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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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騒がしい幕開け

ちょっと多めです。

僕の命運を決する一日がやってきた。


時間だけは誰しも平等、或いは不平等に訪れる。どうしても来てほしくないものほど避けられない。

それは現代の学生だったら期末試験だったり、社会人であったらミスをして怒られることが確定している翌日だったりと様々だ。


僕の場合、比喩にあらず直喩で命運を左右されるので……緊張は並々ならぬものだった。


「……」


いつもより早い時間帯に目が覚める。全身が緊張に強張っているのが分かる。

ボーダーラインを越えて僕に抱きつこうとしていたアイリスを払いのけ、外着に着替えた。

二度寝しても良い時間帯ではあるが、とてもじゃないが寝られる気なんてしなかった。

かといって、何をすれば良いのかも分からず。取り敢えず、着替えるに至ったわけだが……。


「……そろそろ朝だな」


木窓を開け、外観を覗く。まだ仄暗い街並みに太陽が一条の光を差し込み始めていた。

夜と朝の境界線。一線を越え、朝を迎えた瞬間に激動の一日が始まる。


陽よ、まだ昇らないでくれと思いつつも、さっさと昇って今日という一日を終わらせてくれという、何とも名状し難い葛藤が胸中で渦巻く。


手持ち無沙汰。何かをしなくてはいけない気に駆られ、荷物と装備の点検を行うも時間つぶしになどなりはしない。


そんな僕を見かねたのか、ベッドの上で無造作に置かれていたオールドマギが簡素な音を立てながら開いた。

ページが捲れる度、地味にアイリスの頬を掠めていく。


『落ち着かないな』


「そりゃあね……」


魔導書を手繰り寄せる。


「あの二人の力量が分からない。特に、執事の方なんかは」


相手の戦力が分からないのに、こちらの戦力だけ露見しているという状態。

加えて、アールメウム(ここ)は相手のホームグラウンドだ。

僕にとって不都合なあらゆることが起きてもおかしくはない。


「貴族に仕官できるレベルなのは確かだ。だが、それがどの程度強いのか判然としない」


『一対一であれば、メイドは確実に無力化できるだろう』


「……純粋な魔法使いみたいだしな。魔法戦から近接戦に持ち込めれば勝機はあるか。とはいえ、領主の配下となると、殺しもマズいよな……」


『領主の顔に泥を塗ったとなると、向こうも引き下がれなくなるだろう』


「そうだよな……」


実力伯仲の相手に不殺のリスクを背負って戦闘するのは分が悪すぎる。


『極力戦闘は避け、逃げに徹するしかあるまい』


「やっぱりそうなるよな……」


昨日逃げたときみたく、疾風(セレラティオ)で撒くしかない。

ただ、既に一度見せた手だ。二度目が通じるかどうか……。


「あれ、宗一? 早いね」


「おはよう」


大きく上半身を逸らしながら伸びをするアイリス。

そのまま四つん這いでベッド脇に座っていた僕に這い寄ってくる。

猫みたいな動きだな……いや、猫なのか。猫耳あるし。


「なんか独り言聞こえてきてさ。あたしの相方やべーなあって思ってたんだけど。そっか、彼と話してたんだ」


「仮に独り言だったとしてもお前ほどヤバくはないよ」


「オールドマギさんおはよ」


僕を無視してオールドマギに挨拶するアイリス。


『おはよう。昨夜は楽しませてもらった』


やっぱりお前笑ってたんだな。変な震え方してたからおかしいとは思っていたけど。


「やっぱり仲良くできそう。マギさんも似たような経験あるの?」


マギさんって……。相変わらず距離の詰め方が急すぎる。

僕よりも堅物っぽいオールドマギ相手に大丈夫なんだろうか。


『私の場合は相手が恐れ多くてとても。だが、仲間が朴念仁でな。女性のアプローチに気が付かず、似たようなやり取りをしていたよ』


彼にしては珍しく、昔のことを語った。付き合いが少し長くなってきたから分かることだが、彼は感傷的になると口が緩くなる。

懐かしさを感じていたのか。


「そういえば、追体験の際に姫様のヒモとか言われてたな。相手ってお姫様だったのか?」


「えー、なにそれロマンチックじゃん!」


アイリスが勢いよく身を乗り出した。女の子ってこういう話好きなのかね。

彼女の言葉に暫し沈黙するオールドマギ。僕はうっすらとではあるが、彼が何かを後悔していることを察していた。

僕と人格交代した際、彼は「今度こそ死なせはしない」みたいなことを言っていた覚えがある。

もしかするとだが……。


『現実はそう甘くはない。姫から傍付きの騎士として任命されたが……私は自分の役目を果たせなかった。奴の深謀遠慮を読み切れず、この有様だ』


「「……」」


僕らは二人して押し黙る。

こいつは、千年もの間ずっと後悔していたのか。


「僕のことを後継って言ったのは……」


『私も君同様、召喚された身。そして私の不始末を君に押し付けることになると予想した。加えて、果たせなかった無念を果たす機会でもあった。君には悪いが、これも力の対価だとおもってくれ』


「乗りかかった舟だ。構わないさ」


いつでも人格交代で僕を乗っ取ることができるのに、僕を尊重して力を貸してくれるんだ。

僕が彼を助けることができるのであれば、それを拒否する理由などない。


「こういう重い話でも、当然とばかりに即答するのね。宗一って」


いつの間にか着替えていたアイリスが背嚢を背負いながら言った。


「もう少し考えるべきだったかな?」


「いや、良いことよ。そういうところを見込んで、あたしはあんたと組もうと思ったんだから」


帽子を被り、ウィンクするアイリス。

茶化した様子はなく、心から言っているようだった。慈しみに満ちた笑みに、思わず心が揺れかける。


「……もう出掛けるのか?」


一瞬でも彼女を女性として意識してしまったことを恥ずかしく思い、話を逸らした。

あとは乗合馬車に乗るだけだと考えていた僕は、まだやるべきことがあるのかと彼女に問う。


「野営とかに必要なものを買いに。あと、家に置いてきちゃったものも取りに帰らないと」


「あ、そうだったね。送ろうか?」


陽が差している時間帯とはいえ、危険がないわけではない。

僕の言葉に彼女はかぶりを振った。


「この時間なら平気。それに、あんたはお尋ねものなんだから。ギリギリまで動かない方がいいわ。時間になったらあたしが迎えにくるから」


「……万が一のときはどうする?」


ここにいられなくなり、逃げる必要性が出てきたとき。そして最悪のケースは、僕が捕まってしまったときだ。

彼女は表情を険しくして答えた。


「乗合馬車の場所は知ってるわよね。現地集合よ。領主の手に落ちたらあたしじゃ手は出せないわ。這ってでも来て」


「分かった」


それじゃあ、あたしは大通りに行くからと彼女は告げ、扉を閉め……。


「無事に街から出ようね」


呟くような一言を残し、部屋を去った。

僕が不安に思うように、彼女もまた不安を抱えている。そのことに、ここに至りようやく理解した。

僕だけでなく、彼女にとっても乾坤一擲の大博打なのだ。


『ますます捕まるわけにはいかないな』


「ああ……」


オールドマギの言葉に頷く。

取り敢えずは、ここで大人しくするだけだが……。

いつでも逃げられるよう、再度荷物と装備を纏め、点検する。

木窓も開けっぱなしにして、外からは見られないように外部を窺う。


緊張を絶やさずに、あらゆる可能性を懸念して脳内でシミュレーションする。今の僕にできるのはそれくらいだ。


そして、アイリスが出て行ってからおよそ一時間後。市場が活気づき始めた頃、階下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「失礼。こちらにマレビトは宿泊されていませんか?」


この声は……。


「誰だよあんた。そんなことに答える義理はないね」


店主は僕と出会った日を思い出させるような態度で来訪者と接している。

その取り付く島もない態度に、来訪者が名乗る。


「失礼いたしました。私、マルクスタ家の執事を務めております。ネイと言う者です」


その言葉に確信を持つ。

オリヴィエの傍付きの執事だ。

僕は音を立てないよう、荷物を背負う。今日だけはこの宿のボロさ……もとい、壁の薄さに感謝しないとな。


「……ウチにはいないよ」


僅かに逡巡したのか、一拍おいて店主が言葉を返した。

その態度に確信をもったのだろう。


「左様ですか。では、念のために中をあらためさせて頂きます」


「お、おい!」


店主の制止を振り切って、執事が階段を上る音が聞こえた。

僕は左手にオールドマギを掴み、窓枠に足をかける。


「『蒼穹を駆ける者。無窮の地より時を置き去る。刹那よ、今永遠のものとなれ』」


「やはり、いたか!」


詠唱を開始すると同時に、執事が扉を壊れんばかりの勢いで開け放った。

久方ぶりに相対した執事を背に、僕は何も語ることはなく。


「『疾風(セレラティオ)』!」


ただ、魔法名を叫び二階から飛び降りた。


こうして、激動の一日が幕を開けた。


命懸けの鬼ごっこが始まる。

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