喋る魔導書と商人の少女
最近拙作のタグはハイファンタジーではなくヒューマンドラマなのではと思い始めている自分がいる。
「僕の秘密も明かすよ。こいつはオールドマギ」
魔導書を開き、アイリスに見せた。
「意志のある魔導書だ」
挨拶しろよと促すと、オールドマギがゆっくりとページに文字を滲ませた。
『初めまして』
「あ、どうも初めまして~。じゃなくて!」
自分で自分に突っ込みを入れて、彼女が叫ぶ。
「なによそれ! そんなの魔導書なわけがないでしょ!?」
「そんなこと言われても……」
こいつが魔導書であることは事実なわけだし。
僕の困惑を余所に、オールドマギが文字を浮かべる。
『いつも契約者が世話になっているようで』
「あ、いえいえ。こちらもお世話になってます~。って違う!!」
「なんだよ、さっきから……」
「魔導書が意志を持つだなんてありえないの!」
「元々人間だったからじゃない?」
「……え?」
僕の言葉に表情ごと全身が固まるアイリス。
面倒だけど、一から説明するしかない。
元より、秘密を明かすと決めた際からそうすることは決めていたし。
俄かには信じ難い話だけど。
僕は誰も起動できなかった魔道具を起動して契約を交わしたこと。それがオールドマギだったこと、そして彼を通じて今の強さを得たことを掻い摘んで話した。
「異世界に来て今日で9日目かな。追体験の影響で、体感的には数カ月くらいなんだけどね。ともあれ、これが僕の秘密だ」
「……もう、魔道具とか魔導書の域を超えてるわね」
しかめっ面しながら、嘆息するアイリス。
「他の人には話してないわよね?」
「当たり前だろ」
彼女が神妙な顔つきで僕に詰め寄る。
「絶対に話しちゃ駄目よ。相手によっては死ぬまで利用されかねないからね?」
「分かってる」
マレビトであること以上に、この力は希少性が高い。彼女の驚きようから断言できる。
人は、珍しいものを囲っておきたがる。これが英雄としての力であるならば猶更で、僕の身分が奴隷ということもあり、僕は非常に利用されやすい立場にある。弱みが致命的だからだ。
だから、この力については黙っておかなければならない。決して喧伝してはならない。
彼女が自らの弱みを見せたから、その誠意に応えるべく僕も最大の秘密を晒した。
まあ、何より彼女がいる場面でオールドマギに相談できなくのは面倒だしね。
「まあ、そういうわけで。アイリスと僕以外に人がいなければ彼と話すことがあると思う。アイリスの知らないことを知っているだろうから、仲良くしてあげてよ」
『よろしく頼む』
「あ、うん。よろしくお願いします……」
彼女は未だに面食らった顔をしていたが、何とか現実を飲み込めたらしい。
珍しいものを見る目付きは変わらないが、オールドマギの言葉に真摯に返答してくれた。
まだ距離はあるみたいだけど。
「結構な堅物だけど、良い奴だから」
「まるで恋人に親友を紹介するかのような口振りね……」
アイリスの言葉に、僕が存外オールドマギを信用していることを自覚する。
オールドマギは以前、冗談とはいえ友人の忠告を聞けないのかと言ってきた。
確かに、友人というカテゴリーに入れてもいいのかもしれない。
ともすれば、アイリスの言うように親友だ。何せ、アイリス以上に僕とオールドマギは運命共同体だからな。
僕が死ねば彼の望みは果たせなくなり、彼がいなければ僕の望みも果たせない。
運命共同体という言葉の典型的な見本のようなものだ。
『私の存在を紹介できる相手がいなかった。故に、少し昂っているのだろう』
「あら、そういうこと。可愛いわね宗一ぃ~」
『彼は友人が私と君以外いない。どうか仲良くしてやってほしい』
お前は僕の保護者かよ。
と、いうか。アイリスの立ち直りが早すぎる。オールドマギを見る目が、珍妙なものから同類を見るものに変わっている気がしてならない。
『この世界で、彼が私以外に素を曝け出せたのは君だけだ。君は彼にとって貴重な存在だ。末永く付き合ってやってくれ』
「おい馬鹿! それを言うな!」
今度は恋人を自宅に連れてきた親のような物言いをしやがった。
やり返されたのか、本心なのか。いや、きっと後者なんだろうけれども!
恥ずかしいことには変わりない。そんなこと言わなくてもいいだろ!?
「ふ~ん?」
案の定、アイリスが調子づいた顔をしてやがる。
まだ変にからかわれる。頼むから、これ以上余計なことを言わないでくれオールドマギ。
お前はいたって真剣なんだろうけどさ!
「宗一って……本当に可愛いわよね。なんか保護欲というか、母性がくすぐられるわ」
「お前が変なこと言うから!」
『私は事実を言ったまで』
反抗期の少年が親に冷たく当たるように、僕はオールドマギを叩いた。
オールドマギは淡々と言葉を返すのみ。先程までの饒舌さはどこへ消えた。
「素の宗一、優しそうな雰囲気あるし、顔も悪くないし。ヒモの才能あるわよ、絶対」
『肯定する。かつて私もヒモと呼ばれた時期があった。故に、強く肯定できる』
そんなお墨付きいらないよ。
確かに、追体験で短剣と格闘術の師匠相手にお姫様のヒモとか言われてたけどさ。本当にヒモだったのかよお前。
変に説得力があるからやめてくれ。
「そんな才能要らない……」
ヒモは僕が一番なりたくない存在だ。過去、母親の助けになれなかった自分に、意図的に逆戻りするようで心の底から吐き気がする。
他人がヒモなのは何とも思わないが、自分がなると思うとゾッとする。
だから、この言葉は心から漏れた本音だ。
「ねぇ、宗一」
「……なんだよ」
オールドマギを見ながら、アイリスが自信に満ちた顔で言う。
「私、彼とはうまくやっていけそうだわ」
……そりゃ良かったな。




