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短編小説予定です。全3話予定になります。

ご了承ください。

(カクヨムでも投稿しております)

「あら、今日はドアの前で体操は始めなかったのね」

「……そんないつも身体が鈍っている訳じゃありませんよ」

「そうなの? 私はてっきりここへ入るのに毎回緊張して躊躇しているのかと思っていたわ」

「そ、そんな訳ないじゃないですかっ」

「…………ほんと、新堂君って分かりやすいわね」

 

 彼女はぼそりと呟くと、僕を見つめしかめっ面をする。

 長い黒髪が、開いた窓から入り込む、春の柔らかな風と共に舞うように広がる。

 さらさらとした、綺麗な髪だ。彼女を挟んで、窓と出入口が一直線な為、ドアの前で彼女と会話をしていた僕の所にまで、風に乗って彼女のミントのような爽やかな香りが漂ってくる。

 本当に絵になる先輩だ。

 この学校でも、随分と有名な彼女は、この文芸部の部員の一人。

 さすがに彼女目当てで入部しようという輩が出るほどではないものの、かなり綺麗な容姿をしている。

 異性に興味の無い僕がそう感じるのだから、間違いないだろう。

 椅子に座り、手元の本に視線を下して、邪魔な前髪を指で耳に引っかける様に退かす仕草は、流石の僕でも何やら湧き上がってくるものがあるくらいだ。

 

 きっと、小難しい本でも読んでいるのだろう。

 真剣な眼差しで、なんだか革で出来ている高級そうなブックカバーをつけて、文庫本サイズの本を読んでいる姿は、まるで映画のワンシーンのように様になっていた。

 

 そんな先輩を見ていると、多少一歩を踏み出すのにも躊躇してしまうが、いつまでもドアの前で突っ立ているのも馬鹿にされそうなので、僕も彼女と向かい合うようにドアの手前にある椅子へと座る。

 テーブルを挟んでいるとはいえ、手を伸ばせば届いてしまうような距離に、こんな綺麗な人がいるというのは、聊か居心地が悪い。

 しかもこの先輩、かなり性格が悪いのだ。いや、性格が悪いってのは少し違うか――端的に言うと、悪戯好きとても言おうか。

 先ほどの件だって僕が入部時に緊張をしすぎてしまい、なかなか入室できずどうしたものかと身体を動かしてリラックスしようとしている所を見られ、それ以降ずっとこのネタでからかってくるのだ。

 最近ではやっと飽きて来たのか、弄りも短くなったが、当初は会話の殆どがこのネタ関連の話だった。

 もっとも、いつもならそんな会話をぶった切ってくれる優しい優しい先輩もいるのだが、今日は姿がみられない。

 

「彼女なら今日は委員会があるから来られないそうよ。残念だったわね」

「いや、別に……ってなんで僕が考えている事がわかったんですか?」

「だから、貴方分かりやすいのよ。そんなキョロキョロしていたら、誰だって分かると思うわよ」

 キョロキョロしてたかな? そんなつもりなかったんだけど……。

 

「はぁ。なんだか読書の気分じゃなくなっちゃったわ。新堂君からかって気分転換しようかしら」

「先輩。この過ごしやすい陽気。今こそ読書ですよ。読書の秋ならぬ、読書の春ですよ」

「そうしたかったのに、どこかの誰かさんが視界の隅で、からかって欲しそうにしているから、できないって話をしているのよ?」

「待ってください。僕がいつそんな仕草をしていましたか?」

「オーラっていうか、雰囲気とでも言うのかしら? そういうのが、ね」

「まてまてまて。僕はそんな特異体質じゃないんだから、そんなスピリチュアルな物質は出せませんよっ!」

「あら、そんなことないでしょ? からかって欲しいオーラを出せる能力もってるじゃない?」

「糞ほど使えない能力ですね! それなら例え持っていても今すぐ捨てたいですよ!」

 

 ニヤニヤと笑う彼女にもう既に本を閉じ、テーブルの隅に本を避けていた。

 あぁ。もう、おちょくられるのが確定だ……。

 何故今日に限って委員会に行ってしまっているのかと、もう一人の先輩に呪詛を送っておく。

 今頃くしゃみが止まらなくなっている事だろう。ざまぁみろ!

 

「あら、何やら楽しそうな事考えているのから?」

「だから何故わかる!?」

「……ほんと新堂君、詐欺とか気を付けてね。貴方絶対騙されやすいし表情読まれやすいから」

「大丈夫です。学校以外、基本外には出ないので」

「いや、それをドヤ顔で言われても……そもそもの根本的な解決になってもいないし」

「いいから~、もう読書に戻りましょ?」

「うーん。なんかそう言われると、余計に読みたくなくなるわよね」

「確かに!」

 思わず納得してしまったが、このままでは良くない。絶対に良くない。

 せっかく落ち着いてきた僕への悪戯やからかいが、またエスカレートしてしまう。

 なんとかできないかと、無い知恵を絞り、数少ない対人経験を思い起こし、何とかアイディアを考え出す。

 

「……先輩。それなら少しゲームをしましょう」

「あら、珍しいわね。いいわよ。何をするの?」

 よし、乗ってきた。

「簡単ですよ。じゃんけんをしましょう」

「じゃんけん? あまり面白みが無さそうだけど」

 もちろん、それだけじゃダメだ。だから一工夫する。

「そうですよね。だから、負けた方が損をする勝負です。僕が勝ったら先輩は罰として無理矢理にでも本を読んでください。逆に先輩が勝ったら、読書の邪魔をする僕は帰る事にします。そうすれば、先輩は誰に邪魔される事なく読書を楽しむ事が出来ますよね?」

 

 どうだ、この完璧な作戦は! 僕が勝ったらからかわれずに済むし、負けても帰ってしまえば、からかわれることが無い!

 どう転んでも僕の一人勝ちの作戦に、悦に浸る。

 そんな僕を、つまらなそうな表情で先輩は見つめ。

「いいわ。ゲームには乗って上げる。代わりに、負けた時の内容を変えましょう。勝負してあげるのだから、いいわよね?」

 ぐぐっと身を乗り出して僕に近づくせんぱ――近いちかい。

「わ、わかしました! 認めますから離れてはなれて!」

 距離を取ろうと精一杯に背もたれに体重をかけつつ、体を反らす。

 先ほどまで風に乗って漂ってきていた爽やかな香りが、彼女が僕に近づいてくる事でより一層強く、しっかりと感じられた。

 なんで女の子ってこんないい匂いがするのだろうか、と。

 そのいい匂いを少しは分けてほしい。男なんてお風呂に入った直後くらいしかいい匂いなんてしないのに。

 あぁ。やっぱ近くで見ても先輩は綺麗で、何となく色香もあって……。

 

「じゃー、決まりね。どんな罰にしようかしら」

 近距離で見た、彼女のニヤリとした表情で、僕は我に返った。

 あれ? なんかこれおかしくない?

 もうこれ、作戦成り立ってないような……。

 

 元の態勢に戻った彼女は、軽く腕を組むと、明後日の方を向きながら、しばしの間考え込むように瞑目する。

「あ、あのー先輩。やっぱり今の無しにしませんか……」

 うん。これヤバいよね。罰の内容変えられたら、只々罰ゲームをかけたじゃんけん勝負になっちゃうよね。

 そういえば僕、じゃんけん弱かった気がするんだけど。

「先輩、僕急用思い出しちゃったので、やっぱり帰ろうと――」

 

「決めたわ」

 

 おもいます。まで言いたかったのに、それを遮るように先輩の声が教室に響く。

 カッと見開いた目は、澄んだ綺麗な瞳をしていて、少し視線を下げるとにっこりとほほ笑む口元があって。

 

 あぁ。これはもうダメだな。

 

「新堂君。貴方が勝った時の罰はそのままでいいわ。その代わりに、私が勝った時は、違う罰を貴方に言いつけるわ」

「まぁ、そうなりますよね。わかっていますよ。でも無茶な事は言わないで下さいね。常識の範囲でお願いしますよ」

「もちろんよ。私をなんだと思っているのかしら……。ちゃんと常識の範囲内、どころかすごく簡単で、負担の少ない罰にしてあげる」

 そんな先輩の言葉とは裏腹に、彼女の表情はにやにやを隠しきれておらず。絶対にロクでもない罰をやらされるのだろうと、予想できるわけで。

「はぁ。もうひと思いに教えてください。僕に何をやらせる気なんですか?」

「あら、急かすじゃない。いいわよ。それはね――私を名前で呼ぶ事、よ」

「おいこら、無茶を言うなって言いましたよね!」

「無茶? むしろ簡単でしょ? 名前で呼ぶくらい」

「あ、それってもしかして苗字で呼べっていう――」

「もちろん下の名前よ。『名前』って言ったでしょ?」

「いやいやいや、無茶言わんで下さい」

「新堂君、口調が安定してないわよ」

「それくらい焦ってるんですよ!」

 こちとら人見知りで上がり症。ついでにちょっとヲタクの入った男子高校生だぞ!

 いきなりこんな年上の先輩相手に気やすく名前を呼ぶなんて……。

「うん。やっぱ無理ですね」

「あ、あの。あまり無理とか連呼させると、流石に私も傷つくのだけど」

「えっ? ち、違いますよ。そういう意味じゃなくて、ハードルが高いって言うか、照れくさいというか……」

「うん。わかっているけどね」

「なら言わないで下さいよ! そういうノリの耐性全然ないんですから!?」

 頬杖付きながら余裕の笑みを浮かべるこの先輩を、誰かギャフンと言わせて下さい。

 どうやら僕にはその力はないようなので。

 

 さて、冗談はさておきここでしっかり勝っておかないと、またこの先輩にからかわれるネタを提供してしまうことになる。

 たとえ一回だけとはいえ、これは負けられない。

「あら、やる気じゃない」

「もちろんですよ。勝てばいいんですから」

「そうよね。勝てればなんの問題もないからね」

 正直、じゃんけんなんて運の勝負でしかないのだ。ここはもっとも最初に出す人が多いと言われているグー……勝つために、パーを出して――。

「新堂君。私は最初にチョキを出そうと思うのだけど、貴方はグーを出してくるのかしら?」

「え? そりゃ先輩がチョキを出すなら、僕はグーを出しますよ」

「そうよね。じゃー私はチョキを出すことにするわ」

 この人は何を言っているのだろう。

 さすがの僕もこれには騙されない。

 彼女はきっと僕が素直にグーを出すと読んでパーを出すつもりなのだろう。

 甘く見られたものだよ……。

 色々考えようかと思ったけれど、これで僕の手は決まった。

 相手がパーを出す事が分かっているのなら、僕の手はチョキ!

 これなら仮に先輩が素直にチョキを出してきても、あいこだから僕に負けはない!

 完璧だ。我ながら完璧すぎる。

 

「それじゃー始めましょうか。じゃんけん――」

「「ぽん」」

 

 僕が出したのは、予定通りのチョキ。対する先輩は……。

 

 あれれー。

 僕の目にはグーを出しているように見えるなぁ。

 気のせいかなぁ。不思議だなぁ。

 

「私の勝ちね」

「ウソだぁぁぁあああ!」

 何故? なぜなにどうして。

 

「新堂君。本当に分かりやすいわね。お姉さんここまで素直だと、逆に愛おしさすら感じてきているわ」

 

 おかしいおかしそんなはず。

 

「そんな頭を抱え込んで、人生の終わりみたいに落ち込まれても、反応に困るのだけど」

 

 そんなはずはない。きっとなにかのまちがえで。

 

「まぁ約束は約束だからね。ちゃんと私の事を名前で呼んでもらおうかしら。これから先ずっと」

「…………おいちょっと待て」

「なぁに? 新堂君」

 この人、今なんて言った?

 震えそうになる声を何とか抑えて、僕は尋ねる。何かの言い間違えか、聞き間違えだと信じて。

「名前を呼ぶのは、一回じゃないの?」

「誰も一回だけなんて、言ってないでしょ?」

 なんですとぉ!?

「待ってください! でもその理屈なら、先輩だって名前呼びを永続なんて、言ってなかったじゃないですか!」

「確かにね。でもそれなら、これは罰ゲームなのでしょ? 勝った方の意見の方が適応されて道理よね?」

 この人、わざとその辺りのルールを曖昧にさせて、この流れにするつもりで計画をしていたな!?

 やばい。なんか反論する部分は沢山ありそうなのに、何一つ思い浮かばない。

 いや待て考えろ。何かあるはずだ。このピンチを打開する為の一手が。

 どこを反論すればいい。何を言えばこの流れを変える事ができるんだ!

 

「ねぇ」

「……なんですか。今考え事をしているのでちょっと待ってください」

「だめ。早く言って?」

「何をです?」

「私の名前」

 

 おそらくこれが、僕にとって、身内以外で初めての、女性を名前呼びした瞬間だろう。

 今の僕なら、この時の彼女の心境とか、気持ちとか、色々察せる事も出来ただろうけど。

 この時の、高校一年生の春の僕には、そんな事が出来るわけもなく。

 鮮明に覚えている。

 たった名前を呼ぶだけなのに。凄い喉がカラカラになっていて。手汗とかすごくて。

 緊張しながら、口を何度もパクパクさせて。

 僕は確かに呼んだんだ。彼女の名前を。

 結局永続ルールが適用されてしまって、もう他の呼び方が出来なくなってしまった。先輩の名前を。

 その始めの一回目。

 

「…………恵那(えな)、先輩」

 

 あの時の恵那さん。顔赤かったな。今にして思えばだけど。

 もっと人の顔を見て話せよ。高校生の僕。

評価、感想等頂けたら幸いです。

宜しくお願い致します。

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