地下からの脱走劇1/2
昨日の分と今日の分、合わせて投稿します。
「ガールンド。当初とは形が違うが、協力してほしい」
そう言うと、彼は牙を鳴らし獰猛な笑みを浮かべた。
「断る道理などある筈がない」
「だよな」
呼応するように、僕も好戦的な笑みを浮かべる。
魔眼で対応する鍵の形は既に把握している。扉を開け、彼の足元に繋がっていた鎖から彼を解放した。
「それで、俺は何をすればいい?」
騒々しい足音が止まった。アイリスは顔面が蒼白になりながら震えている。
だというにも関わらず、この男は笑みを崩さない。
「決まってるだろ?」
まだ、荷物や装備、金は取り上げられたままだ。
それに……。
「受けた恩は、しっかりと返さなきゃな」
背後に居並ぶ殺意に満ちた面々を眺め、僕は笑った。
ガールンドが僕の背中を叩き、呵々大笑する。
「流石は英雄。この状況で笑って見せるとは。俺の背中を預けるに相応しい」
「『コール』!」
オールドマギを呼び出し、ページを捲る。
前衛に歴戦の傭兵を率いたガールンド。そして、後衛に近接戦もこなせる魔法使いである僕。
誰かと組んで戦うのは初めてだ。
こんな状況でありながら、僕は胸の底から激しい昂揚感が湧き上がってくるのを感じていた。
「さあ、蹴散らしてやろうぜガールンド!」
「応ッ!」
気持ちの良い返事を皮切りに、僕は詠唱を開始した。
「『駆けよ暴風。一切合切を打ち払え』」
オールドマギが高速でページを捲り始める。
時間経過で魔力も大分戻ってきている。身体は重たいが、全身が疲労感に満ちていた午前よりかはマシだ。
出し惜しみはしない。
「『風巻』!」
位相固定。ガールンドの手前に魔法を出現させた。
虚無より、万物を収束し空間ごと削り落す勢いの嵐が指向性を以て具象化される。
横幅二人分の通路に吹き荒れる暴風。僕の溜まった怒気を吐き散らすが如く、奴隷商の配下が集団ごと打ちのめされた。
その中でも、僅かに闘志を保った強者をガールンドが拳でねじ伏せた。
勝負は一瞬のこと。だが、これは前哨戦に過ぎない。
「あの奴隷商の姿がない」
「配下の連中もこれで全員ではない筈だ」
「……ガールンド」
僕は少し逡巡して、彼に鍵束を放った。
「……どういうつもりだ?」
戸惑う彼に僕は端的に告げた。
「こちらも手数で押す。出しても良いと思う奴らを解き放ってくれ。僕は先に行く」
時刻は深夜。人気のない時間帯とはいえ、騒ぎを起こせば人が集まる。
もし、仮にオリヴィエたちがアールメウムに残っていたら今度こそ一巻の終わりだ。
その前に、取り上げられた荷物諸々を回収して逃げなければならない。
故に、返事は待たない。アイリスの手を引いて、僕は死屍累々の通路を駆けだした。
「小僧! 名前は!?」
追いすがるような声に、振り向かずに返答する。
「宗一、如月宗一だ!」
「その名、覚えておくぞ!」
屍と化した男たちを踏み越えて、湿った牢獄から脱する。
出た先は一本道だった。長い回廊の先から人々の怒号が聞こえる。
「アイリス。この先どうなってるか知ってるか?」
「地上に続く階段がある。その先に、幾つか部屋がある感じ」
じゃあ、それらのどこかに荷物置きがある筈だ。
怒気を孕んだ声が近づいてくる。同時に、増援を求める声も微かに聞こえた。
「アイリス、何か武器は持ってるか?」
「……ごめん、ナイフ一本だけ」
申し訳なさそうに、彼女は懐から安物の短剣を取り出した。
僕が初めて手にした金貨一枚のナイフと似ている。
不安そうなアイリスに、僕は口元を吊り上げ笑ってみせた。
「十分だ。このまま駆け抜けるぞ!」
「え、ちょっ!」
短剣を携えて、全力で回廊を疾駆する。
狙うは短期決戦。敵の増援が来ないうちに事を済ます。
階段から息を切らして駆け下りてきた男と目が合う。彼が武器を構える前に、僕は素早く腕を振った。
水平に放たれる、一条の軌跡。薄暗い視界の中で、磨かれた刃先が僅かな光沢を帯びて中空を駆ける。
「がっ!」
鮮やかな華が咲く。噴き出す鮮血、屍をまたひとつ積み上げる。
喉元に刺さった短剣を男ごと押し込み、階下に到達。同時に、階段を見上げた。
既に攻撃の構えに入っている男が1、2、3人。それぞれ階段の下段、中段、上段に陣取っている。
振り落された剣戟を、死体を盾に受け止める。既に事切れた肉塊が毒々しい赤色を咲かす。剣を振り下ろした男が、返り血に、僅かに目を瞑る。
――ここだ!
「『エンド!』」
死体の喉元からナイフを抜き、魔導書を消して手すきになった左手で肩を掴む。階段から引きずり下ろす形で死体を階下へと捨て、その横合いから飛び出した。
敵は剣を再び大上段に構えようと引き戻している。長物を扱うが故の隙。
突貫して、腕を振る。
空を切るような軽い感覚と共に、敵が剣を取り落す。振ったナイフの刃先から血が飛んだ。
「ぐ、あぁあ……!」
手元を切った。男は痛みのあまり、自由な片手で傷口を抑える。
これで両手は塞がったな。
痛みに悶える男の真横を素早く駆けあがる。
すり抜けざまに、男の頸動脈を一突き。命を断つ。
即座に短剣を抜き、二人目の敵へと振り上げる。舞い上がる血しぶき。宙を舞う赤色越しに、視線が合う。
剣の次はナイフ。地の利はこちらを見下ろせる位置にある向こうに味方している。
だが、いやしくも僕は英雄として呼ばれた人間。この程度の差、ひっくり返す自信がある。
振り上げた短剣を、その勢いのまま投擲。唯一持つ武器を、この局面で手放す。
敵は僅かに瞠目するも、自らのナイフでこれを弾く。
風車のように空に踊りだす短剣。それを尻目に、僕は両腕で敵の利き手を抑えにかかる。
負けじと、向こうも両腕の力を入れて対抗してくる。力は向こうの方が上だ。すぐに僕が不利になる。
だが、それでいい。
「――ッ!」
鋭く呼気を吐き、両腕から力を抜いた。不意に崩れた拮抗に、敵の姿勢が前のめりになる。半身をずらし、階上から滑り落ちる敵を躱し――。
「これで仕舞いだ」
放物線を描き落ちてきたナイフを掴み取り、首筋に突き刺した。
残りは、一人。
「な、ナイフ一本で何人殺す気だ……」
上段で槍を構えていた男の手が震えている。
僕は視線を外さずに、ただ一言告げる。
「お前を入れて、四人だ」




