#5 日常と絶望
突風の前の綿毛のように、命は簡単に散りゆく。
黒木が拠点に戻ってきた次の日の昼。我々は改めて認識する。彼らがしているのは『戦争』なのだと。
「本部からの定時連絡来ないっすね~本部も暑さには敵わないんっすかね~。」
背もたれに全体重を乗せ、だらけた座り方をしながら堺はそう言った。
四季で言うなら今は夏。拠点に空調などあるわけもなく、屋内の蒸し暑い空気で辺りは充満していた。
「堺! だらけてないで本部に提出する始末書をさっさとまとめろ! 黒木副隊長はああ仰ってくださったが、監視部隊はお前の管轄なんだからな! それと本郡からの定時連絡は10分後だ。」
黒木は先の件は彼らの責任ではないと言ったが、実際には調査部隊の責任者である堺と部隊編成などの指揮を執る日向には本部から責任問題が問われている。そして彼らが今まとめているのがその始末書なのだろう。
暑さで頭が回らないのか、ただただ面倒がっているだけなのか、はたまたその両方か堺の手は動かない。
「全く……黒木副隊長が昨日の件で現場に調査で居ないからって、あの人がいないと直ぐだらける。俺が1度こいつのことシメとくか?」
「日向さんじゃ自分のことはシメられないっスよ~戦闘は自分のほうが上なんっスから。」
この堺の一言で、日向と堺の言い合いが始まった。そして言い合いが始まると……最終的には。
「あぁ?! 俺がお前より弱いだって??」
「はいっス。事実っスよ。」
「おう上等じゃねぇか! 堺! 表出ろ!」
「いやっス。外は暑いんで、行くなら1人でどうぞっス。」
「あぁん?! 上等だ! 今ここでやっか????」
日向が堺の胸ぐらをつかみ始まった。殴り合いの喧嘩である。それを見かけた他の兵士たちは止めに入る……訳ではなく「お、またやり始めたぞ!」と人が人を呼び、気づくと2人を取り囲むまでに至った。「やれやれー!」と煽り始める者や「やれやれ……」と呆れている者も中にはいたが、気づくと皆笑っていた。これがこの隊の日常なのだろう。戦争中とは思えないほど平和な15分が流れ、過ぎていった____
だが彼らは気づいてなかった、すでにおかしな点があることに。
ところ変わって黒木は、昨日狼男を倒した東京F地区に1人で来ていた。今回はしっかりと上からの許可を得ているようだ。
「特に変わったところは無し。だが……なぜだ? イレギュラーに警戒するとはいえ、俺らの作戦決行前にCランク拠点にBランクだけを配置していたなんて。不自然すぎる。あまり考えたくはないが……。」
すでに崩落している敵の拠点内を考えながら歩いていた。
____その時だった。
「ヒャッハー!!」
ジャキーン!!
黒木の背後の物陰から突如として、腕に鎌のような物を生やした男が襲い掛かってきた。背後からの突然の不意打ちだったが。
「ふん。不意を衝くなら無言で掛かってこい。」
黒木は相手の襲い掛かって来るときの叫び声に反応し、攻撃を避けていた。そしてそのまま襲い掛かってきた勢い事、男を蹴り飛ばした。
「グフッ……。ケヒヒ……流石、狼様を倒しただけのことはある……だが!」
ピュゥ~イ !
男の口笛を合図に、同じ様に腕に鎌のような物を生やした男がぞろぞろと出てきた。
「我々、『蟷螂部隊』を1人で相手にできるかな? いけぇ! 奴を八つ裂きにしろー!!」
『蟷螂部隊』そう名乗った蟷螂男達は、黒木を取り囲み一斉に攻撃を仕掛けた。多勢に無勢、流石の黒木も多少の苦戦を強いいるか。
___そう思ったが、黒木の強さは数などでどうにかなるものではなかった。
「響、共鳴。」
狼男の時にも唱えていた謎の言葉『響』、技名か何かなのだろうか。その言葉と同時に襲い掛かってきた蟷螂男の1人に回し蹴りを放った。そうするとどういう訳か、蹴りで押された蟷螂男の身体が隣の蟷螂男にぶつかりそれが更に連鎖していき____
蟷螂男達は空中でそのまま気を失った。
「な、なに?! な、なにをした?!」
指令を出した蟷螂男は驚きを隠せていなかった。だが、無理もない。敵を取り囲み攻撃を仕掛けた仲間が一斉に気を失って倒れたのだから。
「ふん。蟷螂……Cランク如きの奴らが俺に勝てると思うな。」
黒木は余裕の表情で敵を煽った。以前Bランクの狼男を単独で撃破しているのだ、その余裕も当然といえば当然。
____だったが黒木のその余裕の表情は、蟷螂男のひとことでいともたやすく崩れ去った。
「……クハハハハハハ!!!! バカめ! まんまと我々の罠にハマってくれたな!」
「……まさか。」
蟷螂男の「罠」という言葉と今までの考えで全ての疑問が解けたのか、さっきまでの余裕の表情は焦りの色に塗り替わっていった。
「まさか、陽動作戦。俺をここに呼び寄せたな?! そしてお前の本当の目的は……。」
「そうだ! 本来の目的は、お前らの拠点だ!! お前がここの拠点に攻めてくるのは事前に分かっていた! それに合わせて、狼様と我々は拠点を乗り換えてお前らの部隊を倒し、戦力を削ぐ! そしてお前が単独で調査しに来るのを待ち、来たところで貴様らの拠点を潰す! 完璧だろう??」
「あぁ……完璧だな。」
ドカン!!!!
蟷螂男は作戦をベラベラと喋り終わったと同時に蹴り飛ばされ気絶した。
そして黒木は急ぎ、その場を後にした。目指すのは襲撃されている自らの拠点。
____そして黒木は拠点に帰ってきた。が、そこにあったのは彼の知る拠点ではなかった。
空には黒煙が立ち上り、地面には昨日まで仲間だったものが転がっていた。黒木は相変わらず無表情だが、眼からは希望の光が失われていた。
拠点の奥に進んでいくと道中には、昨日すれ違ったり作業をしていたはずの大勢の兵士がいた。その1人1人はすれ違っても、もう敬礼も笑顔も見せることはなかった。そこにいるのは腹に穴が開いているもの、首が無いもの、首だけのもの……。
だが、奥に近づくと声が聞こえてきた。生きているものがいるようだ。幻聴かもしれないが、その一縷の望みに賭けて黒木は走った。
だが、そこに待ち受けていたのは更なる絶望だった。
「はぁ……はぁ……自……分は信じてた……んっスよ? この中に……裏切者がいるなんて……信じ……たくなかったっスから。」
「その考えが甘かったな。俺はあの御方に全てを捧げる事にした。あの御方が全てを変えてくださった!」
奥にいたのは、腹に何かを刺され壁にもたれかかっている堺だった。そしてその目の前には、
____日向の姿があった。
日向は口から舌のような物を伸ばし、それで堺の腹を貫いていた。
「く……黒木……副隊長……来てくれた……んっスね……? 自……分信じて……たっス。」
堺が黒木の存在に気づいた。だが、既に意識が朦朧としているようだ。
そしてもう1人、日向も黒木に気づいた。
「黒木副隊長~やっと来たんですね? 蟷螂は時間稼ぎすらできなかったか。まぁ、やられる前提だし良いんだけど。」
黒木は目の前にある光景が受け入れられないようで、口も手も足も何も動かないようだ。
当たり前である。信頼している自分の部下が、同じ自分の部下を異様な力で腹部を刺しているのだから。
「いいねぇ~その絶望の表情。潜入とはいえ、俺に偉そうにしていたやつが絶望に沈むのは見ていて気持ちが良い~!」
「黒……木副……隊長。」
「チッ。るっせぇなぁ! 堺! お前はさっさと死ね!」
日向は堺を貫いていた舌を引き抜き、目にもとまらぬ速度で首を飛ばした。その瞬間、赤い雨が降り注いだ。
コンッ
そしてなにかが黒木のつま先に当たった。丸い……なにかが……。そう、堺の首だった。
黒木はその首に目を向けどこか驚いた表情を見せたが、直ぐ正面に目をやった。その眼には再び闘志が宿っていた。黒木が飛んできた首を見た時に見せた表情。首が飛んできたことに驚いたのではなく、その堺の表情に驚いたのである。その顔は笑顔であった。自分が死ぬというのに、いつもの満天の笑顔。
その笑顔の真意は堺が死んだ今、聞くことはできない。だが、黒木はその笑顔に救われたのは間違いはない。
「お? まだやるんですか~? 黒木副隊長~!」
「日向。お前を……倒す。そして全部吐いてもらうぞ。お前に何が起きたのか。」
煽りの表情を止めない日向と対照的に、睨み戦闘態勢をとっている黒木。
部下対上司の対決が始まった。




