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第一節 機械的な異世界

 

 コンビニのバイトが終わり、


 美味しくもなく不味くもない夕飯を食べ、


 軽くシャワーを浴び、


 ベッドに横になり、


 目を覚ましたら、見知らぬ女性がいた。


「お、目が覚めた!」


 彼女は長い黒髪を耳にかけて、頭を下げる。


「こんにちは。私の名前はリミ! よろしくね!」

「……へ?」


 どうして、僕の家に女性がいるのか。


 恋人ではない。僕に彼女はいない。


 ならば泥棒かと思ったが、泥棒は自己紹介しない。


 あと考えられるのは、古き昔、テレビでやっていた素人ドッキリ企画か。カメラマンの姿を探すも、僕はそもそもの勘違いに気がついた。


 この部屋は、僕の部屋ではない。


 僕の部屋は必要最低限の家具しか置いていない。友人が部屋に上がったときは、「遊び心の一切ない部屋だな」と苦笑していた。


 この部屋は違う。


 円の形をした部屋には、木目状の家具や植木鉢がこぎれいに並んでいる。まるで家具屋さんのモデルルームだ。


 棚やテーブルには、可愛い動物のインテリアも置いてある。僕が座っているソファにも、クマのぬいぐるみがちょこんと座っていた。


 混乱の中で、僕は必死に質問を投げかける。


「ここは、えっと、リミさんの部屋ですか?」

「敬語はいいよ。この部屋はね、私と青宮さんの部屋だよ」


 ……何が何だか分からない。


 彼女、リミさんは申し訳なさそうに肩を縮める。


「急にそんなこと言われてもよく分からないよね。大丈夫。ちゃんと説明するよ。まずは座って座って」


 促されて椅子に座ると、リミさんはマグカップ二つを持ってきた。


 リミさんは向かい側に座り、コーヒーを薦める。


 一口飲む。深みのある渋みを、優しいミルクが包み込む。今まで飲んだコーヒーの中でも一番美味しい。


「それじゃあ、説明するね。分からないことがあったら、話を止めていいから。実はね、……青宮さんは、元の世界で死んでしまったの」

「えっ……。あっ、そうなんですね」


 リミさんは意外そうに眼をぱちくりさせる。


「あまり驚かないんだ」

「どちらかというと驚きすぎて、どう反応していいか分からないというか」


 とはいえ、ショックはあまり受けていない。


 悲しいかな、僕の人生はあまり良いものではなかった。自殺する気はなかったが、かといって汗水流して生きるつもりもなかった。


「なら、ここは天国ですか、それとも異世界ですか?」

「異世界のほうだよ」


 それなら、突然ここに移動していた理由にも納得がつく。死んでしまったからこそ、異世界に移ってしまったのだ。


「それでね、青宮さん。この世界は特殊な世界でね。元の世界で満たされなかったものを補ってくれる世界なの」

「満たされなかったもの? ……まさか、」


 僕の頭によぎったのは、僕に笑顔をふりまいてくれた、両親の姿。


 けれど、彼女が口にした言葉は、僕の考えとは全く違った。


「そう。青宮さんはね、彼女の存在が欲しかったのです」


 僕は、他の人と比べると、感情の上下が激しくない。お化け屋敷に行っても驚かず、ジェットコースターに乗っても怖がらない。


 死んだと分かっても衝撃はなく、異世界への転生も自分でも驚くほどに受け入れていた。


 しかし、この時ばかりは驚いてしまった。


「……か、彼女???」


 確かに、僕は年齢=彼女いない歴ではある。


 だが、別に彼女がどうしても欲しいと思ったことはない。告白されたら付き合うかもしれないが、されなかったとしても、無理して恋人を作ろうとは思っていなかった。


 否定するも、リミさんは首を傾げる。


「この世界は、そう判断したみたいだよ。だから、私が恋人役として呼ばれたんだもん」


 リミさんは誇らしげに胸を張る。


「私は青宮さんの彼女になるべく、異世界に降臨したか弱い乙女なのですっ!」

「それってつまり、えーっと、結局君は何者なの?」


 異世界らしく魔女?


 考え込んでいる僕を、彼女は笑い飛ばす。


「細かいことは気にしないの! ともかく、私は青宮さんの彼女第一候補ってこと! まずは、友達からね。よろしく!」


 彼女は柔らかく笑う。


 ごくごく普通の、明るい良い女の子だ。嘘をついているようにも思えない。


 なら、彼女が僕の恋人(候補)であるのも事実となる。


「えっと、これからもよろしく……?」


 で、いいのだろうか? まさか死んだ後に恋人ができるとは思ってもみなかったので、どう返事をしていいか分からない。


 戸惑う僕を察してか、リミさんはにっこり微笑む。


「急にこんなこと言われてもビックリしちゃうよね。そうだ、まずはデートしてみようよ! 気分転換になるからね!」


 疑問点はいくつもある。


 けれど、別にどうでもいい気もする。


 ひとまず僕は彼女が導くまま、生前死後ともに初のデートへと行くことにした。




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