はぐれ星に夜が来る
黒いろくでもない話しか思いつかない昨今の黒楓ですが、頑張って書きました。
(一応書きながら泣きました)
歳末の賑わいがこの商店街には有って僕はホッと嬉しくなる。
もちろん僕のお得意様の商売繁盛は喜ばしいけど、やっぱり元気な商店街はいい。
本当に最近、シャッター通りが多くなってしまったから。
「斉藤ちゃん!」
声を掛けられて振り返ると『伊勢屋』さんだった。
「あ、お世話様です。福引の応援に行ってらっしゃるって奥さんからお聞きしましたから『鶴亀祝い酒』追加の4ケースの納品だけ先に済まさせていただきました」
「おう!悪いねぇ~! 今日あたり斉藤ちゃん来るんじゃねえかと思ってたんだけど、“かわち酒販”のジャンバー見えたからよ! あそこから追っかけて来た」
と福引会場を指さした。
「賑わってますね」と笑顔で返すと『伊勢屋』さんは自分のジャンバーのポケットをごそごそやった。
「ほら、ふくびき券! 斉藤ちゃんもやって来なよ!」
ふくびき券を10枚も渡されて僕は恐縮してしまう。
「こんなに貰っちゃ悪いですよ!」
「何言ってんだよ!斉藤ちゃんが協賛でくれた販促品の“ウィスキーのミニチュアボトル”のキーホルダー!頭押すとあの曲が流れるヤツ!! 好評でさ! 4等景品なんだぜ! 箱いっぱいにくれたおかげで盛り上がってんだから!」
「お役立てできて嬉しいです。」
「おうよ! 凄いよな!あれ! ちゃんと亜☆さんが歌っててさ! オレ達、“オールドファン”だけじゃく、若い奴らや女子供にもウケてるゾ! 斉藤ちゃんも持ってんだろ?」
「いや、販促品なんで僕自身は持ってないんです。気に入ってるんですけどね」
「じゃあ!その10枚で当てなよ!」
「分かりました! 頑張らせてもらいます」
「おう! 今日持って来たチラシとかあるか?」
「お店には置かせていただきました」と『伊勢屋』さんにスマホでチラシの画像を見せる。
「このセットだと3本付くのか?」
「はい!」
「じゃあ7セット! 30日までに間に合うか?」
「余裕です!」
「ハ!ハ!ハ! あと嫁に在庫のチェックリスト渡してあるんだろ? 後で注文入れとくよ」
「ありがとうございます」
「来年、斉藤ちゃんが嫁さん貰ったらご祝儀でいっぱい注文出すからよ!」
「えっ?!」
「山口君から聞いたよ!お見合いしたんだろ?」
「あ、山口課長から……」
確かに山口課長の知人を介して先月お見合いをした。
けれども先方から「早くにご両親を亡くされて施設での生活が長かった方とは家風が合わない」と断られてしまったのだ。
山口課長はそれを聞いてひどく憤慨し、僕が却って課長をなだめてしまったくらいだった。
だって本当は……僕は“人”が苦手だ。
僕は自分の置かれた環境の中で……“生きてゆく術”として、“空気”や顔色を読む事を連綿とやっているだけだ。
それは透明な……ガラスの様な壁を作って自分の周りを取り囲んでいる様なもので
聡明な“お見合い相手”は、そんな僕の性質を見抜いてしまったのだろう。
まあ、『伊勢屋』さんにはそんな事は言えないから
「まだ奨学金も全然返しきれてないし、きっと生活レベルが合わないと思われたんです」と言い訳したら
「ウチの坊主が女の子だったら立候補させるのに!」と残念がっていただけた。
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ガラガラ抽選器を回すのも7回目となり、残念ながら4等の青色は出ない。
まあこんなものだろうと8回目を回すと激しく振鈴を鳴らされた。
「おめでとうございます!!! 『特等』です!!」
周りから拍手喝采を受け、贈呈されたのは『加賀高級旅館』のペア宿泊券だった。
『こんな物を渡されても』と……内心途方に暮れながらも、とにかく片手でスマホを立ち上げ、ペア宿泊券を写真撮りして『伊勢屋』さんにお礼のメッセを出した。
「いっそ『伊勢屋』さんご夫妻にあげてしまおうか……」
こんな考えが頭に浮かんだ時
「あの……すみません……」
鈴の音が鳴る様で……歳末の喧騒の中では危うく聞き落としそうになる声だった。
振り向くとベージュ色のコートにチェック柄のマフラーをしっかり巻いた若い女性が立っていた。
美人だけど、今どき珍しい黒髪のストレートロングで……メガネこそ掛けてはいないが例えて言えば学校の『委員長』タイプ!
その“委員長”さんが長く外に居たのか、鼻の頭を赤く染めて僕を……僕の手元を見ていた。
「あなたが引き当てた『ペア宿泊券』を譲ってはいただけませんか?」
「えっ?!」
「もちろんただとは申しません! 10万円でいかかでしょう?」
「ええ??」
いくら有名旅館とは言え10万あればペアで宿泊できるだろう……なのに一体なぜ?
「失礼ですが、何かご事情がおありなのでは? このお話、あなたの得になるような事は無い様に思えますが」
「いいえ! 私にはとても大切な事なのです! だから……」
「あの、良かったらあちらのコーヒーショップでお話を承ります。いかかですか?」
僕は4軒先に見えるチェーンのコーヒーショップを指さした。
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各々、トレイにコーヒーカップを載せると僕たちは席に着いた。
彼女は僕の背中越しにドアの外を見やったようだ。
「ここから見える景色は、あまり変わらないのですね」
僕は振り返って外を見た。
通路の反対側は魚屋で威勢の良さそうな立ち振る舞いが見える。
「かつてこの場所は、小さなスナックで、母が経営していました。前の『魚辰』の先代もお客様で、私はよく膝にのせてもらいました」
「ひょっとして……?」
「はい、母一人子一人のよくある図式です。お決まりの“父の顔知らず”の……」
僕のまったくの偏見ではあるが……彼女はそんな境遇にあった人とは到底思えない様なとても品のある顔立ちで……先日、僕との縁談に断りを入れて来た“くだんの女性”とは比べる事すらおこがましかった。
僕は努めて平静を装おうとしたが、ゴクリ!とコーヒーを飲み込んでしまった。
「このペア宿泊券にはどういった意味が?」
彼女は悲しみに潤む目を隠す様に、まるで手を付けていないコーヒーカップへ視線を落とした。
「母は大病で……夏までは無理と言われています。せめてその前にそれなりに贅沢な旅行をさせてあげたいのです。でも本人は『ただでさえ多大な迷惑を掛けている私にこれ以上お金を使うなんて』と納得してくれないのです。だから!! 福引で当たった旅行ならと!! もちろん自分でも何度も挑戦しましたが、私はくじ運が無くて……だからもし、あなたのご事情が差し障らないなら……」
彼女の言葉に嘘は1mmも感じられなかった。
でも僕はほんの少しだけ嘘をついた。
「ウチの両親は年中旅行に行ってるクチですから、その旅館も既に制覇済みです。僕は元より独り身ですから使う気もございません。このペア宿泊券はあなたに差し上げます。 どうかお母様とふたりで素敵な思い出を作ってください」
「そんな! それはできません!!」
そう言われても、僕はどうしてもこの親子に宿泊券を使ってもらいたかった。
「ひょっとしてあなた……」
「あ、私は宮部綾子と申します。」
「名乗るが遅れました、斉藤一輝と申します。宮部さんは あの福引でウィスキーのミニチュアボトルを当てませんでしたか?」
「ええ、ふたつ……」
そう言って彼女は例のミニチュアボトルを二つ出した。
「実は僕は酒販会社に勤めていて、その販促品はお気に入りだったのです。せっかく正当な理由で手に入れられるかと思ったけど『くじ運』が無くて特等を引いてしまいました。なので、その一つと交換してください。僕にとってそのくらいの価値があるものなのです」
「でも……」
と彼女が恐縮するので、僕は更に提案した。
「僕の好物は地酒なのです。その宿は加賀にあります。加賀は美味しい地酒の宝庫です。僕に地酒のお土産を買って来てください。僕は素敵な女性からプレゼントを貰った事がないのできっと幸せな気持ちになれます」
そう言うと彼女は真っ赤になって初めてコーヒーカップに口を付けた。
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クリスマス、正月と慌ただしい季節が過ぎた2月のある寒い朝、見知らぬ番号が僕のスマホを鳴らした。
「宮部です。突然電話を差し上げて申し訳ございません。番号は『伊勢屋』さんが教えてくださいました」
そう言えば僕たち、メアドや電話番号の交換すらしていなかった。
「旅行はお楽しみになられましたか?」
でも彼女は無言だった。
少しのすすり泣きの後、涙声で聞こえて来たのは、ひとこと
「母は独りで旅立ちました」
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あの電話で打ち合わせ、落ち合った僕たちはまた、件のコーヒーショップへ入った。
僕は……泣き腫らした彼女の顔が晒されないよう奥の席を選んだ。
彼女がバッグから取り出した
『斉藤様へ』
と表書きされた白い封筒の中にはペア宿泊券と手紙が入っていた。
。。。。。。。。。
斉藤 様
難しい字は書けない場末の女の私です。
だから『“斉”の字をどの字を書けば良いか分からなかった』という事にしておいてください。
娘の綾子が『福引で当たった』とこの券を病室へ持って来た時から訝しんではおりましたけど、古い馴染みの『伊勢屋』さんがお見舞いに来てくださって本当の事が分かりました。
すぐあなた様にお返ししようと思いましたが『それは斉藤ちゃんの心を無にしてしまうよ』と『伊勢屋』さんがおっしゃいますので、『知らなかった事』としてあなた様の優しさに甘えるつもりでした。
けれども私の命が延びれば、いずれは生活が困窮し、綾子は……今度は取り返しのつかない所まで自分の身を犠牲にする事でしょう。
神様は二つの希望は叶えてはくださらないようです。あの子との思い出づくりの時間は持たせてはいただけないようです。
私はそれでも一向に構いません。しかし残される綾子が不憫で……
だから、私は今一度、あなた様の優しさにお縋りして、ひとつのお願い事を申し上げたいのです。
私の代わりに、あの子を旅行に連れて行ってはくださいませんか?
そして、その一晩かぎりで結構ですから、あなた様の優しさをあの子にも与えてあげてくださいませんか?
下世話な私の言い草ですが……あの子は“手つかず”です。
後々、あなた様の酒席での語り草くらいにはなれます。
私とは違って路傍の花のように慎まし過ぎるあの子は……この先、“オスからオシッコを掛けられる様な”人生しか来ないと私には思えるのです。
だからあなたが一生の伴侶に巡り合う前に、どうかどうか一夜だけ、寄り道をしてあげてください。
伏してお願い申し上げます。
。。。。。。。。。
「この手紙を読まれましたか?」と尋ねると綾子さんは首を振ったので手紙を彼女の前に置いて、僕は両の拳で涙を止めた。
読み終わると彼女は顔を伏せて嗚咽を洩らした。
「失礼を顧みずお聞きします。あなたは……この手紙の通りなのですか?」
彼女は顔を伏せ涙にくれたまま頷いた。
「だとしたら、僕はお母様のご希望には副えません」
綾子さんは……顔を上げて頷いた。
涙がはらはらと落ちる。
「僕にはそんな度量などない、ちっぽけで臆病な人間です。だからたくさんたくさん時間を下さい。あなたを一日一日守っていける様に。二人で優しい時間を紡いでいける様に」
その晩、僕はお義母さんが生涯の相棒にしていた“だるまさん”を携えて彼女の住まいを訪ね、僕達の婚約を、手を合わせて報告した。
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赤の暖簾の下がっている出入り口から少し離れたところで“綾ちゃん”を待ち、湯上りの彼女と指と指を絡める。
真新しい指輪は金庫の中だけど、代わりにポーチに付けてきたウィスキーのミニチュアボトルをお互い鳴らしっこする。
それは……今はもう無くてはならない懐かしい曲
ふたりの夜は
これからやって来る。
自己満足になってしまったかな?
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