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最終話になります。

 恵那先輩に散々イジられた翌日の放課後。

 僕は床を踏み締める様に、意気揚々とした足取りで部室へと向かう。

 相変わらずの薄暗い廊下。下の階では今日も今日とて複数の部活動が重奏し、不協和音を生み出している。

 だが、今日はそんなものは気にならない。なぜなら僕には、やらねばならない事があるから。

 そう、昨日結局うやむやになってしまった、恵那先輩への名前呼びを永続的にするか単発で終わらせるかの、壮大な議論に終止符を打つ、という目標が。

 無論、僕の主張である単発で終わらせる方向性に話を持っていく予定だ。

 だ、だって……恥ずかしいし。

 まだ二人きりとか、部室内だけならいいが、これが廊下で他者のいる前で、僕みたいな奴が恵那先輩を名前呼びなんかした日には……。

 考えるだけでも恐ろしい。

 だからこそ、そんな未来にならないために、僕は今まで通りの呼び方で――ってあれ? 僕今まで恵那先輩の事なんて呼んでいたっけ? うん?

 なんか今にして思えば、出会ってまだ半月近くだし、まともに僕から声かけた事ないから、そもそも今まで通りの呼び方ってのが無いような?

 なんか用のある時は『先輩』って呼んでいた気がするけど。よく考えたらそれも紛らわしいし、これを機に変えるのはもしかして、アリなのかも?


 そんな事を考えながら、今日は特に何も躊躇する事なく、部室のドアを開ける。

 開いた窓から涼しげな風が入ってくる。

 けれど、今日は昨日と違いう匂いが僕の鼻腔をくすぐった。

 熟れた果物の様に甘くフルーティーな香り。

 恵那先輩の指定席。ドア正面から見える彼女の席には、今日は誰も座っていない。

 代わりに。


「お、きたきた。昨日はごめんね。部活に来れなくて」

 昨日僕が座っていたドアから近い席。

 まるで夜空に輝く天の川の如く、綺麗に踊る白髪。

 微笑みの似合う、可愛らしい女性。

 先輩のはずなのに、まるで年下の様に見えてしまう、そのあどけない顔立ち。

 その声色は可愛らしく甘い。

 

 彼女が、この『文芸部』のもう一人の部員。

 恵那先輩と同学年なので、二年生なんだけど。

 ほんと……先輩には見えないよなぁ。

 最初に会った時は同級生だと思ったもん。


「いえ、昨日は散々恵那先輩に苛められましたけど、なんとかなりましたので」

 正確には何とかなってないし。継続してどうにかしてほしい所ではあるけれども。

 やっぱり男として、ね。

 カッコつけたいじゃないですか。

 と、いうわけで見栄を張って大丈夫ですアピールをしながら、僕は空いている向かいの席へと腰を下ろした。

 まぁ先輩が来たら、退けばいいよね。

 

 恵美先輩がいなかった事で、どこかほっとしたような、淋しいような、そんな複雑な気持ちで、僕は鞄からラノベを取り出す。

 昨日はゴタゴタでまともにラノベが読めなかったし、今日こそは部活動らしくちゃんと読書をするぞ!

 などと考えていたのだけど。


「あれ? 新堂君って、恵美ちゃんの事名前で呼んでたっけ?」

 不思議そうに小首をかしげる先輩を前に、僕は掴んでいた本を置いた。

 冷静を保つように、正面に座る先輩へ顔を向け、にっこりと笑顔。


「い、いいつも通りじゃああないです、かあ」

「おもいっきり動揺してるけど大丈夫!?」

 落ち着いてどうどう。

 先輩が手振りも交えて、僕を落ち着かせてくれようとしているが、何を言ってるんだか。僕は至って冷静なのに。

「なに、どうしたの? 昨日何かあったの?」

 先輩の優しげな微笑み。

 その表情に僕はしばし見とれた。

 天使だ。ほんと可愛い! どっかの誰かとは大違いだよ。

「いえ……実はですね……」

 僕は昨日あった事を、包み隠さずにそのまま伝えた。

 いつも通りからかわれそうになった事。

 それを回避する為に、じゃんけんゲームを挑んだ事。

 ちゃんと作戦も考えて挑んだけど、何故かいつの間にかかける罰ゲームを変える流れになっており名前呼びを強要された事、など。

 そんな僕の失敗談を、せめて話を盛り上げる為、出来るだけ面白おかしく伝えようと頑張ったけど。


「ずるい!」

 何故か先輩は、頬を膨らませてご立腹の様子。

 えー。何が? 何がズルいのでしょうか?

 誰か、国語が昔から苦手な僕に、答えを教えて下さい。

 ラノベ大好きなのに何故か、国語の成績は良くならないんです。

 この時の先輩の気持ちを百文字以内でまとめなさい。みたいな問題だと思って解説して下さい!

 あれかな? 僕の伝え方が悪くて、何か勘違いを生んでいるのかな?

 だとしたら訂正しておかないと!

 

「えーと、先輩。今のお話のどこに、ズルいと感じる要素があったのでしょうか?」

 直球で聞いてみた。

 昨日も恵那先輩に僕は分かりやすいって言われちゃったし、本当は僕も分かる側に回りたかったんだけど、どうやら今日はその時ではないようだ。

 先輩は膨らませていた頬を風船を萎ませ、徐々に空気を抜いて、頬を元に戻していく。

 まぁ膨らませたままじゃ、喋れませんもんね。


「私も名前で呼んでほしい!」


 あれー? 思っても無い方向性の怒られ方だ。

 どの流れで、そんな思考になったんだ?

 でも確かに、僕達三人だけの部活で、一人だけ名詞じゃなくて敬称で呼ばれていたら不快にはなるの、かな?

 それはいけない。せっかく入部した部活動なんだ。せめてみんなで仲良く過ごしたい。

「わかりました。では今日から先輩の事も苗字でよ――」

「やだ、名前で呼んで」

 あっれぇー? なんか僕が思っているより、この問題は難問で、複雑怪奇なものなのかもしれない。

 苗字も名前も変わらなくない? 名詞になっているから殆ど一緒じゃないの?

 僕『はいはいわかっちゃいましたよ』って、したり顔作ろうとしていたんだけど。

 何がいけなかったんでしょうか? いくら考えても多分一生わかりません。


「先輩、それは難しい相談です」

「なんでよぉ。恵那は名前呼びじゃーん」

「それは罰ゲームみたいなものですから……それだって今後も呼び続けるか、目下検討中といいますか、話し合いの最中といいますか」

「いいじゃん。もう開き直って私も恵那も、名前呼びすればいいじゃん!」

「いやいや、恵那先輩にも言いましたけど、ハードル高いんですって!」


 異性と話すだけでも大変で、相手が先輩達の様な綺麗な人だとさらに苦労する。

 この時点で会話するのも胃痛ものなのに、そのうえ苗字ではなく名前で呼ばないといけないなんて……。

 

「先輩、考え直しましょう。そんなの誰も得しませんよ」

「するよぉ。私と恵那は得するよぉ」

「なしてさ!?」

 僕が名前を呼ぶとその相手は運気でも上がる仕様なの? 

 ダメだ。ここで僕が折れたら、今後先輩達におもちゃにされる未来しかない。

 逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ!


「わかった。じゃ私ともじゃんけんで勝負しよ?」

「いいでしょう!」

 そうだよね。じゃんけんで決めればいいんじゃないか。

 恵那先輩の時もそうだったんだし、ちゃんと公平に決めないとね。

 大丈夫。あの性格悪魔の先輩には確かに心理戦では勝てないけど、この天使のような先輩になら、勝てるはず。

「新堂君は、恵那に何出して負けたの?」

「じゃんけんの結果ですか? 僕がグーで恵那先輩がパーでしたよ」

「ふーん。そっか。なら新堂君はグーはだしにくいね」

「え? どうしてですか?」

「だって昨日、グー出して負けちゃったんでしょ? ならやっぱ縁起悪いじゃん」

「うーん? そういうもんですかね? 言われてみれば……たしかに?」

 ふっふっふ。わかりましたよ先輩。

 僕にそういう揺さぶりをかけて、グーを出せなくさせて、チョキがパーを出させるつもりですね!

 その二択なら先輩はチョキを出しておけば負けない。確かにいい作戦です。

 だからこそ! 僕はその裏を読んでまたグーをだしてやりますよ!

「じゃーいくよ~」 

 先輩。僕に心理戦で勝とうなんて、百年はや――

「じゃんけん、ぽい!」

 僕はグー! 先輩はパー!


「なんでさ!!」

「うん……恵那じゃないけど、ほんと新堂君悪い人に騙されないように気を付けてね」

「なんですか、その憐みの目は! 僕ってそんなに分かりやすいですか?」

「だって、私がグー出せないねって話をしたら、納得いかないって顔していたのに、次の瞬間には、ニヤッと笑って……。わかったぞって顔してた」

 うっそだー。僕って意外とポーカーフェイスだと思うんだけどなぁ? そんな分かりやすい顔してるはずないんだけど?

「まぁ。顔に出やすいのは兎も角、その自覚はしておきなよ。いつか痛い目見ることになっちゃうよ?」

「は、はい……肝に銘じておきます」

「うーん。なんかまだ納得してないって顔してるけどね」

 あー。なるほど。きっとこの人はエスパーだな?

 凄いな。世の中にはいるんだな。エスパーって。


「ほら、お馬鹿なこと考えてないで、私の名前、カモンカモン!」

「えー。ほんとに言うんですか?」

「な、なんでそんな嫌そうなの?」

「いや、なんかここまで期待されると、余計に言いにくいんですが」

「気楽に行こう! 気にしたら負けだよ、負け!」

「なるほど。だからジャンケンも負けたのか」


 先輩の名前を呼ぶ事を気にしてしまった時点で僕はジャンケンに負ける運命だったわけだ。

「新藤君。まだお馬鹿なこと考えてるでしょ? いいから早く呼んでよ。なんだかこっちまで恥ずかしくなってきちゃったから!」

「わかりましたよ……」


 すー。はぁー。

 何度か深呼吸を繰り返し行い、気分を落ち着かせる。

 考えて見れば昨日今日と精神的に揺さぶられてばかりだ。

 非常に屈辱的である。

 全く。どうしてこう先輩達は僕を虐めるのだろうか。

 でも、まぁ名前を呼ぶくらいなら、構わないか。ある意味役得という奴だろう。


「照れてる顔も可愛いですよ――亜優先輩」

 

 でも、僕ばかり恥ずかしい思いをするのは悔しいので、一言おまけで添えてやった。

 案の定顔を真っ赤に染めた亜優先輩は、顔を隠す様に下を向いていて。

 きっと照れている事を指摘されて、恥ずかしかったに違いない。


 そんな風に考えていた高校生の僕を殴りたい。

 後その一言はどちらかと言うと、未来への僕に対して非常に強い攻撃力を有してます。


 

 ここまでの話を聞いてくれた奇特な方々。

 時間の浪費をご苦労様!

 ごめんなさい嘘です。聞いてくれてありがとうございました!

 

 え、えーと。ここまでのお話は僕が彼女と距離をつめて、仲良くなるきっかけとなったエピソードです。

 いやー、今思い出しても……くっそ恥ずかしいな! 高校生時代の僕もっとちゃんとしてくれ頼むから!

 まぁ彼女にしてみれば今でもはっきりと思いだせるくらいには印象に残っているエピソードらしいから、当時の僕も意外とやり手なのかもしれないけど。

 はぁ。僕の自慢話、もっとたくさん語りたいけど、人の自慢話を聞いてもウザったいだけだよね?

 じゃー今回はここまでにしようか。

 そういえば皆にはまだ僕の奥さんが誰なのか伝えてなかったよね?

 ごめんごめん。伝え忘れていたよ。

 ここまで聞いてくれたのに、それじゃー参考にもならないよね。

 それじゃ、僕の奥さんを紹介するね――――――

ここまで読んで下さりありがとうございます。

今後も小説を投稿していく予定ですので、私『鼠野扇』をよろしくお願い致します。

最後になりますが、評価感想等頂けたら幸いですので、こちらもどうぞよろしくお願い致します。

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