一筋の光明
少し遅れました。
すみません。
「何か知っているかもしれない、と思ったのだ。奴の強さは人外じみていた。聞くところによれば、お前も相当なんだろう? なんでも、四日で迷宮を踏破したとか」
こういう所にも、話が伝播しているのか。
奴隷同士横のつながりが広いのか、それとも単に暇なのか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
「……勘か?」
「ああ、戦士としての直感だ。あいつも、お前も保持する力の割に若すぎる。何かしら共通点があってもおかしくはないだろう」
「……僕と違って運がいいな。大当たりだよ」
男の眼が見開かれる。
「そうだ。僕もまた、出来損ないとはいえ英雄の一人だ」
僕は自嘲するように笑った。
勘というものは侮れない。僕の嫌な予感の的中率が高いということもあるが、大抵は経験則に則った解答を、思考を経ずに出しているからだ。所謂、思考の反射。理由があってこその直感。ただ、その理由を言語化できないというだけで。
「まあ、あんたの予想通り僕はそいつの仲間じゃない」
戦闘狂と同じ扱いをされるのは御免だ。
「ただ、その英雄に関して幾らかの知識はある」
そう言い、僕は英雄について、魔女から聞いた知識を話し出す。
異世界から召喚されること。強力な加護が与えられること。そして、参考になるかは分からないが……僕が摩訶不思議な魔導書を起動できたことを伝えた。
「英雄専用の武器……まさか、アーティファクトか?」
「アーティ……何?」
聞きなれない横文字と、ぐらつく思考の所為で上手く話を理解できない。
「通常の魔道具とは一線を画す強力な武装だ。亜人戦線に物資を供給してくれる商人が言っていた。王国で管理されていたが、盗難に遭い紛失した、と聞いた」
男が続ける。
「だが、その強力さ故に常人が使えば精神に異常をきたすという。それ故、王国も持て余しており、建前上紛失したことにして何かしらの裏取引きに利用したのではないか。と、いうのがブラン殿……先の商人の見解だ」
「……十中八九間違いないと思う」
彼が語った特徴にオールドマギはぴたりと当てはまる。
本人も、前の契約者が発狂死したと公言していたので信憑性は高い。
「だとすれば、奴の異様なまでの戦闘能力の高さも頷けるというもの」
得心がいったように、男が深く唸った。
「そうなると。分からぬのは、何故巫女様が攫われたか、その一点になるな」
「錦の御旗にしてたんだろ? 建前がなくなれば亜人戦線とやらが活動しにくくなるんじゃないか?」
「……組織内でもその見解が多かった。しかし、我らが血眼になって巫女様を奪還しにくることは王国側にとって火を見るよりも明らかだ。死兵ほど恐ろしいものはない。加え、我らに対し脅し要求は何もないのだ」
……まあ、奇妙と言われればそうかもしれない。敵組織の要人を捕らえたのだから、即時停戦を求めるなり、やりようは幾らでもある筈だ。
ただ……。
「牽制程度にしか考えていないか。或いは、眼中にないか」
「後者に関してだけは、ないと断言できる。王国側も相当数の死者を出している故」
少しムキになった様子で、狼男がまくし立てるように早口で言った。
今迄の活動を否定されるようなことを言われれば、そうもなるか。ただ、そうでもないと説明がつかない気がするんだよな……。
「じゃあ、他に何かしら利用価値があるんじゃないか? そちらに掛かり切りで、亜人戦線を気に掛ける余裕がないとか。現に、あんたらの前に立ちはだかったのは一人だったんだろ?」
「……そう考えると腑に落ちるものがあるな。とはいえ、王国側にとって巫女様の利用価値があるかと言われると首をかしげざるを得ない。まだ童故、明確に我らの活動を認知しているかすら怪しいのだ」
男が眉間に皺を寄せる。
彼の口振りからすると、本当に幼いと見えた。旗印以上の意味合いはないんだろう。
とはいえ、だ。
ここまで話しておいてなんだが、ここでどんな情報を得ようが詮無いことだ。
ここから出られない以上、情報交換は会話以上の意味を持たない。
「まあ、考えるだけ無駄だろ。ここから出られなきゃ、知ったところで意味はないんだから」
「……そのことなのだが」
言って、男が懐から土くれを取り出した。
鍵のような形をしているが、まさかそれを使って脱獄するとか言わないだろうな。
「俺の指先は感覚が繊細でな。鍵穴の大まかな構造は理解しているのだ。後はこれの耐久度を上げるのみ」
「……いや、無理だろ」
察するに、馬鹿みたいな握力で無理矢理土を固めたんだろうが……。
そんなもので牢を開けられるわけがない。
「第一、全然鍵穴と形が違う。やるだけ無駄だ。それに、他の奴隷が黙って見過ごすわけないだろ」
「他の囚人なら俺が黙らせる。だが、形が違うと言ったな? お前は鍵穴の構造を理解しているのか」
僕は気だるげに頷いた。
「まあな。詳しくは言えないが、これも加護の力だ。そんなことより」
魔眼のことを口にするのは憚れるので、適当にはぐらかす。
重要なのは、あいつひとりで他の奴隷を黙らせることができるという点だ。
「お前ひとりで他の奴隷を黙らせられるなら簡単な手がある」
「……聞こうか」
「僕は魔法使いだ。加護の力でどこからでも魔導書を取り出せる。僕の魔法で扉ごと吹き飛ばせば、鍵の心配をする必要はない。ただ、見ての通り僕は手にも枷を付けられてる」
「脱獄に手を貸せ、と言いたいのだな?」
「ああ、これを外す鍵を取ってきてくれ。そうすれば、数だけの相手ならば一息に消し飛ばせる」
今度ははっきりと首肯する。
正直、これは博打だ。僕の魔法で牢をぶち壊せるかは定かではない。
もし失敗すれば、警備がより厳重になり脱獄の機会は失われるだろう。
加えて、仮に牢を吹き飛ばせたとしても破壊音で即座にバレる。短い時間の中で、僕を解放してくれないと話にならない。
「どうする?」
この提案、乗るか? そう、口を開きかけた時だった。
牢に捕らわれた奴隷たちが妙にざわつき始める。
「ちょ、し、静かにして! 後で出してあげるから!」
小さな喧騒の中で、焦る声が聞こえた。
その声音には、聞き覚えがある。
「まさか、アイリス? アイリスなのか!?」
僕の声が届いたのだろう。彼女が駆け足でこちらに向かってくるのが分かった。
薄闇の中で、次第に彼女の輪郭が見えてきて……。
僕の眼は、昼間にあった少女の姿を捉えた。
不幸中の幸いとはこのことだ。どうやって僕がここに捕らわれているのを突き止めたのかは知らないが、この上ない僥倖だ。
彼女は僕の姿に一瞬眉根を顰めるも、即座に胸を反らした。
「そうよー。貴方の頼れる相棒にして美少女! アイリス様が助けにやってきたわよ!」
彼女は鍵束を突き出して、ニヤリと笑った。




