#14 帝王パストラは荒れ狂う。
「よくここまで来たね‼」
天井の高さも広さも規格外の、真っ暗な部屋に入った勇者一行を迎えたのは、ナゲットの声だった。
「おー、パケットか」
「そうそう、動画SNS放題……って違う! ナゲットだ!」
ナゲットは部屋の高所の、四方の壁を一周する小回廊からこちらを見下ろしていた。紫を基調にした服を着ている。ナゲットはほくそ笑んだ。
「僕が契約した悪魔も倒したのか」
「あ、いや、それは作者が倒した」
「はぁ⁉ 作者が⁉ 冗談はよせ」
全員が黙っていると、ナゲットは回答にしばらく困っていたが、やがて笑い、
「じゃあ悪魔すらマトモに突破してないってことか。そんなんで帝王に勝とうだなんて甘いね……」
「良いからその帝王パズド……パストラを出せよ」
「もういるよ」
「え?」
ポテトが聞き返した瞬間、
ゴォ、オ、オ、オ、ォ、ォ、ォ――
部屋全体を揺るがす咆哮。壁が、床が、その叫びに呼応してビリビリ震えた。
「こ、れ、は……」
「ポテトさん、あれ‼」
チエが慌てて指差した先で、暗闇が動いていた。時折鈍い光沢が見える。
「紹介しよう。この魔界を手中に収め、そして地界をも支配し政略する、最強最悪の大帝王、パストラだ‼」
部屋が暗かったのは、帝王の巨体が部屋の天窓からの光を覆い隠していたからなのだった。また、全身から溢れ出る正体不明の瘴気が足元に充満していた。
「あれが、帝王パストラか……っ!」
どうにか龍のような体型は判別できたが、見上げると首が痛くなるほどの巨大な体躯、闇に隠れる漆黒の体色、全身に生えている剣のような逆鱗と、その間を伝う鮮烈な赤黒い液体が全身像を曖昧にしていた。その上、ギギギ……と嫌な音を出しながら常に体中の部位が動いているのだ。どこが頭部でどこが脚なのかすら分からなかった。
「とんでもねぇバケモンだな……‼」
魔王が圧倒された様子で叫んだ。帝王パストラが身じろぎするだけで足元が振動するため、勇者一行は腰を落としてバランスを取らねばならなかった。
ガシャガシャガシャ……‼
骨が擦れ合うような音と共に、パストラが回転しながら突進してくる。
「避けろおおおぉぉぉ」
全員咄嗟に横っ飛びになって躱した。動いただけで、全身の剣で床や壁を歪に抉り取ったパストラは、今まで見たどの敵より強く、異質であった。
「ああ……やはり帝王パストラは素晴らしい……‼ さあ、存分に楽しませてくれっ、勇者ポテトおおおぉぉぉ‼ アハハ……‼」
高い笑い声に被せるようにパストラが再び咆哮した。
「どっちもうるさいな……さっさとぶっ潰すぞ‼」
「はい‼」
「おう‼」
「承知しました‼」
早速突っ込んで行こうとする魔王をポテトが止めた。
「やめろ、相手の動きが全く予測できないんだ……チエ、威力を抑えて攻撃魔法だ!」
「はい……レモーブ!」
橙の光が、パストラの体で炸裂し、跳ね返ってきた! 田中が盾を出現させて防ぐ。
ズドオオオォォォ……!!
「反射するんですか!?」
「みたいだな……上から来るぞ、気を付けろぉ!」
パストラが正面から炎を吐いてくる。某ファイ○ートルネードも驚きの温度が超速で迫り来る!
「正面からじゃねーか! うおおおぉぉぉ……っ!!」
ズバシュッ!!
魔王斬りが見事に決まり、全員黒焦げの最終回とはならずに済んだ。ただ、床が真っ黒に灼けて煙を上げているところを見ると、威力がどれだけかは分かるというものだ。
「こんなんマトモに食らったらHP全部削り取られて3乙だな」
「さっきからチョイチョイ小ネタが多いんですよ……ってうわぁ!?」
ピシャアアアァァァ!!
今度は室内にも関わらず白雷が荒れ狂う。某電気ネズミも驚きだ。そういえば今日は某電気ネズミの日らしい。おめでとう!
「何かナレーターも荒ぶってますよ!?」
「ツッコんでる場合じゃないですよチエさん! がっ……」
「田中ぁーっ!!」
稲妻に打たれ、田中が吹き飛ぶ。チエが助けに行こうとするが……
ビュオオオォォォ……!!
猛烈な吹雪が生み出した氷の針が降り注ぐ!
「きゃあっ!」
チエが大ダメージを負ったのを見て、ポテトが顔を歪めた。
「くそ、強いな……」
「どうするつもりだ!?」
「魔王、田中引きずれ! 僕はチエを連れて行く。逃げるんだよォ魔王〜!!」
「うわあああぁぁぁやっぱりいいいぃぃぃ」
ポテトと魔王は、チエと田中を連れて一時退却した。
× × ×
一時撤退した勇者たち。
「鬼かよ」
ポテトの呟きに全員が首を縦に振った。帝王パストラ。いつだったか、この竹垣に竹立て掛けたのは竹立て掛けたかったから竹立て掛けた村の村長が「今まで幾人もの勇者が魔界へ向かったが、一人として帰ってはこなかった」と言っていたが、それも納得だ。あれはいつだったかなぁ……あ、思い出した>33だ。
「最近ナレーター調子乗ってますよね」
「無視しろ……。それより、あの帝王パストラは、どうすれば良いんだ⁉」
魔王も珍しく疲れた表情だ。火炎、落雷、吹雪。そしてはね返される攻撃。
帝王は最強だった。
「手は無いでもないけど」
ポテトがボソッと言う。手元を見ると、何やら分厚い本に色々書き込んでいる。チエと田中は同時に聞いた。
「何やってるんですか?」
「ん? セーブだよセーブ。もし全滅しても戻ってこれる。何回も戦えば弱点も分かるかもしれないし、偶然うまくいくかもしんないし」
「はぁ」
何だかメタい戦法だが、アリなのかもしれない。
「もし、どうしても勝てないってなったら、最悪一旦逃げてレベル上げすれば良いし……ん……あれ?」
ポテトが眉をひそめた。何か考え込む様子である。
「どうした?」
「いや……なんか、引っ掛かって。ナレーター、さっきなんて言った?」
ポテトが眉を
「もっと前。竹垣どうこうの部分」
めんどくせーな。ポテトの呟きに全員が首を縦に振った。帝王パストラ。いつだったか、この竹垣に竹立て掛けたのは竹立て掛けたかったから竹立て掛けた村の村長が「今まで幾人もの勇者が魔界へ向かったが、一人として帰ってはこなかった」と言っていたが、それも納得だ。あれはいつだっ
「うんありがとう、もう大丈夫。なるほど……そうか。するともしや」
「さっきから何なんですか?」
「教えてくれ」
ポテトは彼にしては珍しくニヤリと笑い、それから仲間たちに自分の考えを語った。田中は微妙な顔をし、魔王も微妙な顔をし、チエは愛想笑い。
「なんだよ、全部ピッタリ合うだろ⁉」
「まあ……じゃあ1回やってみましょうか。セーブしてあるし」
ポテトは頷き、
「ただ、これを試すのには相手の動きを止めておく必要がある。僕と魔王が物理攻撃で、チエが攻撃魔法で止めればいいか。倒すわけじゃないし」
魔王とチエを見た。
「楽勝だよな」
一瞬真顔になった2人だったが、「おう」「はい!」強く頷いた。
「それでもって最後に決めるのは……まことに心外だが、田中だ」
「一言余計です」
「頼むぜ。できるよな」
田中はため息をつく。
「僕の勇者様なら分かってるでしょう」
ポテトが再び笑う。
「決まりだな」
言って、手を出した。田中は呆れたように笑って手を重ねた。魔王は豪快に笑って手を重ねた。チエもニッコリ笑って手を重ねた。
パシン
「え?」
ポテトが手を素早く動かし、チエの手を叩いたのだ。チエは「?」の表情。
「え、あれだろ、これやるんだろ」
「いやいや! 帝王倒すぞー! オー! みたいな流れでしたよね⁉」
「あ、なるなる。帝王倒すぞーおー」
そう言ってスタスタ歩いていく。ポテトは最後の戦いの前でもマイペースで理解不能だった。仲間たちも慌ててついていった。
さて、決まり切らなかったのでナレーターである私が締めさせていただきます。遂に帝王攻略の道を見出した勇者たち。絶望的に強い帝王に勝つことはできるのか⁉ 作者の進路変更のせいで急展開の雨嵐、最後まで生暖かい目で見ていてください。
「次回 田中死す」※死にません
× × ×
「うおらあああぁぁぁっ‼」
ポテトが部屋に入りざまに回転しながら、ナゲットに斬りかかる。
「いやいやなぜ僕⁉」
「あっロケットか。間違えた」
「狙ってるだろ‼ やな感じ~‼」
改めてポテトが剣を構える。魔王とチエも横につき、田中は後ろに控えている。
「最後の戦いと行こうじゃないか……‼」
「帝王パストラにかなうわけがないっ‼」
ナゲットの叫びと共に、パストラが唸りを上げ、石造りの床をめくりあげながら突進してくる。田中が「マモル‼」と唱えると巨大な盾が出現した。パストラは盾に衝突し、部屋の上へと昇っていく。さながら龍のようだ。
「散開しろ‼」
魔王が叫び、全員が四方に散る。数秒後、恐ろしい音と共にパストラが部屋の中央に落ちてきた。大量の瓦礫が飛び散る。
ドッカアアアァァァン
「あれだけの高さから落ちてくれば、いくらパストラでも動きが止まる……チャンスだな。チエ‼」
「レモーブフラッシュ×2‼」
チエの呪文と共に、白い閃光が炸裂し、続いてドドド……と爆発が連鎖する。
ギエエエアアアァァァッ‼
パストラは黒い体をのたうち回らせ、赤黒い謎の液体を飛び散らせた。金属が擦れるような音が響き渡る。
「よし、魔王、行くぞ‼」
「任せとけ‼」
「ハネル‼」
ポテトと魔王が一気に駆け出し、田中の出現させた魔法陣により高く跳躍する。ポテトは回転しながら幾度もパストラの体を斬り刻み、パストラの巨体に乗った。
「うわ、剣みたいなのばっかり生えてやがる……魔王、大丈夫か?」
「誰に聞いてる‼」
反対側から「魔王・暗黒乱舞‼」という声と共に強烈な高音が聞こえた。ポテトも剣を振ろうとしたが、大きく足元が揺れる。見れば、パストラの表皮が動き、剣のような逆鱗が迫り来るところだった。慌てて転がり避ける。
「やってくれるじゃないか……ハイパーポテトカット‼」
ポテトが跳躍しつつ見事な剣さばきでパストラを斬る、斬る、斬る……‼ パストラは苦痛の声を上げたかと思うと、体から突然炎を噴出させた。
「おっと」
ポテトは素早く離脱する。落ちながら反対側を見やれば服が燃えている魔王が見えたが、田中が水を出して消火した。
「よし、パストラの動きが止まった」
パストラは体から炎を出しているが、同時に動けないようだ。
「絶好のチャンスだな」
しかしそう簡単ではない。再び雷が落ちて来た。
「チエ、どうにかなるか⁉」
「強いのだけ弾きますよ‼ パストラに当たれば御の字です‼ フィライ‼」
雷が次々弾かれる。チエも、先程よりは余裕があるようで、時々パストラの方に雷を弾いている。だが、そろそろ動き出しそうだ。
「田中‼ 今だ‼」
「はいっ」
田中は両手を前に突き出し、呪文を唱えた。
「――ハガシ‼」
田中の呪文が金色の光を炸裂させた。その光は鎖のようにパストラに絡みつき、パストラは悶えた。
ギエエエアアアァァァッ‼
「な……何をした⁉」
ナゲットが叫んだ。
怒号を上げるパストラの体が変形を繰り返す。灰褐色の煙と赤黒い液体を撒き散らして暴れるうちに、逆鱗が剥がれ落ちてきた。大量の鱗が床に当たる度に嫌な音を響かせる。そして、体に隙間が見えてきた。
「ダメですっ‼ 魔法が限界ですっ‼」
「作者の可愛い友達がこの小説見てくれるってさ」
「うおおおぉぉぉ‼ まだいけるぞおおおぉぉぉ‼」
田中の努力により、パストラの体は隙間がさらに増えてスカスカになっている。しかし、各部位を黒い半液体が繫ぎ止めているようだ。
「ちっ、魔王‼」
「おう‼」
2人の戦士が風に駆ける。体を竜巻のようにスピンさせ、荒れ狂うパストラに接近する。ところが、パストラの体から赤い光線が迸った‼
「……っ、避けられないっ……」
勇者ポテトの大冒険、ここで連載終了か……。と思った矢先、黒い影が現れてバリアで光線を防いだ。
「大丈夫ですか?」
「チエ‼ いや……その姿は、キュアミリアート‼」
「幾億の希望と夢‼ キュアミリアート‼」
キュアミリアートは名乗りを上げ、大量の光の矢を放った。矢は光線を打ち払い、パストラの体の隙間に飛んで、繫がりを裂いた。
「なるほど、あれは斬れるぞ」
「遠距離攻撃は任せてください‼」
魔王は一気に大剣を背中から振り下ろし、黒の繫がりを断ち斬っていく。飛び散る剣の鱗を歯牙にもかけず、帝王を相手取るその姿はまさに「魔王」。
ポテトも負けじと、鱗と矢が飛び交う中を跳躍し、攻撃を加えていく。腰から取り出したパッケージからポテト型の小刀を取り出しては正確に繫がりを切った。
「うおらあああぁぁぁ‼」
そして田中が全ての魔力を解き放ち――遂にパストラが、砕け散った。大量の鱗や堅殻が飛び散って落下し、砂埃を舞わせた。その量たるや凄まじく、回廊から見下ろすナゲットの所まで到達した。
「馬鹿な……」
ナゲットは顔を青くして、それから赤くした。
「馬でも鹿でもないぜ、ポケット。帝王パストラの正体は分かっている」
灰褐色の砂塵の中でポテトは笑った。
「推理したんだ。今まで多くの勇者が帝王に立ち向かい、帰ってこなかった。テンプレのようでもあるが、実は少しおかしい」
「なぜなら、セーブができるからです」
「セーブしているなら、勝っても、負けて逃げても、帰ってくることはできる。なのに何で、誰も帰ってこなかったのか……」
「帝王の近くで捕まっているか何かと考えるしかありませんよね」
「……ま、少し違ったみたいだけどな」
砂と埃の煙幕が晴れ、その中に幾つもの影が見える。
「これが恐怖の帝王パストラの正体だ」
それは、何人もの勇者、戦士、魔法使いや僧侶など……帝王討伐を目指して、その帝王に取り込まれてしまった、たくさんの勇者軍団だった。
セーブできたのか、お前……。パストラのデザイン自体は割と好きだったりします。