逃亡資金
ちょっと多め。
黒鴉亭へと入り、怯えた亭主からナルダの部屋を聞き出す。アイリスから注がれる、何やったんだよお前と言わんばかりの視線を無視して軋む階段を上り目当ての部屋に辿り着いた。
軽くノックをしてから入室。
「旦那、普通は返事を待ってから入るんじゃねぇか?」
「悪い。忘れてた。でも、どうせ気づいてただろ?」
「まぁな」
魔法で灯をともし、室内を明るくする。出力を強めにしているため、蛍光灯と変わらない程度には明るい。
「おっ、良い魔法持ってんな旦那」
「まぁ、一応魔法使いだからな」
「そういえばそうだった」
ナイフばかり使っている印象が強いが、僕の本質は魔法使いだ。
接近戦は極力避ける方針は変わらない。
手元に呼び出したオールドマギを仕舞い、外に待たせていたアイリスを招き入れる。
「旦那、女連れとはやるな……って、おい」
委縮して縮こまっている二人の探索者とは対照的にナルダの口は滑らかだ。
「アイリスかよ! 旦那、悪いことは言わない。この女はやめておけ」
「あ、知り合いってナルダのことだったんだ」
眉間に皺を寄せる死体清掃人とは対照的に、アイリスの表情は明るい。
「なんだ、知り合いか?」
「……知合いたくはなかった相手だよ」
「彼が駆け出しの頃に、盗品を捌くのを手伝ったことがあるんだ。捌き方のイロハを教えたのはあたしなのよ。だから、こいつはあたしには強く出られないってわけ」
なんとなく関係性が見えてきた。
きっと彼女はそのことを種にナルダをいいように使ってきたのだろう。容易に想像がつく。
「表に片付けてほしい死体があるんだが、代金はこれで足りるか?」
「いーのいーの。こいつはタダで働いてくれるから!」
「うるせぇぞブス! 旦那の目の前で無駄口叩くんじゃねぇ!」
「あー、女の子にブスって言った! 酷くなーい?」
反抗期の息子と母親か、っていうやり取りが繰り広げられる。
というか、僕に同意を求めるな。
僕もアイリスに便乗して軽口を叩きたい衝動を抑え、いつもの態度でナルダに接する。
「確か、金貨一枚だったな」
懐から金貨を取り出し、指で弾いた。
空を舞う金色を素早い手つきで掴み取り、懐へと仕舞う死体清掃人。
「旦那は話が通じて助かるぜ、本当に」
「……その気持ちは分からなくもない」
部屋を出る際に、彼の肩を叩きながら僕は同情した。
「えー。それってどういうこと?」
「分かってて言ってるだろお前」
一息つき、床に腰を下ろす。
そのまま先程手に入れた品物を床に並べた。
「取り合えず、これは全部くれてやる。大したもんはないだろうから、追加の支払いは後程な」
幾らになるか分からない代物よりも、今は確かな金を優先したい。
故に、物を与えることで言外に取り分は期待するなと告げた。
まあ、元は何もなかったわけだから文句は言えない筈だ。
「あ、ありがとうございやす」
委縮しきったまま、巨漢の探索者が品物を手元へと手繰り寄せた。
「野盗ですか?」
「ついそこでな」
こいつらからしても大したものではないことは明らかだ。
文句を付けたい気持ちは分からなくはない。
「大きな音は聞こえませんでしたけど……」
細身の探索者が疑問を投じてくる。
気になったのはそっちか。
「私の獲物は知ってるだろう? 一瞬で片は付いた」
腰元を叩く。彼は得心がいったように頷いた。
「流石です……。あ、あの。今朝の件は本当に……」
「気にするな」
迷宮で僕を殺しにかかったことを未だに気にしているのだろう。いや、正確には報復を恐れているのか。
味方を一人殺されているのにこの態度。やはり、即席のチームだったのかな。あまり死人のことを気にした様子はない。
「ねぇ、何があったの? なんでそんなに大物ぶってるの?」
僕のやり取りを横目に見ていたアイリスが小声で問いかけてくる。
大物ぶってるは余計だ。こいつなら分かるだろ。そういう人物を演じた方が都合の良いことくらい。
「迷宮内で襲ってきたんだよ。荷物持ちが欲しかったから、殺さずに返り討ちにした」
「あ、そういうことなのね。それでも分け前はあげるんだ」
「そういう約束だから」
「あんたら、あたしの旦那様の懐の広さに感謝しなさいよ!」
虎の威を借りる狐とはまさにこのことだろう。アイリスが二人の探索者相手に居丈高に宣言する。
二人は赤べこのようにひたすらに首を縦に振っている。ここは拒否してもいいところだぞ。
「旦那じゃないだろ馬鹿」
取り敢えず、その点に関してだけは言及せねばなるまい。
外堀から埋めていく感が強い。冗談とは理解しているものの、夢が正夢になるのを防ぐためにも逐一否定しかおかないと。
「話が逸れて悪かった。それで、換金は幾らになった?」
「確か150万3500リル……その6割です」
大体90万リルか。予想より30万も多い。
金貨で重たい袋を受け取り、横に置いておく。あとで分配するからな。
「手数料だけで60万持ってかれるのは痛いわね」
相変わらず計算が早い。僕よりも金にがめついだけのことはある。
確かにその通りだ。元の買取額が大きくなれば手数料も大きくなる。
だが、それは必要なことだ。元居た世界で税金の大半が富裕層によって賄われていたように、組合の運営も大口の探索者によって成り立っているのだろう。
「とはいえ、余所に魔石や迷宮の産物を持っていくのは角が立つし。仕方ないわね」
アイリスの言う通りだ。迷宮の所有権は土地の領主のものだが、管理を行っているのは探索者組合。組合と手を結んでおきながら、美味しいところだけ掠め取っていくのは良く思われない。組合も何かしらの措置を取ってくるだろう。
目先の利益だけでなく、長期的な利益を見据えた際、組合の心証を悪くしないのは必須といえる。
「手元には40万……90万と足して都合130万リル。ここから20万ナルダに支払うと、110万になる。当面の逃亡資金としてはどうだ?」
小声で隣に胡坐をかいているアイリスに問いかける。
短パンだから良いものの、何胡坐かいてんだよこいつ。という言葉は心の裡に留めておく。何でこんなに自信ありげな態度なんだよ。
「四日で稼いだ額にしては破格よ。私も身銭は切るから、切り詰めて行けば最低でも半年ちょっとは安泰ね」
無論、これはその間何も稼がなかった場合。と彼女が付け足す。
四日で二人が半年何もせずに暮らしていけるだけの金額を稼いだ、ってことか。
元居た世界では考えられない。ギャンブルに大勝ちするとか、ホストやキャバ嬢だとか、株や投資とか、その程度しか数日で大金を得る方法が思い浮かばない。そして僕は、命懸けとはいえ、そんな存在に肩を並べたわけだ。
ここに来て、漸く大金を短期間で稼いだ実感が湧いてきた。教会の治療にかからなければもっと手元に金が残っていたと考えると惜しい。
「話は進んでるか、旦那?」
頭の中で金勘定をしていると、ナルダが戻ってきた。
「金は受け取ったよ。幾らか掠め取られたってこともなさそうだし」
横目で二人を見ると、またしても首をがくがくと縦に振っていた。
こいつらにそんな度量があるとは思えないし、正しいだろう。
「探索者として食っていく以上、格上の相手を敵に回さないのは当たり前だしな。仮に逃げおおせたとしても、別の迷宮で顔を合わせるなんてこともザラにある」
けらけらと笑いながらナルダが床に腰を下ろした。
まさにその通り。同業者という縁は切っても切れない。恨みを買う相手は慎重に選ばないとな。
さて、と。
「全員揃ったな。じゃあ、分配といくか」
僕は傍らの重い袋を叩いて言った。
アイリスの態度は、宗一の女であることをアピールすることで手出しされないようにするためのものです。
自分が宗一のアキレス腱であることを理解したうえでの保身ですね。
ナルダ相手に軽口を叩いたのも、似たような理由です。
宗一はそのことを理解していないので、単純に馬鹿だと思ってます。




