愛しさと、せつなさと……あのゲームともう一度
私が十歳の頃、家族で出かけるとき、あるショッピングモールによく行くことがあった。そこで六つ離れた兄は家族と離れ、ゲームセンターで遊んでいた。私はその兄についていきメダル落としゲームをするのが好きだった。
「お兄ちゃん、今日もゲームセンター行くんでしょう?」
「日菜はメダル落としゲームか?」
「うん」
「あれのどこか面白いんだ?」
そういえば、何でかな? あまり考えたことないや。
兄はパズルゲームやシューティングゲームが好きらしく、真っ先にその台へ向かっていった。
私は親からもらったお小遣いをメダルに替えるため、両替機へ。すると、その近くのアーケードゲーム機に人だかりができていた。
「うわ、『氷帝』がやってるよ」
私の脇を横切る男の子たちは少し、嫌そうな顔をしている。
そのアーケードゲームは当時話題になっていた「ゴーストファイター」という対戦型格闘ゲームだった。
「『氷帝』に挑んでいるやつ後をたたないな。もうフルカンいってるじゃん」
「ここで、あのゲームやれねーな。いつ終わるかわかんねーや」
「でも、折角だから見ていこうぜ」
そう言って男の子たちは「氷帝」と呼んだ大学生くらいの男性の後ろへまわった。
――タン、タタ、タン、タン。
その人はコントローラーのレバーを逆手に持ち、上下左右に巧みに動かしている。それに合わせるように、右手でボタンを軽やかに叩いていた。
――タン、タン、タン。
私はその人だかりが気になり彼らと同じく「氷帝」と呼ばれている人の後ろにまわった。
――バチイン、ド、ド、ドゴォドン。
アーケードゲーム機の前に猫背で座るその人の画面には、鮮やかに技を繰り広げるキャラクターが戦っていた。ゲーム機を挟んで向かい合わせに座っている挑戦者は苦い顔をしている。
相手のキャラクターはなす術がなく、そのままノックアウト。向かい合わせに座っていた相手の人は台から去っていった。次のステージへ画面が切り替わると同時に、次の挑戦者がお金を投入し、乱入者が「氷帝」に挑んでいた。
なに? この人、ずっとこれを繰り返しているの?
筐体の上にゲームのタイトルが書かれている。その横に電光掲示板で乱入されて勝ち抜いた人数「99」の文字が表示されていた。
私は訳もわからず、その人のゲームプレイに魅入ってしまった。
相手の人の手元はガチャガチャ言っているのに彼の手元はスマートだ。何よりレバーを待つ手、ボタンを押す指、その形が異様に格好よく見えた。
そして、画面に映し出される戦い方も綺麗でずっと見ていられる。
こんなゲーム……初めて見た。
何戦も繰り返されて、その台を独占状態。そのうち、乱入者もいなくなって、ラストステージのボスを倒すまでみんなで見ていた。
エンディングが流れるとそこにいた人たちは散り散りになり、各ゲームをし始めた。
彼は最後のランキングに名前を打ち込む。
『ICE』
? I、C、E? ああ、アイス。だから、『氷帝』?
その人が去った後のゲーム画面にランキングが表示されていた。そこには、『ICE』の文字がずらりと並んでいる。
す、すごい、スコアランキングも独占してる。それに、あんなに綺麗にゲームをする人初めてみた。なんだかもう一回見たいな。
私は家族で出かけるとなると、いつもショッピングモールをリクエストした。そして、決まってゲームセンターに行った。
あ、よかった。今日もいる。
あの格闘ゲームの台の前に、あの彼が猫背で座っている。何回かのぞいて見ていたが、毎回プレイキャラクターが違っていた。それでも各キャラクター、華麗に技を決め、相手を倒している。
すごいな。あんな風にキャラクターを操作できたら気持ちいいだろうな。
気づけば私は彼の近くでそれをみていた。彼がその台を離れようとした時、誰かに押され、思わず手に持っていたメダルを落としてしまった。
――ガシャーン。
「ああ……」
急いで拾っていると、彼も手伝ってくれた。
「大丈夫? 派手に落としちゃったね」
優しく微笑む彼の口元にほくろがみえる。
「ありがとうございます」
受け取ったメダルは私が握りしめていたせいで、手汗が残っていた。
は、恥ずかしい。
彼は落としたメダルを全部集め、私に渡すとそのまま、去っていった。
夏休みに入る頃、彼は突然姿を現さなくなった。いつもの台を見ると違う人が座っている。
違う、私はこの人のやっているところを見たいんじゃない。
だんだんランキングから『ICE』の文字が消えていった。
もしかして、他のゲームセンターに行ってるのかな?
当時の私には、他のゲームセンターに行く勇気はなかった。
彼が現れなくなってしばらく経った頃、ゲームセンター内で、「ゴーストファイター」の大会が開催されると告知されていた。
これに、あの人も参加するかな?
私はこの大会に参加するのではないかと期待した。しかし、大会当日、彼の姿は無かった。
ゲーム、やめちゃったのかな? もう一回、ゲームしているところ、見たかったのにな。
その内、家庭用ゲーム機で「ゴーストファイター」が発売され、みんな家でやるようになっていた。
当然ゲーム好きの六歳年上の兄もその格闘ゲームを購入していた。友人を呼んではそのゲームで盛り上がり、トーナメント戦をやるくらいだった。
私は兄に頼んで「ゴーストファイター」をやらせてもらった。兄は私にやり方を教えてくれた。
うまく……できない。コマンド? コンボ? キャンセル? そこで目押し? 何ソレ!
家で何度か彼の戦い方を真似しようとしたけど、全くできなかった。
あの人はすごい、簡単にやってそうだったのに……。
やっと、家庭用ゲームで最後までクリアできるころには、違うゲームがブームになっていた。
少しずつゲームの流行も変わっていく。ゲームセンターでも「ゴーストファイター」をやる人がだんだんと減っていった。
※
それから、十二年。私は見た目が地味で、ゲームが好きなオタク女子になっていた。就職した先の先輩たちには、私が「オタ女」であることは隠している。
「赤城さん、今日、歓送迎会やるんだけど、参加する?」
そう声をかけてきてくれたのは、同じ部署の女性の先輩、吾妻さんだった。
飲み会は強制ではないけれど、大勢での場所は苦手。だけど、お酒を飲むのは好き。先輩たちと早く馴染みたいし……。
「行き、ます」
「そう? 良かった。他の部署の人もいるけど、私たちも行くから、近くにいなね」
仕事も終わり、駅前の居酒屋。
他の部署の人もいるから総勢三十人以上はいるようだった。
席は空いてるところへそれぞれ座る。同じ部署からの参加者は私を含め四人だった。私は吾妻さんの隣へ座った。長いテーブルの一角に私たちは座って乾杯のための飲み物を頼む。そこへ、男性が話しかけてきた。
「あれ、吾妻さん? ここって空いてる?」
私たちとは違う部署の榛名涼斗さんだった。いつも猫背になりパソコンで作業している、という印象だったが、キーボードに乗せられた手と指の形が綺麗で、つい見てしまっていた。私の十歳年上で吾妻さんとは同期だと聞いた。
「どうぞー、そこ空いてるよ」
そう吾妻さんが答えると、隣の空いているところに四人男性が座った。私のすぐ隣に座ったのは榛名さんだった。何となく、いつも手先を盗み見していたせいか少し緊張する。
飲み物が届き、静かに雑談をしていると、いつの間にか誰かが乾杯の音頭をとっていた。それぞれ一気に話はじめ、お互いの声が聞こえないくらいうるさくなった。
「この人数だと、やっぱりうるさいわねぇ!」
「話するのも一苦労!」
「とにかく、今日もお疲れ様ー!」
私たちはお互いのグラスを当てた。
先輩たちは何気ない日常会話を楽しそうに話す。最近のニュース、ドラマ、ハマっているもの、家庭の事情……話が尽きない。
そんな中、周りはガヤガヤしてうるさいのに、私の耳に「ゲーム」という言葉が入ってきた。
「最近のゲームのクオリティの高さはハンパないよな」
「すげぇリアルで、マジビビる」
「へぇーそうなんだ」
え? 隣に座った男性たちはゲームの話で盛り上がってるの? うわぁ、混ざりたい!
「榛名さん、ゲームやらないっすか?」
「昔、やってたよ。それこそ学生の頃」
「ですよね? 当時、なにやってたんすか?」
「え? ああ、『ゴーストファイター』の『1』?」
「うわ、懐かしい! オレもハマってました。今、『5』まで出てますよ」
「へぇ……」
ああ、お隣さん! なんて楽しそうな話をしているの! それも「ゴーストファイター」やってますよ! 私もやってますよ!
「もう、俺、しばらくやってないから、目が追いつかねぇわ」
そう言って、ハイボールの入ったグラスをグイッと飲んだのは榛名さんだった。
「お前ら知らないだろ? 涼斗は昔、異名をつけられてたことがあるんだぜ」
「異名? マジっすか!」
「どんな名前だったんですか?」
「え? いや、恥ずかしいから言いたくない」
「ええー! 教えてくださいよー!」
「おれが代わりに言ってやろうか?」
「わ、分かった言うよ! ひ、『氷帝』だよ」
「え?!」
「ん?」
思わず、大きな声をあげ榛名さんの方へ振り向いてしまった。お互い目が合って、何故だか一瞬、周りの声も静まり返った気がする。
すぐに何食わぬ顔をして元の体勢に戻したけれど、気まずさと緊張で汗が出た。
『氷帝』って聞こえて思わず、声が出ちゃった。まさか、この人が……『氷帝』?
私はすぐ隣にいるその人のことが気になって仕方がない。どうしても話の続きが気になって、耳だけは男性たちの会話に傾けた。
「その異名、『ゴーストファイター』をやってて、ついたんですか?」
「うん、当時、ランキングに『I、C、E』って入れてたから……それでかな?」
「『I、C、E』? ああ、アイス? ええ? それで『氷帝』? 異名がカッコよすぎですよ」
「ははは、だよなぁ。俺もそう思う」
心臓の音が体中に響き渡る。手が震えて力が入らない。緊張のせいなのか、手に持っていたグラスがカタカタ震え出した。
今隣にいる人は私が小さい頃、ゲームセンターで見かけた、あの人なの?
私は耐えきれなくなって、「御手洗いに行ってきます」と、先輩たちに伝えて席を立った。すると、なぜか体に力が入らなくて、よろけてしまい、転びそうになったところを榛名さんが支えてくれた。
「ああ、すみません!」
「大丈夫? 飲み過ぎちゃった?」
「あ、いえ……」
近くで榛名さんの顔を見たのは初めてだった。
あ、口元にほくろ……。
微笑みながら私を支える手は、とても綺麗で暖かい。
「どうした? 気分悪いの?」
その言葉にハッとした。思わず、榛名さんの顔をじっと見つめてしまっていた。
「大丈夫です! すみません!」
私はその場をすぐに離れ、小走りでお店のトイレに駆け込んだ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。彼だ。榛名さんは絶対あの人だ!
確信しかなかった。声も、雰囲気も、あの手も……あの時、メダルを拾ってくれたあの人だと。
榛名さんと話したい! でも、話って……どうやってすればいいの? 違う部署で、いきなりゲームの話なんて出来ないし……うああああああー! 私、普通に話すスキルなんてない!
私は元いた席に戻る勇気が出なくて、みんながいる部屋の入り口でうずくまっていると、知らない男性が話しかけてきた。
「さっきから、君、気分でも悪いの?」
顔を上げて確認すると、ヘラヘラした知らない男性二人が私を囲んでいた。
「あ、いえ、大丈夫です」
なんて物好きな……私みたいな地味な女に話しかけるなんて。
「ねぇ、もしかして、あそこでやってる飲み会の参加者? ちょっと抜け出してオレらと飲もうよ」
「えっと……」
「ああ、いたいた! なんか結構酔っていたみたいだけど、大丈夫?」
そこへ榛名さんが割って入って来てくれた。
「もしかして、うちの者が何かご迷惑をおかけしましたか?」
「ああ……いやー」
男二人はそそくさと自分達の席の方へ行ってしまった。
「あの、ありがとうございます」
「それより赤城さん、大丈夫?」
「あ、の、何で名前……」
「ああ、君の席の近くに座っている吾妻さんに聞いたんだよ」
「ああ、そうだったんですね」
さっき知らない男性に話しかけられて怖かったけど、榛名さんが来てくれたら、ものすごく安心した。
「気分悪いなら、帰る?」
「いえ、気分が悪いわけではなくて……その、ちょっと気がかりなことが……」
「気がかりなこと? 吾妻さんたちに相談できないの?」
「えっと……そうですね。でも、大丈夫です。大したことではないので!」
「……ふーん」
その後、二人して席に戻ると先輩たちに、ものすごく心配された。
※
飲み会もお開きになり、二次会に行く者、そのまま帰路に着く者と散り散りになった。
同じ部署の先輩たちの中には結婚されている方もいるので、私も帰ることにした。すると、榛名さんが「駅まで送る」と申し出てくれた。さっき男達に絡まれていたことが、気になっていたらしい。
一緒に歩きながら何か話せないかと考えてみたけど、思いつくことはゲームのことばかりだった。
ゲームのこと、話しても大丈夫かな? 早くしないと駅に着いちゃう。何か話さないと――
「赤城さん、もしかして、ゲームとかする人?」
え? ウソ……もしかして、さっき反応したのバレてた?
「えっと……」
「あ、ごめん勘違いなら謝る。さっき、俺らが話しているのをソワソワしながら聞いてたみたいだから、もしかして……って思ってさ」
「か、勘違い、じゃないです! 好きです! ゲーム!」
「あ、やっぱり? そうなんだ! もしかして、吾妻さんたちには、内緒?」
「……はい」
「そっかぁ! それで『気がかりなことがある』って、俺らの話が気になって、反応したことが吾妻さんたちにバレたかと思ったんだね?」
それもありますが、一番はあなたのことです。
「でも、大丈夫だよ。周りがうるさかったから、たぶん、俺らの話は吾妻さんたちに聞こえてないと思うよ?」
「そうですよね!」
「そうだねぇ。ゲームの話は、あのメンバーじゃあ……しないだろうね。ゲーム好きってあまり良いイメージもたれたことがないし……隠すの分かる気がする」
最近は、だいぶゲームの世界大会とか行われるようにもなり、注目もされるようになったけれど、昔はあまり良いイメージを持たれていなかった。
「あの、榛名さん……昔、ゲームセンターによく行っていたんですか?」
私は白々しく聞いてみた。
「うん、大学生まではね。今はぜーんぜん!」
あの頃、何で来なくなったのか、教えてくれるかな?
「何で、やらなくなってしまったのか、聞いてもいいですか?」
「うん? まぁ、そうだな。なんて言うか、ゲームをやりすぎて……当時付き合っていた彼女にフラれたっていうか、浮気されたっていうか……」
「え?」
衝撃的な言葉が頭にガツンときた。
彼女? フラれた? 浮気? ええ?
「構わなすぎたんだよな。休みだっていうとゲーセン通って『ゴーストファイター』やって」
「え? そんなにやってたんですか?」
「凝り性でゲーム極めたくなっちゃって、別れ際に『私とゲーム、どっちが好きだったの?』って聞かれたし」
「なんて、答えたんですか?」
「…………」
この沈黙は、何?
「う、うん。その頃ちょうど就活もあって……」
ん? 話逸らした?
榛名さんは空を見て、私と目を合わそうとしてくれない。
「自分勝手すぎたんだよな。彼女と大学が同じだったから、当然、学校中に『ひどい奴』って噂も広まって、みんな離れていったよ。気がつけば一人になってて、ゲーセン行くのも遠のいた。そろそろ、限界って思ってたから、ちょうど良かったんだけど……」
あの頃、来なくなったのはそれが原因? それにしても、彼女さんになんて言ったんだろう……気になる。
「それ以来、トラウマで未だに彼女いないしって……そんなことは興味ないか! ははは」
彼女、いないんだ。そっか……。
何故だか心の中でほっとした。
「赤城さんは? どんなゲームするの?」
「あ、えっと、今は家庭用で……色々やります。昔から家でも、ゲームセンターでも、兄と一緒にやったりしていたので――」
ど、どど、どうしよう……言ってみようかな? 私が小さい頃ストーカーのように見に行ってたこと……きっと、気づいてないよね。
「よくショッピングモールのゲームセンターでメダルゲームとかしてたんです」
「ああ、あるね。メダル落としゲームとか」
「そ、その隣でよく、『ゴーストファイター』をやっている人がいて……その、ゲーム見るのが好きだったんですよ」
「へぇー、でも、君の年齢だと、結構小さかったんじゃない?」
「えっと、十歳、くらいでした」
やっぱり、気づいてない? っていうか、覚えてない……よね。
「ああ、まぁそうだよね。『ゴーストファイター』は? やったことある?」
「あ、家庭用ので……すっごいヘタですけど」
「へぇ……さっきも新しいの出たって言ってたし、新しいのはやった?」
「新しいのもやりました。けど、ヘタなので……」
「でも、好きなんだね。ゲーム」
「は、はい!」
「うーん、それにしても……」
「はい? どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
「?」
「あ、ねぇ……話せないのはストレスになるでしょ? 良かったら話したくなったら俺でよければ聞くからね」
「え? い、いいんですか?」
「やらなくなったけれど、聞いたり、見たりするのは今でも好きだから」
「あ、ありがとうございます!」
榛名さん、神なの? こんな私に優しくしてくれるなんて!
私はこの時間がずっと続けばいいと、願わずにはいられなかった。
それから、金曜日の仕事が終わったあと、近くのカフェなどでゲームの話を聞いてもらうようになった。
私が一方的に話しているのを榛名さんはいつも楽しそうに聞いてくれていた。
少しずつ、同じ部署の先輩たちとも打ち解けて、仕事にも慣れて来た頃、榛名さんが転勤すると聞いた。
ウソ……せっかく会えたのに。
私は一人になった時、涙がとめどなく流れてきた。
どうしよう……私、たぶん……ううん、絶対、榛名さんのことが……好きだ。
卒業式で仲のいい友人と別れる時ですら、こんなにショックを受けなかった。いつでも連絡とって会えるんだから、なんて軽い気持ちもあったと思う。でも、榛名さんのことは違った。憧れていた人への緊張。それが、徐々に緩和されて話すことが楽しくなった。そして、昔から抱いていた彼を独占したいと思う心。
いま、やっと気づくなんて……。
彼への気持ちを封印する? 小さい頃から抱いていた気持ちを? 無理! でも、私のことなんて、きっと……なんとも思ってないんだろうな。
※
転勤前、最後の金曜日。
「榛名さん、あの……」
「赤城さんと、こうして会社帰りに話すのも今日で最後かぁ。寂しくなるね」
「……お世辞でも、嬉しいです」
できるだけ笑顔でいるように心がけた。悲しい顔なんて見せられない。「別に全く会えないわけじゃないんだから」と心の中で何度も言い聞かせていた。でも、ぎこちなく笑っているのが、自分でもわかる。
「お世辞じゃないよ? 赤城さんの話聞いてると、またゲームしようかなって、思えたんだから」
「え? 本当ですか?」
「それに、君を見てるとあの頃の事を思い出すんだ」
「あの頃?」
「学生の頃によく通ってたゲーセン」
「え? 何でですか?」
「君はなんとなく、似てるんだよなー……俺がゲームしてる時、よく見に来てた女の子に」
!?
「その子もメダルゲーム、よくやっていたみたいなんだよ。俺のゲームを見る時、いつもメダルを握りしめてたから」
それって……。
私の中にある記憶と同じような状況。鼓動が早くなっていく。「まさか」と思いながら、手をぎゅっと握りしめた。
「その子、なんだかすっごく『ゴーストファイター』が気に入っていたみたいで、食い入るように見てたんだよね」
榛名さん……私が見に行っていたこと気付いてた?
「でも、女の子って当時はゲーセンでは珍しくってさ。ある時、その子の後ろに変な男が立ってたんだ」
え?
「俺がゲーム終わって立とうとしたら、その女の子に後ろから何かしようとしてたから、とっさに睨んだら、その男、女の子を押してさっさと逃げていったんだよね」
あ、メダルを落とした、あの時? 知らなかった。
「女の子はその弾みでメダルぶちまけちゃって、それを手伝ったことがあったんだ。何事もなくて、本当に良かったけどね」
涙が出そうなくらいうれしい。私だけが覚えているのだと思っていた。まさか、榛名さんの思い出の中にいるなんて――
「……それ」
「ん?」
「それ、私です」
「え?」
「その、女の子。私です。私、ずっと、探していたんです……あなたのこと」
榛名さんはぽかんとしている。信じ難いのも無理はない。
「ははは……嘘」
「本当……です。毎週のように、あのショッピングモールに行って、あなたのゲームを覗いていたのは私です。夏休みに入ってすぐ、あそこに来なくなりましたよね? ずっと、何故来なくなったのか、知りたかった」
「あー……うわー……マジか。めっちゃ恥ずかしいな俺。行かなくなった理由が……フラれたから、だもんな」
「やっと……やっと、会えたんです! あなたにやっと!」
「これからだって会おうと思えば会えるし、いつでも話せる――」
「ゲームの話だけじゃない! もっと、私……」
「赤城さん?」
体が強張る。すごく心臓の音がうるさい。顔が、体が、熱くなってきた。緊張して涙出そう。
今言わないで、いつ言うの!
「――私、榛名さんのことが好きです!」
「な、何を突然!?」
当然、榛名さんは私の言葉に動揺しているのが見てとれる。顔を赤くして慌てていた。
「あの飲み会の席で知ったんです。榛名さんは昔、あのゲームセンターで『ゴーストファイター』をやっていた人だって。私、ずっと、あの時見た榛名さんに憧れて……プレイしてる姿も、仕方も……兄の影響もあったけど、それでゲームを好きになって……」
「…………」
「私……最近やっと自分の気持ちにも気づけて……だから、私、あなたとお付き――」
「ちょ、ちょっと待て! この前話しただろ? 俺は女性を大切にする自信がないんだ!」
「大丈夫です! 榛名さんがやさしいのは十分知ってます」
「ぐ……そ、それに! 君と俺は歳が十歳は違う! こんな歳の離れた、ダサい男を好きになるってありえないだろ? 君は会社の後輩! だ、男女の関係なんて……」
「歳は関係ありません! 私には『十歳くらい離れているほうがちょうどいい』って、みんなによく言われます」
嘘だけど!
榛名さんは、顔を赤くしながら頭を掻いた。
やっぱり……私のことは何とも思っていないよね? これは、断ろうと困ってる感じ? こんな地味な女に言われても嬉しくないか。でも、ここで終わりにしたくない!
「榛名さん。私、今までゲームばっかりで、自分のことは後回しにしてきました」
「え? うん」
「私、もっと自分磨きして、榛名さんの心を掴む、いい女になってみせます! そしたら『ゴーストファイター』で勝負してください!」
「いや……そこまでしなくても、別に――」
「私が勝ったら……私とお付き合いしてください! お願いします!」
私は全力でお辞儀をして返事を待った。こういう時の沈黙の時間は異様に長く感じる。
どうしよう……何も言ってくれない。「ゲームで勝ったら」なんて呆れてる?
「……と、とりあえず顔を上げて」
そう言った声はやさしい。恐る恐る顔を上げると、榛名さんは口に手を当て考え込んでいる。当たり前だ。こんな突拍子もないこと、私もよく言ったよ。でも、どうしても言っておきたかった。
「ねぇ……赤城さん、知ってる? 俺、昔、そのゲームで乱入者、百人抜きしてるんだよ?」
「し、知ってます! 小さい頃、見ていましたから」
「それでも俺に挑むんだ?」
「私、ゲームは何度でもやって攻略するタイプなんです」
「……へぇ」
「格闘ゲームは苦手だけど……絶対勝ちにいきますから、覚悟しておいてくださいね『氷帝』さん!」
私はこれから敵を倒しに行くかの如く榛名さんを睨みつけた。
自分でも、こんなふうに言えるとは思わなかった。目の前にいる憧れている人は、目を丸くしている。
もう、どうにでもなれ! 嫌われたっていい! 私のことを少しでも考えてくれるなら、それでじゅうぶんじゃない!
すると、榛名さんは「ぷっ」と吹き出し笑い始めた。
「ははは! そっか、分かった。望むところだよ、赤城さん」
私は榛名さんの笑顔をみた瞬間、緊張が解け、一緒になって笑っていた。
その後、彼は私の隣で一緒にゲームをしている。
私は榛名さんに九十九戦、負け続けた。「ゲーム、久しぶりにやるから……」なんて言っていたのに、対戦してみたらすぐに勘を取り戻して、あの華麗なプレイを見せてくれた。百戦目で何とか勝てたけれど、なんとなく手を抜いたんじゃないかと私は思っている。
今では、あの憧れの榛名さんのゲームプレイは私が独占している。
後で聞いた話、榛名さんはあの告白のときにはすでに私に惹かれていたらしい。
ゲームなんて、どうでも良かったのかも。
「ところで、榛名さん。何でランキングネームが『ICE』なんですか?」
「ああ、俺……アイスクリーム、好きなんだよね」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
昔、よくゲームセンターで遊んだのですが格闘ゲームは家でやっていました。今はコマンド入れなくても必殺技を出すことができると聞いてビックリしています。
この話を創作する上で、協力してくれた兄には感謝いたします。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。