第二話 第二の生 -100
第二話です。
人は生命活動を行っているだけで、生きていると言えるのでしょうか?
人が生きるとは、人生とは。
ご賞味下さい。
俺は、レールを進んでいた。楽だから。
心地よいと思える場所に向かう、レールを進んでいた。
ただ、辛いのは嫌だったから、蔑まれるのは怖かったから。この世で一番の幸せを望んだことはない。誰かの不幸を望んだこともない。
ただ、心地よい場所に向かっていた。はずだった。
あの日は、月も見えない曇天の夜だった。
「数学の授業がネックだなぁ。公式が洗練されてないから、まわりくどい計算ばっかり。帝都に文官があれほど必要な理由がわかる気がする、、。」
そんなことを呟きながら、床に着く準備をする。
「最近は商国との経済摩擦がすごいって話だし、数学の授業を経済学の授業に変えてもらえないかな、、。」
ランプの火を消し、羽毛の掛け布団に包まる。変わらない日常。退屈で、小さな不満はあっても、不安はない日常。その日唐突に終わった日常。
大きな鈍い音が屋敷に響き渡った。それを合図にしたように似たような音が至る所から響き渡る。
まずはじめに、甲高い女性の悲鳴が聞こえた。今思えば、一番最初に狙われた女中が悲鳴を上げたのだろう。
そしてその声はすぐに聞こえなくなった。
数瞬の後、雄叫びが響き渡った。
「「「「「ウオオオオオオオオオ‼︎‼︎」」」」」
惨劇が始まったのだ。
「ごっ、護衛の騎士はいないの!?!?」
屋敷に残っていた女中は殺されるか、連れ去られた。
「いやぁぁぁぁぁっっ!」
護衛の騎士は皆死んだ。
「アロイス!アイン!お前たちはアンネと先に逃げろ!」
父は、俺たちを逃すために剣を持って立ち向かい、散った。
「あなた達だけでも、生きてっ、、」
母は、追っ手を少しでも食い止めようとして胸を貫かれた。
「振り向くな!走れ!!」
そう言って俺を逃した兄は、目の前で首を刎ねられた。
俺は走った、ただひたすらに真っ直ぐに走った。行き先なんて何も考えていなかった、いや、考える余裕なんてもとよりなかったのかもしれない。生まれて初めての、前世でも経験することのなかった、闘争というものに、まともな思考など一欠片も残っていなかった。
俺を追う足音は距離を縮めも離しもせず一定の距離で聞こえていた。
どれほど走っただろうか。三十分かもしれない、いや距離を考えたら五分も走っていないだろう。
小麦畑を抜け、たどり着いたのは領地を横断する川だった。
走る道を失った俺は、ただ放心のままに立ち止まった。
すぐに、足音の主が現れた。
「オーダーは皆殺しだ。」
その言葉に振り向いた俺は、横薙ぎの一振りに腹を裂かれた。
一瞬の激痛。
腹圧によって内臓が溢れるのが、酷くゆっくりしか進んでくれない時の流れで、その感覚だけが生々しく鮮烈に脳にフィードバックされる。
バランスを失った体は、川へと投げ出された。
冷たくなり始めた川に落ちる。俺の意識、命を手放すその間際。漆を塗ったような闇空に瞬く星を確かに見た。
「おはようございます」
「っは!、、、生きてる?、、また転生か?」
「私は、川で流れる死体のような君を拾い、命を救った恩人だ。敬意を込めてドクと呼びなさい。」
「はぁ、、、っ!?家族はどうなりましたか!?何か知っていませんか!?」
「それにしても、君の回復力は素晴らしいですね。そもそも、血をあれほど失って生きているのは理解し難い。」
「えっ?あ、ありがとうございます。」
「腹部を切開され、内臓があまり傷ついていなかったとしても、生きていることはありえないですね。腕も落とされ、出血量は確実に致死だったはずなのですが。」
「、、、っ、!?腕がっ!?」
「まあ、意識を取り戻したことですし。これから調べていけばいいことです。では、また来ます。」
「ま、待ってください!家族は!何か知りませんか!?」
ガタンッ
体が寝台に拘束されていることに、やっと気づいた。
驚きと、焦りと、不安に押しつぶされそうになりながら、ドクに伸ばそうとした手は拘束具によって自由に動かない。
石造りの小さな部屋に、俺が身じろぎする音だけが響く。
ここはどこなんだ?なんで俺は生きてるんだ?家族は?なぜ襲われた?ここは病院だよな?俺は今からどうなるんだ?どうしたらいい?なぜ拘束されているんだ?
不安と疑問だけが頭の中を反芻する。
左腕と腹がひどく痛む。左腕は肘より先がないようだ。腹は縫合されているようだが、動くと刺すような痛みががひどい。
生きていることはわかる。腕がなくなったこともわかる。
だが、それ以外がわからない。今どのような状況なのか、家族がどうなったのか、これからどうなるのかがわからない。
身動きも取れず、わからないことをただひたすらに考える。そんな無限にも思えるような時間はドクの来訪とともに終わるかに思えた。
「おはようございます」
「ドクっ!家族はどうなったんですか!?何か知りませんか!?」
「これから、栄養点滴と、造血剤を打ちます。ある程度体力が戻ったら、胃に直接食物を入れるため、管を通す穴を喉に開けます。」
「!?」
「ぜひ回復に努めてください。」
「どういうことですか!?なぜ胃ろうのための手術を!?」
「では点滴を打ちます。」
「待ってください!!説明してください!!」
「数日は点滴での栄養補給になると思います。」
「それはいいんですがっ!何か教えてください!何がどうなってるんですかっ!?」
「ではまた来ます。」
「待ってくだ
バタン
どうなってる?なぜ回復後は胃ろうなんだ?なぜ何も教えてくれない?ここは病院じゃないのか?どこなんだここは?
わからない、わからない。
不安と焦りが募っていく。
いや、生きているんだ。そうだ、命を助けたって言ってたじゃないか。助けてくれるんだ。絶対大丈夫。大丈夫。
その日は、不安感と焦燥感で一睡もできなかった。
そうして、何時間かが経過した。
「おはようございます。」
「っっ!ドク!話を聞いてください!ここはどこなんですか!?俺はどうなるん
「傷の治りが早いですね。血圧も良さそうです。やはり常人の回復力ではないですね。」
ですか!?なぜ無視するんですか!?」
「この調子だと、すぐに点滴は必要なくなりそうですね。」
「話をしてください!」
「点滴を追加しておきます。ぜひ回復に努めてください。」
「ねぇ!!」
「ではまた来ます。」
バタンッ
どういうことだ?わからない!わからない!何が起こってるんだ!?わからない!わからない!俺は助かるんだよな!?大丈夫だよな?大丈夫なんだよな!?
不安が押し寄せる。未知は恐怖だ。怖い。怖いんだ。
その後、限界が来たのか、気絶するように寝てしまった。
「おはようございます。」
「っは!お願いします!何が起こっているのか教えてください!お願いします!」
「これから、管を通すための喉の切開手術を始めます。」
「!?!?!?待ってください!なぜ!?右手は動きます!自分で食べれます!そんな管はひつようなあえう、、!?はへえあ、、、!!!」
「動かれては面倒なので、麻痺毒を使います。」
麻酔か?でも意識が残ってる?
「この毒は、爬虫類系魔獣から採取した毒です。運動神経の伝達のみ阻害するので、痛覚神経や意識には影響しません。」
痛覚神経が麻痺しない、、?
「それでは手術を始めます。」
まっっ、うっぐぁぁぁ!痛い!痛い!皮膚を刃物が滑る感覚を鮮明に感じる!皮膚が皮下脂肪が筋肉が裂ける!
「加虐の鱗という魔獣は、獲物を狩る際、この毒液を使います。痛みによる反応も、悲鳴も現れないのに、なぜかより複雑なこの毒を使います。なんの有用性もないのになぜこれを使うんですかね。趣味なのですかね。だとしたら、私と趣味が合うのかもしれないです。」
いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいい
俺の体は許容できない痛みに意識を手放した。
目が覚めた。記憶が曖昧だ。何が起こってるんだ。
喉にジクジクと痛みを感じる。喉を切開された。
「あぁー」
幸い声帯に傷はないようだ。
わけがわからない。これは治療なのか?
わからないが増える。不安が募る。恐怖が押し寄せる。
俺は、、本当に、、大丈夫なのか、、?
不思議と腕と腹の痛みは消えている。
ご拝読くださりありがとうございます。
こんな世界観です。
ついて来れる者だけ、物数奇だけ、とは言いません、是非どなたでも。私は誰でも受け入れます。
貴方が受け入れてくれるのであれば。