第三話 幼年期の始まり① −999
おはようございます。
第三話です。わかる人にはわかるタイトルです。
手術は終わっていた。
怖い。
ドクが怖い。
これから起こることが怖い。
痛いのが怖い。
家族の結末が怖い。
俺の人生の行き先が怖い。
わからないが怖い。
不安が怖い。
怖い。
こわい。
支離滅裂で、終わりのない思考が止まらない。
こんなことでも考えていないと、おかしくなりそうだ。
いや、まだ諦めない。せっかくの二度目の人生だ。生き抜きたい。幸せになりたい。悔いを残したくない。
生きたい。
そう願いながら、意識を手放した。
「おはようございます。」
ビクッ
「腹部の傷は問題ないようですね。喉の調子も良さそうです。やはり目を見張る回復力ですね。」
「僕の話を聞いてもらえませんか?」
「よし、今日は回復力の強度を確かめてみましょうか。」
「ドク、何をするんですか?教えてください!なんのための手術だったんですか!?ドク!」
「まずは、切創の治療速度を比較してみましょう。外傷の回復速度を調べてから、代謝機能を深掘りしてみましょう。」
「ドク!お願いします!わからないのは怖いんです!せめてこれからどうなるかだ
「また来ます。」
「ドクっ!!!!」
バタンッ
恐ろしい。孤独が恐ろしい。
まるで存在しないかのように扱われる。気が狂いそうだ。
怖い、恐ろしい。
ドクの再訪はすぐ訪れた。
新たな仲間とともに。
「おはようございます。」
「ドク!私の声が聞こえていますか!?」
「回復力の比較実験を始めます。」
ガラガラガラ
車輪が石畳を滑る音が聞こえる。
俺と同じぐらいの年齢、体格の少年が現れた。左足はない。指もほとんどがない。皮膚はところどころケロイドのようになっていた。
彼は身じろぎ一つしなかった。
「君は!聞こえているか!?ここがどこかわかるのか!?おい!返事をしてくれ!」
「・・・・」
「今回は体の中心からの距離、動脈との距離、傷の深さ長さを変えて切開しましょうか。」
「ドク!待ってください!話をしてください!お願いです!お願いします!」
実験が始まった。
痛い。切られている時は痛いというか熱い。切られてから血が渇くまでは刺すように痛い。血が乾いてからは疼くように痛い。そう、痛いのだ。
切開されている時、俺は叫んだ。今回はあの麻痺毒も使われなかった。思いの限り叫んだ。少しでも痛みを紛らわせるために。心が壊れてしまわないように。
男の子は、叫ばなかった。ただ、そこにいるだけだった。彼はもうとっくに心を壊してしまったのかもしれない。
その様子が、とても恐ろしかった。肉体の死ではなく、心の死がとても恐ろしかった。同じ結末を辿るのがとても恐ろしかった。
俺は思った、このままでは彼と同じ結末に辿り着く。それを阻止するためには、環境を変えねば。ドクに取り入らねばならないと。ドクに赦されるのだと。
切開は終わった。
ドクは双方の様子を見て、満足げに頷きつぶやいた。
「また来ます。」
バタンッ
「おはようございます。」
「おはようございます、ドク。」
「なんと!もう完治しているのですか!全く理解し難い回復力です。次はもっとこまめに経過観察をしなければ。」
「ドク、私には医学の知識があります。必ず貴方のお役に立てます!」
「んー、彼の回復を待つのも億劫ですし、もう一度新しく切開しますか。」
「ドク!私を助手に取り立ててください!必ずお役に立てます!ドク!」
「ん?」
初めてドクが、俺の目を見た。ついに俺を見た!
よし!このままどうにか話をつけなければ!
「ドク!話だけでもーーー
「おかしなことを言う」
!?
なんだその目は
それは人に向ける目ではなかった。まるで、モノを見るような無感情な。そう、まるで屠殺される動物を見る人間のような無機質な目は。
「君はもういないんだよ」
は?
「君は、もう人間ではない。ただの肉の塊だ。豚肉か、人肉かの違いしかない。」
「まだわからないのか?脳に障害でも残っているのか?君はもう人ではないんだよ。」
「実験動物だ、人ではない、動物なんだよ。」
あっ、、、
「せめて、私の好奇心を満たしてくれればそれでいいんだよ。ただ、私の糧になればいい。」
「ただ、反応を、結果を返すためだけに生きていてくれ。」
それは死刑宣告だ。いや、死の認定だ。
ダメだ、ダメだ、ドクは俺を見ていない。
言葉が出て来ない。
理解してしまった。わかってしまった。
だって、俺だってそう思っていたからだ。
前世で、医学部生だった頃、マウスを開いた。その時俺は、マウスの気持ちを考えただろうか。マウスの痛みを考えただろうか。初めは考えた、だがそういうものだと腑に落ちてしまった。
マウスを開く為のメスを凶器とは思わなかった。
マウスを開く意志を狂気とは思わなかった。
その時マウスはいた、確かに存在した。だが、マウスの感情は、痛みは、尊厳は、精神は存在しなかった。
あぁ、理解してしまった。
わかってしまった。
「ふむ、わかったみたいだな。では、ーーー
また来ます。」
ご拝読ありがとうございます。
いやぁ、あの世界観とても好きです。
本作の夜明けはまだ遠いようですね。