彼女
今日は彼女と出会ってから一年目の記念日。
俺は大量の薔薇をもって彼女を呼び出した。
記念のカフェでもよかったが、彼女が気に入っているという花の咲き乱れる海沿いの丘に呼んだ。
真下にある海を彼女は怖がったが、同時になぜかとても気に入っていた。
きっと喜んでくれる。
「結婚してほしい」
彼女は驚いていた。
とても素敵な表情で泣きそうになり、それからはにかんだ。
ああ、ああ、彼女と結婚できて俺は幸せだ。
「結婚? 本当に?」
「ああ」
「そう、そうなのね」
「受け入れてくれるだろう?」
彼女が微笑む。
「冗談でしょう?」
――え?
彼女が俺の持っていた薔薇を手にとる。そして薔薇は地面に落とされた。
「幼い頃から私の大切な友人で、妹みたいな子がいるって前話したわよね。その子がひどい浮気性の婚約者と別れられなくて困ってるって」
覚えている。その話を聞いた。彼女はその男が痛い目を見たらいいのにと言っていた。その妹みたいな子もそう思っているから、いつかなんとかしてあげたいけれど、身分差があるのだと言っていた。
「それが、なに」
「わからないのね。最大のヒントだったのよ。でもあなた、まるで他人事。それでもういいやって思ったの」
「いいって、何が?」
喉がからからになっている。
「あなた、私の家のことを知らないわよね?」
「それは……」
頑なに教えたがらない彼女に、俺は彼女が貴族ではないのではないか。という疑いを持っていた。それでもよかった。なのに。
「私の名前をお教えするわ。ヴァイオレット。ヴァイオレット・フェルタ」
フェルタ。
その名前に覚えがあった。
いつかに聞いたことがあるような。
「覚えてもいないかしら。あなたの婚約者だったキアラ・メクシアの遠縁に当たるのだけど」
俺は呆然と彼女を見た。
キアラの遠縁。親戚。血筋。つながりのある人物。
妹、浮気性の婚約者。別れたがっている身分差。
「まさか……」
「鈍いのね」
彼女はうっそりと笑った。
初めてあった時にみた魅惑的な微笑みだ。
「あ……」
声をかけようとする。そんな俺の胸に彼女が滑り込んできた。
「!?」
「あなたってやっぱり予想通りの人だったわ」
「ヴァイ……オレット」
ニコリと彼女が微笑む。
次の瞬間。腕の中から彼女が抜けていた。
違う。
自分が後ろに倒れて――――。
「さようなら」
彼女は魅惑的に微笑んでいた。
俺が海面に叩きつけられ、意識を失うその瞬間まで……。