その瞬間の観覧車のゴンドラは黄色だった
冬の始まりのことだった。
「今度の12日さ、ワンダランド行かない?」
うーん。
ワンダランドは地方の小さな遊園地で、児童向けの乗り物しかない。先日、遊園地に行きたいと言った私は、そっち!? となった。
付き合って3年。倦怠期。頼りないけど優しい彼。だから好きだった。
「デニーズランドじゃなくて?」
「ワンダランド。近いし空いてるし」
「……わかった」
わかってないけど、仕方ない。
私はOKして約束した。
*
当日。
並んでいた小学生に「恋人なん?」と囃されながらもジェットコースターに乗った。
「面白かったね」
私が言うと「ん゛まあな」と返ってくる。
朝からずっとこの調子で心ここに在らず。
ほらまた。いちいちスマホ見るのなんなん?
「次は?」
「観覧車だ」
「昼だしごはん先に食べん?」
「観覧車乗ってから」
「はいはい」
観覧車に向かいパスを見せる。
「すごい! 貸し切りじゃん」
乗り込もうとして腕をぐいっと引っ張られた。
「なに? 乗らないの?」
「俺、赤嫌い」
見れば赤色のゴンドラ。
「なに子どもみたいなこと言ってんのよ?」
「黄色に乗りたい」
二つ後だ。それもスマホ見ながら片手間に。
「なん、で、」
その時。
急に頭にぽっと浮かんだ。
もしかしたら別れ話かも、と。
なるほどスマホの中にはもう新しい彼女?
実を言えばさっきも、彼のサイフにチケットが一枚。過去の日付の入場券。
その日。
私は仕事だった。
「……わかった黄色でいいよ」
心があっという間に冷えてゆく。
震える手。座席に座る。彼は向かい側。チラと外を見たかと思うと、すぐスマホへ視線を戻す。
無言のままゴンドラは上昇、ゴウンゴウンという音だけが響いた。
もうすぐ一番高い場所。あとは下降のみ。
その時、初めて。
別れたくないと思った。
「あのさ……」
言葉を探す。
けれど彼はそれを無視してカバンを漁り、何かを取り出した。
そして。
「俺と結婚してくださいっ」
突然のことで驚き固まる。
指輪だった。
「返事、早く返事!!」
急かされ「へ? あ? は、はい……?」
彼は指輪を取り出し、私の左手薬指にぎゅむっとねじ込んだ。
はっと気がついて外を見れば、そこは一番高い場所。素晴らしい展望が広がっている。
彼が座り直し、スマホの画面を見せてくる。
12:00ジャスト。じゃない。12:01。
「12月12日12時……リハより1分オーバーか、くそー。観覧車12時の位置でプロポーズ遂行、成功であります!」
自衛隊か。
私は心でツッコミながら、涙を拭った。