罪悪感
明日の分ですが、もうできたので早めに投稿します。
それと、11月中に序章完結できなくて申し訳ございません。
モチベーションが落ちて、一週間ほど無投稿だったのが響きましたね。
「信じていましたよ、如月様」
泰然自若とした声が、夜風にのって聞こえてくる。
「マレビト、大人しく投降して」
次いで、無感情な女性の声音が響く。
僕は舌打ちして、荷台から飛び降りた。
そして正面の……この街から出るにあたって、最後の障害となる二人を睨んだ。
オリヴィエに仕える二人の侍従。
執事のネイと、メイドのメイ。
「貴方様なら、きっと脱獄してくれると思っていました」
執事が腰元に佩いていた剣を抜いた。
「昼間は奴隷商に出し抜かれましたが、二度目はありません」
彼の言葉に呼応するように、メイドが魔導書を構えた。
「さあ、如月様」
剣の切っ先が向けられる。
「どうぞ、お覚悟を」
今の僕はさぞや悔しい顔をしていることだろう。
あと少しのところだったのに加えて、読み負けたのだから。
執事とメイドがいるとしたら、街の入り口側だと思っていた。だから、わざわざ裏口に回ったのだ。それに、安牌を切るとしたら入り口と裏口で戦力を二分割するという手もあった筈だ。
彼は、僕のその思考を見抜いたうえで裏口に賭けたのだ。
そして、その読みは見事に的中。
「『コール』」
僕はナイフを構えつつ、魔導書を呼び出した。
『どうする? 交代するか?』
オールドマギが慌ただしく文字を浮かべた。
それもその筈だ。僕の考えが正しければ、連中は僕を殺しに来たわけなのだから。
ここで死ぬのは僕とオールドマギにとっても本意ではない。
僕が安全な選択肢を取るとしたら、オールドマギに代わってもらうことだろう。
だが……。
「いや、交代はしない」
これは、僕の門出。旅立ち。物語の始まりへの一歩。
その扉は、僕自身の手で開かないと意味がない。
ここで躓くようでは、今後の困難を乗り切れるか怪しい。
何よりも、自信が欲しい。自分を奮起するだけの実績が。
「僕がやらないと、意味がないんだ」
『……分かった。だが、いざというときは』
「ああ、否やはない」
死の窮地に追い込まれたときは、以前迷宮でしたようにオールドマギが強制的に人格を交代する。オールドマギがそのように判断した時点で実質的には僕の負けだ。
小声で会話をしていると、執事のネイが剣先をゆっくりと下げた。
「やはり、モニカ様の仰られていたことは正しかった」
「……虚空から魔導書を取り出した。あれが英雄の力」
兄妹の言葉に眉根を顰める。何故、彼らが僕を英雄として認知しているのか。
どうも、モニカが何かしら吹き込んだようだが……。
あの魔女は何がしたいのか分からない。アイリスに手を貸して間接的に僕を助けたかと思いきや、僕の敵に相当する二人にも助言をしている。
敵ではないと考えていたが、味方でもないのか……?
僕の表情から何かを悟ったのか、ネイが完全に剣を下げた。
「どうも、互いの認識に相違が生じているようですね」
「……構えろよ、殺しに来たんだろう?」
こちらの警戒を解かせるフェイクと睨み、僕は構えを解かない。
執事はゆっくりとかぶりを振った。
「いいえ。私たちは貴方に戻って頂きたい。ただ、それだけなのです」
「見え透いた嘘はよせ。そう言って殺すつもりなんだろ?」
「随分と不信感を買ってしまったようですね……」
当たり前だろう。領主にとって僕は汚点だ。生かす理由がない。
「信用しろと言うのが無理な話だ」
「では、どうすれば信用して頂けますか?」
直截的な物言いに、思わず鼻白む。この男は、もっと外堀から埋めてくるような奴だと思っていた。
僕は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「じゃあ、領主でも連れて来いよ。僕を殺さないと、確約できる奴だ」
「貴方を殺さないと、そう約束できる人物ですね?」
釘を刺すように、執事が言った。
いるわけがない、そんな奴。
「連れてこられるならな。でも、無理だろ」
「……そうでしょうか?」
執事は微笑すると、道を空けるように一歩退いた。
薄闇の中、朧げに人影が浮かぶ。
まさか、僕の言葉を見越したうえで領主を連れてきたっていうのか……?
馬鹿な。幾らなんでも、そんなこと……。
「久しぶりね」
聞き覚えのある声が、静かな街並みに木霊する。
聞きたくはなかった。
見たくはなかった。
どうしようもない罪悪感が胸中から這い上がってくる。
影は輪郭を帯びていき、徐々にその姿を露わにしていく。
そして、月明かりの下で。夜空を背負い、彼女が現れた。
「会いたかったわ、宗一」
「……僕は会いたくなかったよ」
オリヴィエ・ド・ラ・マルクスタ。
奇しくも、似た境遇に置かれた者同士。相互理解は深い。
僕の、初めての友達になったかもしれない人。
「……クソ、卑怯だろ」
僕は歯軋りして、執事を強くにらんだ。
執事は柔らかな笑みを崩さない。
「ご領主を連れて来るよりも効果的かと思いました。どうやら、私の予想は外れていなかったようですね」
「……兄さん、陰湿」
あいつの言う通りだ。何の縁もない領主が来たとしても突っぱねてやるつもりだった。
だが……相手がオリヴィエとなると、話は違う。
僕は彼女に対して後ろめたさを感じている。エゴを貫くと、決心はしたものの隙が生じないとは限らない。
僅かに隙でも見せようものなら、即座に執事が斬りこんでくるかもしれない。
そして、オリヴィエはその可能性に気が付いていないだろう。そんなこと、彼女が許すはずがない。
「宗一、お願い。話を聞いて」
「……聞きたくない」
僕は執事を睨んだまま、構えを解かない。
そんな僕に酷く悲しみを覚えたのだろう、悲哀の滲んだ声でオリヴィエが訴える。
「どうして私を見てくれないの? やっぱり私が嫌い?」
「……君の執事が卑怯だからだよ」
目線はそのままに、彼女へ告げる。
「話がしたいのなら、お供を下げてくれ。それが最低条件だ」
……お前がオリヴィエを利用するというのなら。
僕もまた、彼女を利用するまでだ。
ネイ。お前が思うほど、僕はもう綺麗な人間じゃあなくなったんだよ。
単純な力比べだったら、どれだけよかったことか。




