プロローグ1
俺はかわいいものが好きだ。かわいい服、かわいい家具、かわいい小物。かわいいものには目がない。
しかしそんな俺の趣味を理解してくれる人は多くはなかった。
「お前こんなもんが好きなのかよ!気持ち悪ぃー」
幼いころに投げかけられた何気ない一言は俺の心を深くえぐった。
それ以来俺は趣味を隠し、周りに合わせて生きてきた。
しかし、ある日転機が訪れた。
【オルタナティブ・ゾーン】
通称オルゾンと呼ばれるこのゲームは当初はコアなPCゲームとしてスタートしたが、「もう一つの現実を」というコンセプトのもと開発されたこのゲームは、豊富なコンテンツを用意しており多くの楽しみ方を許容したため、幅広い層に受け入れられた。
俺もサービス開始初期からこのゲームを遊んでいた。
始めたきっかけは女性キャラの服がかわいかったから。
仮想世界ならば誰にも趣味を否定されないと思い、迷わず女性アバターを選択した。
俺はすぐにのめりこんだ。
運営は人気が高まるにつれて大型アップデートを重ね、どんどん新衣装を追加したので、俺は全種類コンプリートするべく多くの時間とお金をオルゾンにつぎ込んだ。
気づいたら俺はオルゾン日本サーバーのトッププレイヤーとなっていた。アバターの可愛さも相まって俺はオルゾン内でアイドル的存在になっていた。
その日もいつも通り素材集めを兼ねてモンスターを狩っていた。俺は基本的にソロで行動する。目立つので仲間に迷惑というのもあるが、それ以上に言動でネカマとばれやしないか心配だったからだ。
そう、何もかもいつも通りのはずだった。ある一件のメールが俺のメールボックスに来るまでは。
「はじめまして。われらがアイドル〈コトミ〉様。あなたを新たな世界へとご招待いたします。」
メールにはそう書いてあった。
「なんだ?イベントの告知か?にしては文面が簡潔だな。それに名指しで来るのも珍しいな・・・」
俺はメールに違和感を覚えたが、トップ層のプレイヤー個人あてに送っているのかもしれないと考え、深くは考えなかった。
「ん?『移住』?イベントに参加するってことか?」
メールの末尾には『移住』の文字があった。俺は何の気なしにその文字に触れた。
次の瞬間、とてつもない眠気に襲われた。抗いがたい眠気に俺はその場で立っていることさえできずに倒れこんだ。
そして薄れゆく意識の中でかすかな声を聞いた。
「ようこそ。われらがアイドルよ。」
「ま・て・・・だ・・れ・だ・・・おま・え・・は・・・?」
「まだ名乗るべき時ではないな。安心しろ。お前の敵ではない。」
そして意識を手放す直前、か細い少女の声がした。
「お願い・・助けて・・勇者様・・・」
俺の意識はそこで完全に途切れた。