第2話「週刊オカルト雑誌 スプーク」
本編6493字(空白・改行含まず)
読了推定時間約13分
翌朝。
4月6日の水曜日、現在の時刻は6時45分。
今日から普通に授業が始まる。
といっても今日の授業は2時間だけで、その後は生徒手帳に発行する用の写真撮影、午後からは部活動紹介だったり委員会決めだったりで、あまり授業らしい授業はしない。
写真撮影の待ち時間とか友達作るのに絶好のチャンスだし、今日は勇気出して色んな人に話しかけてってみようかな。
少なくともクラスの男子全員とは仲良くなっておきたいし。
でもなあ、俺出席番号9番だからなあ。結構早いほうだし、待ち時間も俺が思ってるよりないだろうし、そんなにたくさん話せるかな。
まあいいか、今日一日でクラスの人全員と友達になるわけじゃないんだし、気楽に考えよう。俺の前と後ろと左隣の席の人とは今日で仲良くなりたいかな。
さて、教科書とか筆記用具は昨日用意した、弁当も持った、箸ある、財布ある、スマホ持ってる、モバ充ある、イヤホンある、完璧。
あ、電子マネーないわ。チャージしよ。
「行ってらっしゃーい」
「⋯⋯⋯⋯まーす」
母親に「行ってきます」とまともに返事をするのが恥ずかしくて、小さな声で投げやりになりながら玄関を出てしまった。
中学とあんま変わんないなあ、家族との仲を良好に戻すって決めたのに。
親と仲悪いほうが恥ずかしいに決まってんじゃん、俺の馬鹿。
帰ってきたらちゃんと「ただいま」って言わなきゃ。
自転車の鍵を外してコンビニに向かう。
朝の薄寒い春の空気を肌で感じ、静かな住宅街の道を走っていく。
学ランって暖かいんだな、まだ雪積もってるから寒いと思って中に長袖着たけど、結構暑いわ。
学校着いたら長袖脱ぐか。
⋯⋯そういえば、昨日まで兄貴とか父さんとかが最初に家出てたのに、今日は俺が父さんよりも早く家出たな。
まさか⋯⋯これが高校生!? ⋯⋯⋯⋯⋯⋯楽しい。
入学式からまだ丸一日も経ってないのに、もう楽しい。俺がちょろいだけ?
今だったらなんかクラスどころか学年全員の人と友達になれる気がしてきた。
兄貴は部活があるから、必然的に誰よりも朝が早くなるのは仕方がないか。
俺も部活入ったら5時起床で6時に家出る超朝方生活になるのかな。
あ、コンビニが見えてきた。
駐車場には車が3台止まっている。
俺はゆるやかにブレーキを掛け、あまり邪魔にならないであろう場所に自転車を止めた。
流れるようにパチンと鍵をかけて店内に入る。
実家のような安心感のある入店音が聞こえ、すぐさま店員の「いらっしゃいませー!」の挨拶が耳に入った。朝から元気だなあ、すげえ。
店あったけー。
ずっとここに居たら汗掻くわ、早めに退散しよ。
あ、ついでにお菓子も買おっかな。
雑誌コーナーを冷やかしながら、のんびり遠回り⋯⋯ん?
週刊少年マンガ、ファッション誌、エロ本に紛れて、なんだか見慣れない、とりわけ異彩を放つ雑誌が置かれていた。
その雑誌は赤文字のゴシック体ででかでかと『スプーク』と書かれている。
スプーク? なんだそれ、芸能人の電撃インタビューとか? ⋯⋯⋯⋯あ、そっちは「スクープ」か。
[布団の中は安全な場所じゃない! 恐怖は怪異にとって最大のエサ]
[第14号 スプーク]
[定価 660円(税込)]
[妖怪大戦争をもくろむ怪しい影]
[化け猫に餌をあたえるな]
なんだか恐怖心と中二心をくすぐられる言葉の数々に興味をそそられ、思わずまじまじと見てしまう。
どこからどう見ても立派なオカルト雑誌だ。
税込660円か、普通だな。
手に取って表紙全体を見てみると、別の雑誌で隠されていた部分が明らかになった。
表紙の下部分には、恐怖に怯え涙を浮かべている女性の口を背後から押さえている手の写真が印刷されている。
手の骨格は、恐らく成人女性だろうか。男性的な骨張りは感じられず、柔らかな印象をなんとなく受ける。
[総力特集 自分に襲われた読者の実体験]
[火災の真相はドッペルゲンガー]
[鏡の向こうで笑う自分]
[突如風呂場に現れた人影 悲鳴も出せず]
[玉藻前音沙汰なし 既に討伐されたか]
ほほう⋯⋯。
ドッペルゲンガーが火事の犯人とかアホらしいことが書いてあるけど、でもこれ実話らしいんだよな。
精神病患者の戯言じゃねえのと思いつつも、なんだか読みたくなってしまう。
風呂場に現れた人影ってのが気になるな。マッパでフルチン中に、しかも逃げ場のない風呂場に化け物とか現れたんじゃあそりゃ悲鳴も出なくなるわ。
今まで雑誌とか全然気にも留めてこなかったけど、オカルト雑誌なんてものがあるんだな。
ちょっと読んでみようかな、純粋に気になる。夜中にトイレ行かなくなったらどうしよう、なんちゃって。
これが売ってるってことは今までにも買ってる人が居るってことだよな。
すげー。やっぱりマニアには刺さるのか、こういうもんが。
ホームルームがたしか9時からだから、教室でちょっと読んでみようかな。
新しい友達に「見て見てー」って見せしめにすんのもアリだし。
じゃあこのスクープ⋯⋯じゃない、スプーク雑誌と、あとお菓子だ。チョコ系でいいか。
スプーク雑誌を台にして、一口サイズのチョコレートをほいほい追加していく。
5箱と3袋あれば十分だわな。
レジにこいつらを持っていき、ホットスナックを作成中の店員に声をかけた。
「すいませーん、おねがいしまーす」
「あ、はぁい! 少々お待ちくださぁい!」
店員はプシュッと手に消毒液をかけ、秒でレジに飛んできた。
別にそこまで急がなくてもいいのに⋯⋯。
「いらっしゃいませー、ありがとうございまぁす! 袋お付けしますかあ?」
「あー大丈夫です」
「ポイントカードお持ちではないでしょうかあ!」
「あります、あ、すいません、チャージ先でもいいですか?」
「あーもちろんもちろん! 大丈夫です! それじゃあバーコード失礼しますね!」
その後数回交わす店員とのやりとり。
もうコンビニは総セルフレジ化してもいいだろ。
スーパーじゃあるまいし、お菓子ちょっと買うだけなのにいちいち店員と話したかねえや。
雑誌の表紙見られるのシンプルに恥ずかしいし。
店員が次々に商品をピッピッと通していき、通し終わった商品を俺は次々とかばんにぶちこんでいく。
「バーコード決済でおねがいします」
「はいバーコードで! 失礼しまぁす!」
ピッ
「ありがとうございまぁす! レシートどうしましょ!」
「あー大丈夫です」
「かしこまりましたぁ! ありがとうございましたー! またのお越しをお待ちしてまぁす!」
店員元気だなあ。すげえ。
多少引きながら入店音(出店音って言っていいのかアレ)と共に店を出た。
少しだけ軽くなった財布と、お菓子と雑誌で重くなったかばんを背負って自転車の鍵を外す。
立ち漕ぎしてスピードを上げ、なるはやで駅に向かう。
あ、車が少しだけ見えてきたな。もうすぐ7時になるし、地獄の通勤ラッシュが始まるのか。社畜は大変だあ。
あ、やべ、いけね。俺定期券買わないといけないんだったわ。混む前に行かないと。
気持ち速めに漕いでいた自転車に、もっとスピードを上げて急いで向かった。
家から駅まで、自転車で約30分。
駅から駅まで約30分。
駅から福庭南第三高校まで、徒歩で約20分。
片道1時間半かかる通学路になることを改めて実感すると、靴を履き替えて1年生の教室に進んだ。
ここの学校は2、3年生が2階の教室になり、1年生の教室は3階になっている。
こんなもの1年生に対するいじめだとしか思えないが、2年生になったら今度は俺が楽をする番になるんだし、1年の我慢だと思っとこう。
やっとこさ階段を上がりきる。
これ毎日学校通ってたらいい運動になるわ、確実に女子痩せるわ。
ほんの少し歩いて、1年2組の教室が見える。
閉まっているドアをガラリと開けた。
「おはようー! な、な、グループLINE作らね?」
開けた瞬間、中から知らない男子生徒が大きな声でワッと飛び出してきた。
あまりに予想していなかった出来事で、一瞬頭がフリーズする。
「ぐるぅぷ⋯⋯? なんの?」
「クラスの! これから1年間よろしくーってことで」
俺より頭半個分低いその男子生徒は──あ? こいつなんか見たことあんな──、スマホを持ってニコニコ笑う。
ぐいぐいいく奴だなあと感心して、オレはスマホを取り出した。
「入る入る、よろしくしたいわ。入れてー」
「よかったー。入れる入れる。もう2人くらい入ってるから」
「おっけー」
目の前の男子生徒とLINEを交換する。
海をバックにしたサイダーの背景と、ハムスターのアイコンが現れた。
名前は⋯⋯『みちる』?
「あ、『りゅーじ』ってのがこれ?」
「うんそう。『みちる』ってそっちのこと?」
「そうオレのこと」
「あのーごめん、俺クラスの人の名前まだあんまし覚えてないんだけど⋯⋯名字なんていうの?」
「あーいいよいいよ、オレもあんま覚えてないからさ。四ノ原満! これから仲良くしてこ!」
四ノ原はにこやかに笑って、右手を上げて手のひらを見せた。
「仲良くしよ、よろしく! 俺紫垣隆二!」
俺も右手を上げ、互いにハイタッチを交わした。
「あとついでに言っとくけど、オレ紫垣の後ろの席だから」
「⋯⋯⋯⋯あっ、どうりで見たことあったのか」
「覚えとけよなー、今日からよー」
四ノ原は俺の肩をバシバシ叩いた。
お互いにケタケタ笑い合う。
後に1年2組のグループLINEに入れてもらい、俺は現在4人居るグループメンバーに向けて「よろしくおねがいします」のスタンプをポコンと送信した。
この4人というのは俺も含まれているから俺は除外して、あとの3人は四ノ原と『カオリ』さんと『a.k.a.ne』さんという人たちだった。
四ノ原満と、あとの2人はなんていう名前なんだろう。これからわかるといいな。さすがに1年経ってもLINEの名前しか知りませんなんてことはないだろうけど。
俺は自分の席に着いて、なんとなーく四ノ原の様子を眺めていた。
四ノ原は表情がころころ変わる奴で、よくうろちょろしていて、しかも背が低いから、なんだかマスコットみたいで見ていて面白い。
四ノ原は俺の後から1-2の教室に入ってくる人たち全員に片っ端から声をかけ、同じようにグループLINEに誘っている。
きっとそういうつもりで言ったんじゃないってことはわかっているけど、その作業のように色んな人に話しかけてスマホを見せ合っているさまが、「仲良くしてこ!」の言葉を社交辞令だと捉えてしまう捻くれた俺が居る。
ハッ、いけないいけない。
こういう考え方だから「ダルイ」って彼女にフラれたんだよ。もっと素直に受け止めなきゃ。
グループに人が続々と入ってきて、それこそ社交辞令の「よろしく」スタンプがポコンポコンと送られてくる。
通知が止まんねえ。見てておもろい。
今は、8時半だな。ホームルームまでまだ時間あるし……さっき買った雑誌見ようかな。
かばんからスプーク雑誌を手に取り、改めてまじまじと表紙を見つめた。
泣いている女性の口に、後ろから手を押さえつける写真。うーん、シンプルにホラーだ。
宇宙人とかUFOとかそっち系はなさそう、おばけとか幽霊とかを専門にしてるのかな。人間が怖い系とかもないのかな? なんかありそうだけど。
表紙を机に寝かせて、ページを開いた。
目次は無視。次のページをペラリ。
[トピック1]
[自分は本当にやっていない
-ドッペルゲンガーの調査を求める声続出-]
[4月2日(土)岡山県真庭市にて、某大学4年生の森本さん(仮名・20代)はSNSにてドッペルゲンガーの調査を進めるよう呼びかけている。
4月1日(金)13時20分頃に起きた、一般住宅の原因不明の火災の火元が煙草の吸殻であったことが判明し、火災発生時に同所で煙草をポイ捨てした森本さんの姿がその家の防犯カメラから確認された。
しかし森本さんは同時刻、大学の講義を受けていたため大学の外に居るはずはないと主張する。
また、一連の騒動のことから、森本さんの3年生時に確定されていた内定は取消となった。
ドッペルゲンガーの調査を求める声は、2022年を迎えてこれで6件目となる。]
[トピック2]
[明るいから無事だと思うな!
-電気を消すと現れる黒い影-]
[3月31日(木)0時40分頃、鳥取県倉吉市の某アパートにて、田中さん(仮名・20代)が居酒屋のアルバイトから帰宅。
いつもと同じように家の鍵を開けると、壁の端に黒い影がポツンとあった。
不審に思い、電気を点けるとそこには何もなく、電気を消すと再びその影は現れる。
当初は不審者が家に居ると考え警察に相談し調査を行うも、不審な人物は特定できなかったとのこと。
その日は渋々自宅に留まり、寝る前のスキンケアをしようと鏡を準備するも、鏡に自分の姿は映っていなかった。
現在田中さんは友人宅に転がり込んでいるが、友人宅の鏡にも、田中さんの姿は映らない。
かの黒い影は、かろうじて現れないようだが……。]
[トピック3]
[ただ友達がほしかっただけ?
-本当に恐ろしいのは、いったい何者か-]
[4月3日(日)15時頃、和歌山県海南市にて、中山さん(仮名・10代)が図書館からの帰り道に過去の自分とよく似た顔の女の子(以下、Nちゃん)に話しかけられ、数十分ほど対話をしたという。
Nちゃんは「お友だちになれそうで嬉しい。わたしの秘密の場所があるの、ついてきて」と中山さんの腕を掴んだ。
中山さんは秘密の場所であるなら初対面の人に話すわけがないと不審に思い、「そうなの、じゃあ次会ったときに見せてね」と言って腕を振りほどいた。
その後Nちゃんは「わたしたちお友だちでしょう? お友だちに隠し事なんてできないわ、いいから黙ってついてきて」と強引に中山さんを引きずるように腕を引っ張る。
恐怖から中山さんは力の限り叫び声を挙げ、必死に腕を振り回してNちゃんの拘束から解放され、無我夢中でその場から走って逃げたという。]
「あら、わたしもその雑誌好きよ」
「うひゃぅっ!?」
聞き覚えのあるかわいらしい声が右耳から流れ、思わず情けない悲鳴が喉から飛び上がってしまった。
顔を真っ赤にして勢いよく振り返ると、そこには髪を耳にかけて雑誌を覗き込んでいる菰田さんの姿があった。
「こっ……もだ、さん」
「おはよう」
「おはよう……」
「体固まってたわよ。結構ビビリ?」
「さあ……」
思わぬところで会話が始まり、ぎこちなく返してしまった。
心臓がバクンバクンと脈打つ。
さあ、このドキドキはどっちのほうに傾いているのやら……。
心なしか息も乱れているような気もする。
菰田さんはかばんを机にかけ、俺の肩越しに雑誌を覗き込んだ。
なんでそんな俺のすぐ横に立つの、椅子から身を乗り出すくらいでいいじゃん。そこからでも十分見えるでしょ。
「わたしこの号のドッペルゲンガーの話結構好きなのよね。こういう不思議な体験には明確な被害者が居ないと面白みがないもの」
「うん、そうだね……」
さっきまで意外と怖いじゃんとか思いながらじっくり読んでいたのに、俺は今意味もなくページをペラペラめくっている。
ほとんど内容も読んでない、というか目に入ってこない。
はは、わかりやすくて嫌になるわ。
うーわしかもめっちゃいい香りする。
女子ってなんでこんないい匂いすんの?
なにこれ、花? ミルク? よくわかんないけどたぶん花の匂い、なんか甘い感じするし。
「わたしこれ中学から購読してるのよ。興味深い話が多くて楽しいわよね」
「へ、へえ、そうなんだ。俺は今日初めて読むから、よくわかんなくて」
「ふーん」
ふと、菰田さんはストンと自分の椅子に座る。
しかし体は俺のほうに向いており、視線も俺の顔に集中している。
昨日はニコリとも笑っていなかったのに、今日はなぜだか満面の笑みだ。
しかし楽しいことがあったという雰囲気は感じられず、どちらかというと、仲間を見つけたことに対する嬉しさからきているような、意味ありげな薄ら笑い――。
「オカルトに興味あるんだ」
「うん、まあ、少し」
「ビビリなのに」
「うん」
「よかった」
「そっか」
菰田さんはにまにまと俺の顔を見つめる。
その笑顔は、たしかにめっちゃ綺麗、綺麗というよりかわいいけど、でもなんか、変なことに巻き込まれそうな気がしてならない。
「ねえ、この学校の七不思議、探さない?」
は?
次回 第3話「学校の七不思議」