#7 村長はラスボスを語る。
ボスを失ったDryMoonは内部崩壊した(これ、ご都合展開)。勇者一行は隣の竹垣に……ああっ打つのが面倒だっ、竹垣村に帰還した。
「おおっやってくれたのですな、勇者殿!!」
もう日も沈んできて、暗さの増す竹垣村。一行の前に現れたのは背の低い初老の男性だった。
「えーと誰」
「村長です」
「これはこれは村長殿お目にかかれて大変光栄にございます恐悦至極恐悦至極」
田中が呆れる。
「相手によって態度変えるのやめましょう勇者様……」
村長は目を細め、
「実に面白い方々だ……む?」
既に細めていた目をさらに細める。ポテトが首を傾げる。
「どうした? イケメン勇者でも見えたのか?」
「ああっそこにいるのは、ちえみ!!」
チエがぎくっと肩を強張らせる。
「まさか勇者様御一行と一緒に行ったのか!?」
「はい……」
「危ないじゃろう!!」
チエが、それはまあシュン……となる。
「……と言いたいのじゃが、勇者様、チエはお役に立てましたかのう?」
「少し話すと長くなるが、普通に命の恩人だぞ」
村長がため息をつく。
「ふむ……いつまでも子供ではないようだ」
チエがぱっと顔を上げる。
「勇者様に命の恩人と言われたのなら活躍はしたようだ。後で詳細は決めるが、ちえみは成人の儀は免除かのう」
その瞬間チエは、それはもうピョンピョン飛び回り嬉しがった。田中が恐る恐る村長に尋ねる。
「あの……この村の成人の儀って何をするんですか?」
「何って近くにある大きな崖でバンジージャンプじゃが」
さっきのアレに違いない。恐ろしい村だ……。
「DryMoonは滅びたことだし、今宵は宴じゃ!!勇者様御一行も是非」
「ただ食いか?」
魔王が気にする。
「ええ勿論」
ポテトと魔王がハイタッチする。
「よし、宴の準備を手伝うぞ!!」
「この魔王のパワーは百人力だぜ」
周囲の村人も盛り上がる。それを見て村長がフォッフォッと笑った。田中は何だか申し訳なくなる。
「すみませんこんな連中で」
「いやいや。実に面白い」
やがて宵闇に宴が始まった。
× × ×
「お主たち、ラスボスの正体は知っとるかえ?」
宴が始まり、たき火を中心に皆が盛り上がっている。そんな中、勇者一行と村長は近くに座って雑談をしていた。そして話に一区切りついた頃に村長が切り出したのだ。
「そういえば……知らないな」
村長がしわだらけの顔を歪める。
「知っておいた方が良いじゃろう……この村はそういった伝承に詳しい」
田中と魔王、チエも耳を傾けた。
「ラスボスの名は帝王パストラじゃ」
「某スマホゲームみたいな名前だな」
「偶然じゃっ!! 気にするでない」
たき火がパチパチ爆ぜる音が響く。宴の喧騒の中で村長は静かに語り出した。
「この世界は地界と呼ばれるが、その隣に魔界がある。平和だった魔界をたった一年で支配したのがパストラじゃ」
「長くね?」
魔王が突っ込む。
「短いの!! とにかく魔界の戦士が対抗したが、全て散っていった。帝王パストラは人の形をとらず、巨大な黒い塊のようだったという」
たき火がひときわ強く燃え上がった。
「全身の棘は剣のようで、向かい来る戦士を八つ裂きか串刺しにした。槍も弓矢も帝王の盾の如き鱗には通用しなかった。全身から火を吹いたかと思えば強烈な冷気を発し、猛々しい嵐と千の雷を自在に操ったのじゃ」
全員が息を呑む。
「しかし最も恐ろしかったのは、その声であったらしい。人外の帝王が、そこだけ人間のそれであるかのように聞くに堪えない叫び声を発するのじゃよ。帝王と戦ってその声を長く聞いた戦士の中には精神を病んだ者もいた」
―――帝王パストラ。
これから戦おうとしている相手は、想像を超えて強いようだった。
「そんな情報どこから仕入れたんだ?」
ポテトが訊くと
「ああ。ネットニュースでな……」
村長が取り出したスマホの記事の見出しは大きく
『魔界で帝王による大規模なテロ 被害甚大』
「あの……いや、うん。続けてくれ」
「今は地界を攻めるために力を蓄えているらしい。今まで幾人もの勇者が魔界へ向かったが、一人として帰ってはこなかった」
「魔界に行くだけでも大変そうだな」
「あ、それは一日3回、定期便のバスが通っているから……」
田中がガクっと前のめりになる。
「だから帝王を倒しに行くには相当の覚悟が必要じゃが……そういえば勇者様は何のために帝王を倒しに行くのじゃ?」
ポテトは少し顔を傾けて村長を見る。
「……それは」
全員が耳をそばだてる。
「富と名声だな」
ドッ
全員が崩れ落ちる。
「何かおかしいか? 大体、世界の人々を救うとか言うよりも莫大な財産とかの方が実感が湧き易いだろ?」
村長が苦笑する。
「本当に面白い方じゃ。今まで何人か帝王討伐の勇者と会ったが、私欲の為に帝王を倒すと堂々と言った者は一人もいなかった」
「それを言えば田中やトムだって同じだろう?」
田中はため息をつき、
「正直に言えば推しのグッズやイベントの為に金は欲しいです」
魔王もニヤリと笑い、
「城を建て直したくてな。もう古くてかなわん」
ポテトが、どうだ? と言う。
「みんな自分の為に冒険してるんだな、これが。そのことを恥ずかしいとは思わないね」
残り二人も頷く。チエはそんな三人に呆気に取られていた。
「(本当に……変な人達だ)」
村長はまた苦笑した。
「……お主たちなら、やれそうだ。魔界に行くには、大陸に渡る必要がある。ここから南へずっと真っ直ぐじゃ」
「感謝する。明日には出発する」
「それなら、もう眠った方が良いのでは?」
ポテト、田中、魔王は立ち上がる。
「世話になった。じゃあ」
「おやすみなさい、チエさん」
田中が声をかけるとチエはハッとする。そして三人を見上げて「はい」と言った。田中は、その目に何かの光を見たように思った。
やがて夜は更けた。
× × ×
「いっけな~い遅刻遅刻っ☆」
民家の一つから食パンを咥えたポテトが登場!! そこに走ってきたチエと正面衝突!! 2人の恋はこうして始まっ
「そんなベタな展開で始まりませんって!!」
チエが叫ぶ。ポテトは体の埃を払って立ち上がった。
「何だチエか……昨日は助かった。もうお別れだけど、3分くらいは忘れないからな」
「命の恩人を3分で忘れるんですか……」
2人は何となく空を見上げる。東の方が白く明るみ始めているが、大部分は暗く、黒い画用紙に砂金を撒いたように星が瞬いている。
少なくとも……。
「遅刻の時間じゃないですよ。何でこの時間に出て来るんですか」
「寝ぼけてたんだ。しかしチエこそ何でこんな早朝にこんな所に?」
チエは少し俯く。
「最後に挨拶がしたくて」
「そ。じゃあな。また会おう」
クルッ
その背中に未練は一かけらも無い……。
「あ、……あのっ」
クルッ
全く同じテンションで戻って来る……。
「何だよ。告白なら早くしろ」
「違いますよ!! ただ……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……早く言えよ」
「私もっ、連れて行ってくれませんかっ?」
沈黙。ポテトがゆ~っくり手でメガホンを作る。
「村長さn……」
「やめっやめてくださいっ」
チエが慌ててポテトを止める。
「あ~? お前分かってないだろ。帝王討伐どころか、大陸に渡るまでもが大変だ」
「分かってます!!」
「大体、何のために」
チエがうっと詰まる。
「もちでも食ったか?」
「……私は、生まれてからずっと村から出てませ……」
「長い。簡潔に。15文字以内」
「外の世界を見てみたいんです」
指折り数えて、おお、とポテトが言う。
「ジャスト15文字。だが、外の世界を見たら幻滅することだらけだぞ?」
「それも何となく分かってます。だけど行きたい」
「……何でそこまで」
流石のポテトも疑問を発した。チエはバッと顔を上げる。
「正直に言うと、ちょっとぶっ飛んだことがやりたいんです!!」
思わず言ってしまったという風だった。せっかく堂々と言い放ったのに、顔がカーッと赤くなっていく。そのまま、ふにーっと俯いてしまう。
「で、ですからその……」
「よ~っく分かった。要するに気まぐれだな」
チエが答えかけるがポテトはそれを封じるように、
「ただ、嫌いじゃないな。うん。ちょうどパーティに攻撃呪文系がいなかったしな」
チエの顔が徐々に明るくなる。
「じゃあ……」
「ついてくるなら、全力でサポートしてくれよ」
その瞬間、朝日が眩く2人を照らし出す。チエの琥珀色の目はそれを反射して輝いた。満面の笑みを浮かべ、チエは
「はい!!」
と返事をした。
こうしてチエという新たな仲間が加わった勇者一行。果たして彼等はその旅路の果てに帝王パストラを討伐できるのか!? 今、彼等の冒険は本格的に始動するっ!! 実況は作者でした。(拍手の音)
当時は気付いていませんでしたが、今読むと村長が妙に黒幕っぽいオーラを醸し出していますね……。