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深刻そうな表情のリミさんが、僕を案内したのは、なんと結婚式場だった。


 この世界はSF風の異世界ではあるが、結婚式場は、中世ファンタジーでありそうな洋風の建物だった。


 建物の周囲には池が張っていて、建物の姿が反射していた。


 池には、鯉がのんびりと泳いでいる。


 しかし、よくよく見てみると、鯉は金属で出来ている。


「機械でも、水の中に入っていいんだね」

「あ、うん。耐水加工しているから。熱には弱いんだけどね」


 リミさんは答えてくれるが、どこか上の空だ。


 正面玄関の周囲には、色とりどりのバラの花と、なぜか牡鹿の彫像が置いてあった。鹿の角は右側が折れていて、歪に感じる。


 玄関をくぐり、僕らは建物の中を歩いていく。


 その間、僕たちは誰とも会わなかった。ロボットも人間も、この建物に存在していなかった。まるで、この結婚式場が世界から切り離されているようだ。


 違和感しかないが、リミさんは何も説明せず、淡々と僕を連れて行く。


 リミさんはある部屋の重厚な扉を開く。


 中は、チャペルだった。


 高い天井に、均一に並んだ木製の椅子、チャペルの中央のバージンロードをたどると、鹿を描いたステンドグラスが一面に張ってあった。


 リミさんはステンドグラスのすぐそばまで歩く。鹿が見下ろす位置まで進むと、彼女は足を止めた。


「急にここに案内しちゃってごめんね」

「ううん、別にいいけど、どうしてここに?」

「ここなら、神様の監視の目がとどかないからね」


 彼女は、真剣な表情をする。

 

「……あのね、青宮さん」


 一瞬のためらいの後、彼女は口を開く。


「実はね、青宮さんは、……元の世界で、まだ亡くなっていないんです」

「へ? けど前は……」


 リミさんはつらそうに視線を逸らす。


「……前の話は、嘘なの」


 彼女は意を決して話し始めた。


「あなたはまだ死んでいない。けど、青宮さんがこの世界にいたいと願ったら、あなたは向こうの世界で死んでしまうの」


 黒い髪を耳にかきあげる。思えばはじめて会ったときも、リミさんはそんな仕草をしていた。


「私の任務は、あなたがこの世界にいたいと思えるような環境を作ること」

「任務って、誰から貰った任務なの?」

「この世界の神様。デパートにたくさんの人がいたでしょ? あの人たちの半分は、青宮さんみたいに元々向こうの世界にいて、この世界に定着しちゃった人たちなの」


 定着した人。


 つまり、


「……向こうの世界で、死んでしまった人たちってこと?」


 リミさんは黙って頷く。


 どうしてこの世界の神様はそんな恐ろしいことをするのかと尋ねると、リミさんは首を横に振った。


「分からない。教えられてないの。青宮さんが楽しく暮らせるように努力しろって命令されているだけだから」


 リミさんは嘘をついているように思えなかった。


「けど、どうして僕にそのことを話してくれたの?」

「……分からない。本当は話しちゃいけないんだ。だけど、言わなくちゃって思って。どうしてだろうね」


 リミさんは力なく笑い、ちらっと指輪を見る。


「その指輪が三回光り輝くときに、向こうのあなたは死んでしまい、この世界で生き続けることになるの」

「……なら、あと一回だね」


 一度目は、デパートで。


 二度目は、家で。


 指輪は光り輝いていた。


 なら、あともう少しで死んでしまうのだろう。


 納得すると、リミさんは訝し気に僕を見る。


「驚かないの?」

「まあ、うん」

「……元の世界に戻って、生き返りたいと思わないの?」

「まあ、うん」


 そもそも、「あなたは死んだ」と告げられたときも、そうなんだ、としか感じなかった。今更「実は生きていたんだ」と真実を伝えられても、同じくそうなんだ、としか感じられない。


 僕の人生はその程度なため、特に生き返りたいとも思っていない。


 むしろ、リミさんがいるこの世界の方が、生きていて楽しい。


 この世界の神様は、どんな魂胆で人間を招き入れているのだろうか。全く分からないが、神様の思惑に乗っかっても罪にはならないだろう。


 どうやらリミさんは、そう思っていないらしいが。


「……駄目。だって、この世界は偽物の世界だよ。幸せは手に入るけど、それも作られた幸せだよ」


 リミさんは悲しそうに目を伏せる。


「私はね、こんな世界から出て行って、青宮さんに本当の幸せを見つけてもらいたいの」


 リミさんは胸の前でぎゅっと手を握る。


「それが、あなたのことを本当に愛した、私の心からの願い」

「……」


 僕は、例え偽りとしても、この世界で生きていたい。


 ……けれど。


 涙目で僕に訴える彼女は、本心で話しているようにみえて、


「……うん、分かった」


 彼女の願いをかなえてあげたい。


 そう、僕は思った。


「本当っ!?」


 リミさんはパッと笑顔になって、僕に抱き着く。


「よかった……! 嫌だって言われたらどうしようかと心配しちゃったよ!」


 上目遣いでにこっと笑う。


 思わず少しだけドキッとしてしまった。


「そ、それで、どうやったら元の世界に戻れるの? 戻りたいって願えばいいのかな」

「ううん。戻るためにはね、」


 彼女は、答える。


「神様を説得しないといけないの」


 ……とんでもないことを。





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