃがみ込み、愛染さんの方に背中を向ける。
「乗って」
「えっ!?」
「正直、そんな姿を見られたら怒られるかもしれないけど、愛染さんが無理してる方が流石に困る」
「で、でも…」
「俺はまだまだ動ける」
「…し、失礼します」
愛染さんはボソッとそういうと俺の背中に乗り、腕を俺の首辺りに回した。
俗にいうおんぶの状態になった。
「お、重くない?」
「全然?さぁ、行くぞ!」
「う、うん!」
俺は愛染さんをおんぶしながら階段を駆け上っていく。
先程も言った通り、愛染さんは全然重くない。
ちょっぴり重さは感じるかもしれないが、それは色んな意味で頑張って来た分の重さだ。
それも一緒に担げないと、ボディガードとしても失格だろう。
「あ、あの…鴉羽君」
「ん?」
6階と7階の境目で愛染さんに話しかけられたので足を止める。
「今更だけど…ありがとう。私のボディガードになってくれて」
「急だな、どうしたんだ?」
「その…今までのボディガードの中でも鴉羽君はとっても頼りがいがあるし、強いし…その…―――だし」
「…最後聞こえなかったんだが、何て言ったんだ?」
「何でもない!それと、ここまで登れたら後は大丈夫だから!」
「お、おぉう?」
後半の部分だけ聞き取れず、聞きなおすが何か怒りながら俺の背中から降りた。
そ、そんな気に障るようなことだったのか…?
ーーー
二人で周囲を警戒しつつ、階段を上り8階までたどり着いた。
敵やらなんやら見つからなかったので逆に不気味だ、こういうのって階段から敵が来たり待ち構えて居たりするものだと思っていたし…この静寂が逆に恐ろしい。
「…」
8階の階段の扉を静かに開けて、周囲を見回す。
…ファフニールからも周囲には敵どころか人がいないと聞こえてきた。
「愛染さん」
「うん…!」
静かに扉を開けて愛染さんと一緒に8階に戻ってきた。
やっぱり静かだ、もはや人なんていないんじゃないかってくらい。
いや静かすぎないか?阿達さんたちは会議中ってことだし、多少この階が静かなのはわかるが…エレベーターが止まったんだぞ?
多少の反応が無いとおかしいと感じる。
(気を引き締めるか)
軽く深呼吸したのち、愛染さんと出来る限り距離を離さないように歩きながら阿達さんたちがいるであろう会議室に向かう。
「鴉羽君…」
「うん…?」
「手を…握ってもいいかな」
「別にいい」
愛染さんも不安なのだろう。
さっきの暗闇での恐怖が完全に抜けきったとも思えないし、手を繋げるのなら一定の歩幅で一緒に向かう事が可能だ。
合理的にもここは手を繋いでおくべきだ。
「あ、ありがとう…」
「ん」
柔らかい…じゃなくて、今は会議室に向かうことだけを考えよう。
歩いているうちに目の前に会議室が見えてきた。一瞬、足を早めようとしたが警戒を怠らず、歩幅も一定で…と思っていた。
すると
――…ゴッ。
「!!」
会議室の中から鈍い音が聞こえ、すぐさま愛染さんの手を握りながら走り出し会議室の扉を蹴破った。
そこには
「動くな!」
「!?」
「愛染!?」
「マネージャー!!」
阿達さんの首元に銀色のナイフを向けて、他の関係者を動けなくしている男が目に入った。
「テメェ…!」
「あ?」
「何で俺の愛染の手を握っている!」
「知るかよ!それより問題なのはテメェだ!関係者か?」
「黙れ!コイツがどうなってもいいのか!」
「くっ!?」
「マネージャー!!」
阿達さんの首元から少し血が零れる。
どうする!?このままじゃ阿達さんも危ないし、愛染さんも危険にさらす。
「まぁいい…コイツを助けたいのなら愛染を渡してもらおうか」
「鴉羽君!私は良いから早くコイツを…!」
「黙れ!」
「がっ!?」
男の拳は振り下ろされ、阿達さんの頬を赤く染める。
それを見た俺は。
「―――は?」
俺の中の感情は、怒りと焦りに包まれていたが並一つない水面に波紋が広がったかのように感情が消えた。
そして一気に感情がぐつぐつと湧きたつ。
(は?コイツ、阿達さんに刃を向けたのか?)
現実を受け入れたと同時に何かが俺の中で蠢き始めた。
『ソレ』はとぐろを巻く蛇のように俺の身体を少しずつ蝕む。
俺の内側から外側へ俺の感情や肉体すらも『激怒』と『殺意』で埋め尽くさんと蠢く。
やがて俺の身体は『ソレ』に埋め尽くされた。
そして、焦りでどうすればいいのか分からなくなっていた俺の頭は、一つの答えを導き出した。
――壊セ。
その答えを受け入れたと同時に、俺の四肢と首元から『プシュッ』っと音が鳴った。
◇◇◇
「やめて…!」
「愛染…さぁ、こっちにこい…!」
愛染の心が折れかけ、阿達マネージャーの代わりに犠牲になろうという考えを持ってしまう。
それをみた男は愛染にもう片方の手を伸ばす。
悪意ある者の手が太陽に、純情な乙女の手に伸びようとした。
しかし。
――ボギャァッ!!
「は?」
「えっ」
その腕は、愛染に伸びることはなかった。
否。伸ばされることはない。
伸ばされた腕は一瞬のうちに原型を保てないほど骨が露出するほどぐちゃぐちゃに変形し、勢いよく血が噴き出し、男はやっと気が付く。
痛みに。
「あぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ!?!!!?」
とうとうな出来事に頭が付いていかず、ナイフと阿達を手放し、腕を抑えながら離れる。
(な、何が起きた…!?きゅ、急に腕が!?)
なんて考えているのもつかの間。
愛染たちの様子を見ようと顔をあげるとそこには。
「―――カぁぁァァァ…!」
「はっ」
腕を滅茶苦茶にした元凶である鴉羽が双眸を淡く赤く染め、無表情のまま男を凝視している。
男から見ると凝視する姿はただの青年。
そのはずなのに…男にとってはまた別の姿に見えた。
全身から発せられる殺意、覇気、憎悪、憤怒。
様々な感情が『圧』として発せられ、目の前に居る青年が『青年の皮を被った化け物』にしか見えなかった。
そして、その圧を感じた男の中にあったのは訳の分からない恐怖。
何故腕がぐちゃぐちゃになったのか。
凝視するこの化け物は何なのか。
何でこんなことになったのか。
数多の疑問が頭を支配し、やがて一つの行動に出る。
「うわぁぁぁっぁぁ!?!!」
発狂。
形容しがたい事象、解明不能な化け物、意味不明な出来事。
何一つとして理解できない男は無様に発狂することしかできなかった。
「はぁっ!?はかっ!?」
男は後退りしながら肺の中に急いで空気を入れる。
しかし、勝手に空気が肺から外に出るせいで呼吸が止まらない。
何とか意識を取り戻す男だったが、次に視界に広がったのは手のひら。
自分のモノではない手のひら。
愛染や阿達のモノではない男の手のひら。
男にとってその『手のひら』の先に…死が見えた。
「あ」
そしてその手のひらが男の頭に伸ばされ、掴まれた次の瞬間
――ドゴォン!!
男の後頭部に衝撃が走り、意識が一瞬のうちに刈り取られる。
何とか意識を繋ごうとするがその衝撃は一度だけではなく。
何度も。
何度も何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
男の後頭部から鈍い音と共に衝撃が伝播する。
「鴉羽…君?」
――ゴスッ!ゴスッ!ゴスッ!
無我夢中に、ただひたすらに男の顔を掴み地面に叩きつける鴉羽に驚きながら恐る恐る愛染は問いかける。
愛染は鴉羽と様々な場所で苦楽を共にし、ボディガードとしての彼を見てきた。
ボディガードとしての立場を弁え、仕事を全うし、関係者を守る。
例えその期間が短くても彼の優しさを知る機会はあり、信頼もしていた。
そして、エレベーターで彼の行動に心を撃ち抜かれもしたが…今の『鴉羽』は今までの鴉羽ではない。
もはや中身が丸ごと変わったかのような豹変ぶり。
優しさの欠片もなく、そこにあるのはただの『暴力』。
慈悲もなく、力を振りかざす鴉羽の姿を愛染を含めた関係者全員が見て居た。
「―――。」
やがて頭部から血が滴り、完全に気絶した男を鴉羽は右手を真っ赤に染め上げたまま掴み上げて、軽く振ってから投げる。
まるで野球ボールを軽く投げ返すように鴉羽は投げたが、投げたのは『物』ではなく『者』。
投げられた血が巻き散りながら壁に投げつけられ、壁を血に染めながらその場に倒れた。
「かぁぁァァァ…!!」
息を吐きながら投げ飛ばした男を鴉羽は見る。
「鴉羽君…?」
「かぁぁァァァ!!」
「鴉羽君!ちょっと待って!!」
「愛染!」
鴉羽は息を吐き、両手を広げて投げた男に一歩近づく。
その姿をみて次に鴉羽がやる事をいち早く察した愛染は走り出し、鴉羽に抱き着き無理やりにでも止めにかかる。
(今の鴉羽君は様子がおかしい!しかも、もし私の思った通りの動きをするなら絶対にあの人を…!)
鴉羽の次の行動は『殺害』。
過剰なほどの暴力。愛染も阿達に手を上げられ怒りは湧いたが、それ以上に鴉羽は怒り狂い、ましては手を下した男を己の手で殺そうとしている。
「鴉羽君止まって!それは…ダメだよ…!」
「アァァァァァ…!!」
愛染に止められ、言葉をかけられる鴉羽。
しかし、そんなことを物ともせずに鴉羽は進む。
「くっ…!」
「鴉羽君!ストップ!」
「マネージャー!?」
阿達も鴉羽の左腕を掴み、体重を後ろにかけて止めにかかる。
「愛染!良いから鴉羽君を止めるわよ!何でこうなったのか分からないけど…先に彼を止めるのが最優先!」
「は、はい!」
「他のみんなも!」
阿達の声に反応し、他の関係者全員で鴉羽の身体に掴みかかり止めにかかるが…。
「ァァァァァ!!」
「うそでしょ…!?」
鴉羽の行進は止まらない。
どれほどの体重をかけられても、行進のスピードは一定。
下がりもせず、上がりもしない。
ただ関係者たちに『その行為は無駄だ』と彼が冷徹に下しているかのような感覚に陥る。
(このままじゃ…!)
愛染は何とかして鴉羽を止められないかと鴉羽のようすを伺う。
何か変化した点はないのか、何らかの影響を受けていないのかと探る。
「!!」
その結果、愛染は一つの変化に気が付いた。
鴉羽の肉体に何一つ変化はないが、変化がある箇所があった。
それは…彼の四肢と首に付けられた『輪』。
普段から黒い輪を付けていた鴉羽。愛染はずっとアクセサリーだと思っていたが、今は違う。
黒い輪が展開されて、その隙間から赤黒い光と黒い粒子が漏れ出している。
明らかにこれが原因としか思えなかった愛染は鴉羽の首の黒い輪を無理やりに閉じようとする。
すると
「ァァァァァ…カァァァ!!!」
「うわっ!?」
鴉羽の様子がまた変化した。
足が止まり、雄たけびを上げる。
「かぁぁァァァ!!?!!?」
「ううっ!?」
鴉羽が発する雄たけびはとても人間が出す声ではない。
その雄たけびの声は大きく、一番鴉羽に身体を密着させていた愛染以外は爆音の風圧で吹き飛び、声で会議室の窓ガラスが一部割れた。
「ウウウッ!!カァァァ!!!」
「鴉羽君…落ち着いて…!!」
愛染は何とか彼にしがみつきながら首の黒い輪を無理やりに…閉じた。
「ァァァ…」
それに連鎖するように四肢につけられた黒い輪が閉じ、赤黒い光りと黒い粒子は溢れなくなり
「ぁぁ…あっ…?」
「わっ!?」
鴉羽はその場で膝をつき、そのまま前に倒れた。
勿論、鴉羽にしがみ付いていた愛染も鴉羽と一緒にそのまま倒れる。
「いっ…か、鴉羽君!」
「…」
「ね、てる?」
愛染は倒れた鴉羽の身体を仰向けに直してから、脈と呼吸を確認する。
結果は…脈も安定しており、規則的に息を吸ったり吐いたりしているが意識がない。
恐らく、眠っているのだと愛染は理解した。
「はぁぁ…」
とりあえず鴉羽の暴走を何とか止めたので愛染は安堵の息を吐く。
「愛染、大丈夫?」
「マネージャー…うん、大丈夫。大丈夫だけど…」
「鴉羽君…何が起きたの?」
「私にもわからない。マネージャーが人質になって殴られたと同時に鴉羽君の様子がおかしくなって…」
「…とにかく、彼を休ませましょう。ごめん、誰か運べる?」
誤字脱字、語彙力がほぼ皆無に等しいのでミス等がありましたらご報告お願いします
感想も待っていますので気軽にどうぞ!
超絶不定期更新ですがご了承ください…




