第1話「柴垣隆二と菰田美緒の出会い」
本編2741字(空白・改行含まず)
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4月になっても未だ溶けきっていない雪と一緒に、福庭南第三高校の入学式は開催された。
俺は両親に「高校の入学式には親来ないだろ」と悪態をついたが、両親は「まあまあそんなこと言わずに」と軽く流しながら一緒についてきてくれた。
正直俺一人だけじゃ結構不安だったから、ついてきてくれてとても安心した。
校長先生、生徒会長、1年生代表、その他なんの活動をしているのかよくわからない人たちからのありがたーいお話を聞いて、今は教室で担任の先生の話を聞いている。
要所要所でタメになるなあと聞いちゃいるが、そのありがたーいお話たちは俺の耳の右から左へ流れていくので、誰がどんな話をしたかなんてことは正直何も覚えていない。
保護者へ向けての話も終わったのか、大人たちが次々に教室に入っていく姿が見える。
そしたら、後はたぶん、先生(絹竹先生、だっけ? たしか英語の)の話を聞き終わったら解散だろう。
それよりも、俺は隣の席の人が、結構、いや割とマジのガチの美人で、初っ端から当たりの席を引いたことに、喜びをめちゃくちゃ必死に隠しているのだ。
最初の席順は出席番号順だから、次の席替えがあと1ヶ月……さすがに2週間で変わることはないか、恐らく今日から1ヶ月、俺はこの人の隣の席をキープすることになる。
ここからラブコメが生まれたらいいなーなんて、そんなこと……いやもしかしたら、でもやっぱり、そんなことあったっていいよなあ。ぐへへ。
ああ、下心丸出しの俺の脳みそが恥ずかしい。顔には出てないと思う、たぶん。
先生の後ろに張ってある座席表から、まず俺の席を探した。
あった、廊下側から2番目、前から3番目の席。
で、俺の隣の女子が……へえ、菰田美緒っていうんだ。
なんか、名前からして奥ゆかしいっていうか、日本人ぽい名前っていうか、とにかく、名は体を表すってこういう人のことをいうんだな。
菰田さんは、なんていうか、とにかくめっちゃ黒い。
制服自体が黒セーラーだから黒いのは当たり前なんだけど、でもとにかく、俺の菰田さんの印象は、綺麗とかよりも先に「黒」がきた。
腰まで届きそうなサラリとした黒い髪の毛が、伸びた背筋と並んで川のように流れている。髪の毛自体も清潔で、ツヤツヤしていて、えーっと、天使の輪っかっていうんだっけ、光が髪の毛に反射して、横顔だけでも絵になる美しさだ。
先生を見つめるキッと吊り上がった大きな瞳が、心の底まで見透かされていそうで、視線は先生のほうを向いているのに、なぜか一言も口を利いていない俺のほうが恐ろしいと感じた。
キュッと引き締まった、だけどぷるんとしたかわいらしい唇に、なんとなく目がそちらに流れてしまう。
パッと見で印象に残ったのは、この髪の毛と、目と唇だった。
他にも、睨むように細く吊り上がった眉毛、ツンと尖った鼻筋、横顔から見える長くはみ出たまつ毛、生足は決して見せないという意思を感じる黒タイツ、そして、恐らく春休み中に開けたのだろう、髪の毛の隙間から見える耳たぶのピアス穴が、その大和撫子な外見からは想像もつかない現代の若者のようなギャップを見せていた。
全体的に黒い印象を持つのに、制服から見える白い肌と「入学おめでとう」の薄いピンクの造花がいいコントラストになっていて、座っているだけなのくよく映えていた。
要所要所の「黒」を全部ひっくるめて、「綺麗な人」だと思った。
菰田さんみたいに長い黒髪で黒タイツを履いてる女子は他にも居るのに、なんでこの人は特別綺麗だと思えるんだろう。……やっぱり顔なのかな。
高校生活の3年間、俺がこの人とまともに話せる時はくるのだろうか。
こうしてみると、大和撫子、というより…………高嶺の花?
うん、そっちのほうがしっくりくる。
ラブコメに発展するのは無理そうだ。
それに菰田さんみたいな人は他の奴らも既にロックオンされてるだろうし、俺は普通にかわいい系の子を狙おう。
「以上! それじゃあ、今日からよろしくおねがいします! 明日から普通に授業あるからね、教科書忘れないでねー」
絹竹先生の話が終わって、肩の力が少し抜けた。
クラス中からガタガタと椅子を動かす音がし、各々友達や保護者の人たちと話す声が聞こえる。
俺もこの音に便乗して帰ろう。
最後にチラと菰田さんのほうを見ると、なんと、菰田さんとバチボコに目が合った。
「さっきからわたしのこと見てたけど、なに。言いたいことでもあるの」
あー思ったよりきつい性格してるこの人。
この人と恋愛なんてできそうにねえわ。
瞬時にそう悟り、俺はもう話しかけまいと、ササッと会話を終わらせることにした。
「いや、ごめん。別に、なんもない」
ササッと終わんなかったなー。
菰田さんはジロリと俺を睨む。
キッと吊り上がった黒い瞳に、なんだか吸い込まれそう……というか、心の底まで見透かされてそう。
なんでこの人こんなに目を見てくるの、怖い。目を逸らしたくなる。
だけど逸らしたら「なんで目逸らすの。やましいことでもあるの」って訊いてきそうでもっと怖い。俺は絶対に目を逸らさないぞ。
冷汗が流れてくる。指一本ピクリとも動けず、まばたきすら忘れ、心臓をギュッと鷲掴みにされているような気持ちになる。
まあやましいことがあるのは本当だけど。
「そ」
菰田さんはあっさりと俺から目線を外し、かばんを持って立ち上がった。
ああよかった、終わった。
入学式が終わったときよりもホッとした。
時間にしたらたぶん10秒も経っていないのに、数時間もの時が流れているように感じた。
「じゃあね、柴垣くん」
俺の返事を待たず、菰田さんは顔の角度を少しだけ俺のほうに向けて、ササッと荷物を持って教室から出ていってしまった。
……俺の名前、知ってくれてる……。
俺と同じように座席表見て覚えてくれたのかな。
それだけで、キュンときた。
声、思ってたよりかわいかったな……。
あの後、両親に「隣の席の子は誰だ」「かわいい子じゃないの、お友だちになれそう?」と教室でも車の中でも散々小突かれ、頭を空っぽにしながら脳死で返事をしていたら、いつの間にか自分の部屋に帰ってきていた。
特別なにか体を動かしたとかでもないのに、ベッドに横たわった途端、疲れがドッと全体重にのしかかった。
ねんみい。鬼ねみい。
スマホ取る元気もねえわ。
足が全然動かない、まぶたが全体重乗っかってんのかってぐらい重い。
今たぶん昼過ぎだよな。
んじゃ夕方には起きるか。
ちょっとばかし寝よう。
ふと、脳裏に菰田さんの声が過ぎった。
(じゃあね、柴垣くん)
柴垣くん。
柴垣くん。
柴垣くん。
俺自分の名字が「柴垣」で本当によかったって初めて思った。
いつかあの口から「隆二くん」って呼ばれる日はくるのかなあ。きたらいいなあ。
少しだけにまにました表情を浮かべながら、俺はゆるやかに眠りについた。
次回 第2話「週刊オカルト雑誌 スプーク」