同郷の蛮行
「我が祖国、ベスティアは王国との戦いに敗れた。とはいえ、一矢報いようと思う同志は多かった。故に、兵を無駄に散らすことを恐れた王国は講和条約を持ち掛けてきたのだ。ベスティアは王国の領地となるが、頭には亜人を据え統治を認めると」
そこまで言って、男が牙を鳴らした。硬質な音と、抑えきれない怒気が吐息と共に周囲へ吐き出された。
「だが、王国は約束を反故にした。ベスティアの統治は王国の官僚が取り仕切り、亜人の統治など認められず、一都市として併呑された。それのみならず、亜人を迫害し奴隷とし始める始末。これが、長年続いた同盟国にする仕打ちか!」
「……」
僕はただ黙して話を聞いた。
この世界に於ける世界情勢を僕は知らない。だが、彼が多くの同士が理不尽な憂き目に遭っていることを許せず、憤怒していることは理解できた。
「故に、我々は王国に立ち向かい国を取り戻すため反乱軍を組織した。それが、亜人戦線。そして、俺は……」
目線が合う。彼の双眸には、未だ消えることのない闘志が宿っていた。
「亜人戦線の副リーダーだ」
「……気が狂った、というわけでもなさそうだな」
彼の闘志の中には理性の光が灯されている。
与太話ではなく、真実であれば。組織の重鎮たる彼がこんなうらぶれた場所にいるのはおかしい。
「そんなお偉いさんが、何でこんなところに?」
「我らが旗印である巫女様を取り返しに来たのだ」
間を置かずに、彼は答えた。
「巫女? 国王に相当する人物か」
「我が祖国は私のような好戦的種族である狼や猫まで、種々雑多な亜人を抱えていた。故に、明確なリーダーを戴くことはない。だが、皇族は存在する。それが巫女様だ」
「共和制ってことか。察するに、種族間で代表を選出し合議で物事を決めていたんだろ。そして、お前の言う巫女様は政治的権力こそないものの国の象徴だった。こういう認識であってるか?」
日本に於ける与野党といた存在を種族に置換し、その中でリーダーのみが議会に参加できる。衆議院、参議院といった区別はなく、巫女様は天皇のポジションに置き換えれば想像できなくもない。
まあ、日本は民主制なんだけれども。
男が瞠目する。狼男の顔は表情が読みづらいが、はっきりと驚愕しているのが見て取れた。
「どうやら、かなり頭が回るようだな。この状況で、そこまで思考力が残っているのは称賛に値する」
「慣れてるだけだ。それで? 巫女様の奪還に失敗してここにいるっていうのか?」
狼男が頷いた。
「端的に言えばその通りだ。だが、信じられないだろうが……」
男は恥を忍ぶように、或いは怒りを堪えるかのような仕草を見せる。
少し間が空いて、二の句を継いだ。
「我ら十人に対し、たった一人の敵に敗れたのだ」
男が、僕の顔に視線を注ぐ。
「我らの御旗を取り返すべく、選び抜かれた精鋭らと共に奪還に向かった。巫女様の居場所を突き止め、強襲するところまでは順調だった。
だが、そこに人獣戦争で八面六臂の活躍を見せたマレビトが姿を見せた。
英雄と呼ばれ、絶大な信頼を寄せられている男だ」
マレビトで英雄、だと……?
自分の中で、鼓動が大きく高鳴るのが分かった。
狼男は僕から目を離さない。嫌な予感が胸の底から這いあがってくる。
「とはいえ、戦場に於いて奴が行ったのは破壊工作や暗殺。
正面切っての戦闘はこちらに分があると踏んでいた。
何しろ立ちはだかる敵が一人に対し、こちらは頭数も多く皆勇猛果敢な歴戦の傭兵ときた。
負けるわけなどない、その筈だったのだ」
だが、敗北した。そして、反乱組織の重鎮である彼は捕まったと。
取引材料になると踏んだのだろう。しかし、ここにいるということは……。
「取引材料にはならなかった、と」
「俺のことであれば、それは違う。手負いのところを、事情も知らない奴隷商に捕まっただけだ」
「王国に捕まったわけではない、と」
「一騎打ちの末、敗北したにも関わらず逃がされたのだ。いや、逃げるよう強要された。さもなくば、巫女様を殺すと言われてな」
「……意味が分からない」
王国側にとって、反乱の芽となる男を逃がすメリットなどない筈だ。
再び彼の激しい歯軋りの音が聞こえた。先程よりも深い怒気が周囲に拡散される。
「……『次は倍の人数を連れてこい』」
「え?」
「『そうでなくちゃ、面白くないだろ?』 奴は無傷のまま、月を背中に返り血に染まった顔で嗤い、言ったのだ」
「……狂ってる」
僕と同じ世界から来ながら、心から殺戮を楽しんでいるということだ。
その男が、僕のような代償を払い変質したのか。それとも、元からそういった気質なのか。
後者だとしたら、あまりにも恐ろしい。
「ああ、狂ってる。あれは英雄なんかじゃない。同志を殺したとき、あいつは童のように無邪気な笑みを浮かべていた。あれは、人の皮を被った悪魔だ」
そして、と彼は続ける。
「その顔つきは、お前と酷似していた」
ああ、やはり……。
嫌な予感ほど的中する。
僕に重い話を持ち掛けてきた時点で何かしらの理由はあると思っていたけれど。
「僕がそいつの仲間だ、と言いたいのか?」
「いいや違う。俺も、マレビトに対して理解はある方だ。何しろ、各国を転々と活動していた経歴がある故な」
ただ……、と重たい口が開かれる。その双眸には、先程の怒気とは打って変わった不安が混じっていた。
「何か知っているかもしれない、と思ったのだ。奴の強さは人外じみていた。聞くところによれば、お前も相当なんだろう? なんでも、四日で迷宮を踏破したとか」
こういう所にも、話が伝播しているのか。
奴隷同士横のつながりが広いのか、それとも単に暇なのか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
「……勘か?」
「ああ、戦士としての直感だ。あいつも、お前も保持する力の割に若すぎる。何かしら共通点があってもおかしくはないだろう」
「……僕と違って運がいいな。大当たりだよ」
男の眼が見開かれる。
「そうだ。僕もまた、出来損ないとはいえ英雄の一人だ」
僕は自嘲するように笑った。
点から面へと物語を広げるための展開ですね
そして、次話。
アイリスが動き出します。多分。
宗一視点なのは変わりませんけどね。




