不毛な女の戦い
通勤中、職場にも到着してもいないのに、最寄り駅に向かうだけで、もう嫌いな女がいる。
同じ職場と言う訳ではないが、自宅から駅までの道のりが半分以上被っているのだ。
その女は、会う度に灰色や黄土色のくすんだカンジの安っぽいヒールを履いている。きっとワゴンの争奪戦の売れ残りだろう。激しく神経質な足音を立てて小走りでやって来る。
カッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッ。
その足音が聞こえたら、わざと後ろを振り向く。
そこには私の大嫌いな女がいつもの様に小走っている。
今日は雨が降り、女はコンビニで買いましたと言わんばかりの透明ビニール傘をさしているが、髪の毛は小雨を被ってべったりしている。傘は既に仕事をしておらず、頭向こうに掲げているだけだ。
わざとらしく足元を見ている傍から私を追い抜いて行く。
カツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツ。
私を追い抜いて10メートル位先まで走ると、女は突然、小走りを止めて歩き出す。通勤用バッグだろうか、安っぽい革製のカバンを持ち、さらに100円ショップで買ったような、大きな布バッグも持ち、今日は更にどこかのデパ地下で買ったのか、洋菓子が入っていそうな紙袋まで持っている。
「今日もあのババアを走って抜いたから、15分発の電車に間にあいそうね。」
と言わんばかりに。
朝から何ともカンに障る。
ここからが私の戦いだ。
うるさい足音を立てて歩く女の傍を、今度は私が走って追い抜く。
走って走って、駅の改札口を抜け、エスカレーターに乗る。
よし、これで抜いた、と思い次のエスカレーターに乗ろうとしたら、その女が前に割り込んで来た!
ホームまで上って初めて、その女は私の顔を見た。
無表情を装おっているが、私の勝ちよ、と言いたげな表情が駄々漏れている。イヤな女だ。
心の中で、その女にデブ、ブス、荷物多いのは貧乏な証拠だよね、と罵りながら、口に出したらいよいよ私もヤバいよな、と苦笑する。
同じ車両に乗り込むのはイヤなので、階段を挟んで反対側のエスカレーターまで歩いて行くと、丁度電車は到着する。
明日は、明日こそは1本早い電車に乗ろう。そうすれば、1本早い電車に乗れるし、小走りで乗り換えなくて良いし、早めに職場に到着すれば良い事だらけだ。
明日こそは。
職場の最寄り駅に到着すると、その決心はさっさと忘れている。
そして明日も、私の大嫌いな女と競争しながら通勤する羽目になるのだ。