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出会ってしまった

 彼女と出会ったのは、身分を隠してよくいくカフェの窓際の席。


 豊かな黒髪を背に流した彼女。

 思わずその美しい髪に目が惹かれて彼女を見たとき、俺は一瞬で恋に落ちた。

 彼女はとても美しかった。瞳は琥珀色でどことなく神秘的。

 目があった途端、照れたように顔を赤くして顔を伏せた。その仕草さえも、俺の心を掴んで離さない。

 いつもならすぐに声をかける。婚約者はいるが、どうでもいい。気に入った女には声をかけるのが男というものだろう。ただ、彼女にはどこか気軽に声をかけてはいけない気配があった。

 じっと見つめていると再び視線が交差する。そして彼女は魅惑的に微笑んだ。


「お隣いいですか」


 たまらず声をかける。

 彼女は一瞬驚いた顔をして、小さく頷いた。

 ああ、そんな姿すら美しい。


「ここにはよく来るんですか」


 俺は積極的に声をかける。

 彼女はこちらを警戒しているのか、下から覗くように俺を見ていた。

 ああ、その視線の虜になりそうだ。


「俺はここが行きつけでして……落ち着いた雰囲気でいいでしょう」

「……はじめて、きました。でも、たしかにいいところだと思います」


 恥ずかしげに彼女が頷く。

 声も美しい。透き通るような声だ。

 観察すれば仕草も丁寧。きっと貴族の生まれだ。従者がいないことは気になるが、自分だってそうなのだからいいだろう。


「俺はマクセル・ガヴェレオ。よかったらすこしお話しませんか? 隣の席になった縁で」


 ふふ。と彼女が笑う。


「いいですよ。ガヴェレオさん?」

「マクセルと」

「マクセルさん。……男性のお名前をお呼びするのは初めてだわ」


 はにかむ彼女が可愛らしい。

 俺は必死に彼女と話した。特別におしゃべりだと思われてもいけない。がっついてると思われるのもだめだ。けれど寡黙過ぎてもいけない。

 ウィットに富んだ話で彼女を盛り上げながら、彼女の話を聞く。そしてやさしさや穏やかさを見せる。

 こうすれば女性は自然と好意的に見てくれるのだ。

 予想通り彼女はすこしずつ緊張を解いていった。


「ここのカフェオレを頼むと名前を入れてくれる人がいて……ああ、そうだ。お名前はなんて?」


 自然な会話だったはずだ。

 少し急いたかもしれないがきっと答えてくれる。

 確信をもって言えば、彼女ははにかんだ。


「ヴァイオレット、と申します」

「レディ・ヴァイオレット。素敵なお名前だ」


 本当に綺麗な名前だ。彼女の黒い髪と似合う。素敵だ。

 うっとりとしていると、彼女が唐突に席をたった。


「ごめんなさい。用事があって、このあたりで……」


 これはまずい。まだ家の名を聞けていない。これでは彼女とまた会うのは難しい。どうしたら……。

 焦る俺。すると彼女が恥ずかしそうに言った。


「また、きます。もし会えたら、そのときにまたお話してください」


 俺は興奮に立ち上がりそうになった。なんてことだ! 嬉しい! また会える!


「ぜひ!」

 

 俺は女たちが惚れ込む笑顔で彼女に答えた。




 それから俺たちは何度もカフェで出会えた。

 彼女は可愛らしい顔で「奇跡ですね」などという。ああそうかもしれない。君にあえてうれしいよ。思いのまま告げればやはり嬉しそうにはにかむ。可愛らしいにもほどがある。

 

 雪の日でも彼女にあうためにカフェへ行った。

 貴族としての仕事は投げやりにして、いそいそと足を運ぶ。

 

 婚約者が悲しむぞ。と父がいうが、聞こえない。あんな面白みもない女などしらない。名前だって呼ばない。キアラだったか。どうでもいい。

 

 私の跡をつげ。と父がいうが、聞こえない。そんな面白みもない仕事などしない。領民など放っておけ。金さえ産めばどうでもいいじゃないか。

 

 もうすこし貴族らしい生活を。と母がいうが、聞こえない。俺はいま何よりも貴族らしく紳士的に女性と付き合っているのだ。どうしてわからない。



 付き合って欲しいと言ったのは彼女だった。

 家の人が厳しいから、こっそり彼女にしてくれというのだ。ああ、いじらしい。婚約者がいることは告げていなかったが、彼女には告げないといけない気がした。それで告げると彼女は泣きそうになったけれど、婚約を破棄すると言えば、申し訳なさそうにしながらも喜んでくれた。

 婚約者のキアラは身分が俺より下だ。俺から婚約破棄を言えば逆らえない。俺が破棄してやったら追いすがってきた。うざい女だ。

 それから二人でいろいろなところへ行った。

 勉強なんて糞食らえだ。

 ドレスも、宝石も、最高の食事も彼女に与えた。そのたび新鮮な喜びを見せるのが嬉しかった。ああ。可愛らしい。


 

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