地下からの脱走劇2/2
本日2話投稿しています。
話数にお気をつけください。
「これで仕舞いだ」
放物線を描き落ちてきたナイフを掴み取り、首筋に突き刺した。
残りは、一人。
「な、ナイフ一本で何人殺す気だ……」
上段で槍を構えていた男の手が震えている。
僕は視線を外さずに、ただ一言告げる。
「お前を入れて、四人だ」
「ひぃっ!」
階上から突き出される槍先。地の利からして、圧倒的に向こうが優勢。
にも関わらず、男は悲鳴じみた気合の声を上げて攻撃してきた。
僕は冷静に、長物の先端に焦点を合わせる。
「誓約の魔眼」
一秒にも満たない、この一瞬。このひとときだけ、僕は時間を切り取る。
スローモーションの世界の中で、僕はゆっくりと短剣を立てて槍先に合わせた。
タイミングが重要だ。少しでも損なえば、死。
だが、不安はない。
この程度の死線、もう何度も潜り抜けている。
――魔眼、解除。
「――」
階下に向かって突き出された槍先に、ナイフの側面を擦らせる。
滑る刃先に僅かに力を入れ、攻撃の軌道を横にずらした。
空を穿つ槍。呆然とする男に、僕は素早くナイフを一投。
「――あと何人だ!?」
死体に駆け寄り、ナイフを引き抜きながら周囲を見回す。
地下から地上へ戻ったのは良いものの、敵の総数が分からない以上気は抜けない。
だが、敵の姿は見当たらない。差し当たり、第一波は凌げたようだった。
「アイリス! ガールンドたちを!」
階下で呆然とする少女に叫ぶ。
彼女はハッとした様子で、我に返り牢獄の方に向けて手を振った。
これで、地下に捕らわれていた奴隷たちが地上に溢れだす。
敵を攪乱するには十分だ。
「アイリス、待っている暇はない! 行くぞ!」
「うん!」
一階は石造りの地下とは異なり、木製の家屋のようだった。一見すると、只の店にしか見えないような造りになっている。
狭い通路を駆け抜けて、突き当りの部屋へと飛び込んだ。
運の良いことに、目的の物はそこにあった。
「僕の装備と荷物……!」
手早く中身を確認し、全て揃っていることに安堵する。
着させられていた襤褸を脱ぎ、探索用の装備へと着替えた。腰元に佩いている二つの短剣がやけに懐かしく感じられる。
外套を纏い、鞄を提げて部屋を出た。
通路の先から、喧々諤々とした怒号と悲鳴が響いている。どうやら、ガールンドたちが残りの傭兵たちと交戦しているようだ。
彼らには悪いが、僕らはもう十分に仕事をした。ここで抜けさせてもらう。
「ふっ!」
木窓を枠ごと壊し、外気へと身を晒す。周囲の安全を確認した後に、アイリスへ手招きする。
「……無事に脱出できたな」
「流石は英雄ってところだったね。まさか、ナイフ一本であそこまで暴れるとはね……」
「オールドマギに比べたらまだまださ」
辺りを警戒しつつ、アイリスの息が整うのを待つ。彼女には大分無理をさせてしまったからな。
「……行けるか?」
「……大丈夫。急ごう」
極力音を立てないように月夜の下、街を走る。
僕が囚われていたのは奴隷市場に近い、一般の通りに面した家屋だった。表向きは別の商いを行い、裏では奴隷を売り捌いていたと見える。
あんな牢獄を用意できるあたり、相当儲かっているんだろう。
分かりやすい場所にあったのは有難い。裏通りを駆け抜け、アイリスの家へ向かう。
うらぶれた通りに、彼女の家はあった。家先には荷台に繋がれた馬が静かに項垂れている。
既に家財は積んでいるようだった。用意周到だ。デキる女は一味違う。
周囲に気を配りつつ、家の中に入ったアイリスを待つ。
少しして、彼女は瞼を擦る銀髪の少女と、具合の悪そうな少年を引き連れてきた。
「急ぐわよ」
頷いて、二人を荷台へと乗せた。僕も飛び乗り、御者台のアイリスに向けて手を振った。
ゴーサインだ。
馬が夜も更けた街並みに蹄を鳴らして歩きはじめる。
何事もなければ、これで街から抜け出せる。
僕は鞄から毛布を取り出すと、横になっている少年へかけた。
「あ、お、お兄さん?」
そのときになって、彼女はようやく僕の顔を思い出したらしい。びっくりとばかりに、口元に手を当てていた。
可愛らしい仕草に、少し口元が緩む。
「ああ、君と一緒に競りにかけられた高額奴隷だ」
「あ、あの! お兄さん――」
彼女が何かを言おうとした刹那。
馬が嘶いて馬車が急停止した。
「宗一!」
アイリスの悲痛な叫び声。僕は慌てて正面へと向き直る。
場所は街の裏口。人気のない、うらぶれた通りだ。
なのに……。
「信じていましたよ、如月様」
泰然自若とした声が、夜風にのって聞こえてくる。
「マレビト、大人しく投降して」
次いで、無感情な女性の声音が響く。
僕は舌打ちして、荷台から飛び降りた。
そして正面の……この街から出るにあたって、最後の障害となる二人を睨んだ。
オリヴィエに仕える二人の侍従。
執事のネイと、メイドのメイ。
「貴方様なら、きっと脱獄してくれると思っていました」
執事が腰元に佩いていた剣を抜いた。
「昼間は奴隷商に出し抜かれましたが、二度目はありません」
彼の言葉に呼応するように、メイドが魔導書を構えた。
「さあ、如月様」
剣の切っ先が向けられる。
「どうぞ、お覚悟を」
序章、最終局面です。




