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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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「宗一が街を追い出されるのは想像していたわ。だから、備えもしてある」


そう、彼女だけが知っていた。

僕が、奴隷でありながらグラナを殺したマレビトの探索者であることを。

そうであれば、僕が逃げの一手を打つことなどお見通しというわけか。

だが、備えってなんだ?


「契約は続行よ」


いや、まさかとは思うが……。

部屋に物が少なかったのを引っ越しに例えたが、もしや本当に……。


――嫌な予感というのは往々にして当たる。


「あたしも連れてってほしい」


彼女は、僕の危惧していた言葉を堂々と発した。

この世界にきて、僕の第六感は悉く嫌な方向で命中している。

彼女が着いてきてくれるのであれば、頼もしいことこのうえない。

僕にはない交渉力、人脈、知識。金を回す術を心得ている。

彼女からしてみれば、僕は金の生る木で契約を続行すれば美味しいと踏んだのだろうが……。


デメリットの方が大きい。

命あっての物種という言葉がある。物種、というのは金銭を指す。つまりは、死人が金を持っていても意味がない。生きている人間が持つからこそ、金は活きてくる。

僕の旅路は地獄そのものとなるだろう。地位や名声は衰えたとしていても、金のある伯爵家を相手に逃亡劇を繰り広げることになるのだ。その地獄に彼女を巻き込むわけにはいかない。下手したら人質として取られかねないし、僕には人を守る力があるとはとてもじゃないが思えない。


「危険だ」


だから、ここで断ち切る。

これが、彼女のための選択なんだ……。


「そんなこと理解してる」


彼女は即座に切り返す。


「あたしは宗一よりも長くこの世界にいるんだから。宗一よりもその危険性を理解しているつもりよ」


「なら、なんで……!?」


尚更意味が分からない。

僕よりも危険性を理解していると言うのであれば、何故……。


「……いずれ、この街から出るつもりではいたのよ。行商人としてね」


彼女が僕から視線を切る。僕にはただ、何もない空間を見つめているように見えるが……きっと彼女にしか見えない情景があるのだろう。

少女の横顔は不安と、憂いを帯びているように思えた。


「ずっと迷ってた。父さんが死んだこの街を……父の面影が残る場所を出ていくことを。でも、そんなときだったんだよ」


虚空を見つめていた瞳が、正面から僕を見据える。

その双眸には、不安や憂いはなく一筋の光明を見つけた希望に満ちていた。


「宗一。あんたと出会った」


「僕が、どうかしたのか?」


「あたしが宗一に売り込みをかけた時、宗一は持ち逃げを危惧してた。その時あたしが言った言葉、覚えてる?」


僕が盗品を預け、持ち逃げするなと脅した際。彼女は常に絶やさずにいた笑顔を崩し、真剣な面持ちでこう言った。


――『それだけはない』


何故なら――。


「信頼は売れるけど、買えない」


「そう、覚えていてくれて嬉しいよ。これ、お父さんが言ってた言葉でね。この言葉が身に沁みている人って、本当に少ない」


「……君のお父さんは?」


言葉を額面通りに捉えるのは簡単だ。だが、その重みを理解できるか。そういうことを言いたいんだろう。


人が本当に貧した時、知己を売ることで窮地を乗り越えられるとしたら……。

人という獣の素性は、危地でこそ試される。僕と母さんは、助けてくれた人を裏切ることはしなかった。いや、できなかった。


だって、ありがたみが染みているから。お腹が空いた時、余り物だと言って分けてくれたご飯。貧困街で、誰もが余裕がないのに見え透いた嘘をついて分け与えてくれたパン。意地の悪いことに、炊き出しで二度目を受け取ろうとした僕を分かっていて見逃してくれたお姉さん。自らが警察に突き出されるかもしれない可能性があるにも関わらず、危険性を教えてくれたうえで未成年の僕に職を斡旋してくれたおじさん。

そういった善人のうえに、僕は成り立っている。

なればこそ、気になる。彼女の父は、どのような経緯で言葉の重みを知ったのか。


「――売ったのよ。恩人を」


「……そう、か」


僕以上に、信頼の重みを痛感した筈だ。

失敗した人間の言葉ほど説得力のあるものはない。


「だから、お前はするなって。あたしは、お父さんに助けられたから。どん底の暗闇から」

彼女も僕と同じく、救われた側の人間。


「ねぇ、宗一」


「何?」


「あたし、ひとつ謝らなきゃいけないことがあるんだ」


アイリスが目を伏せる。

嫌な予感はしない。きっと、彼女のことだから僕を害することではないのだろう。

いや、例えそうであっても構わない。

売るより、売られた方が遥かにマシだ。僕も極力抵抗するが、ここは残酷な世界。どんなことだって起こり得る。

僕の想定を、上回ることさえも。


「あたしさ、あんたに同情してたって言ったじゃない?」


「うん、そうだね」


「ほんとはさ、違うんだ。あたしは宗一に、自分の姿を重ねてた。共感してた」


「ど、どういうこと……?」


彼女は伏した面持ちを上げ、真っすぐと僕を見つめる。


「見て」


唇が震え、僅かな言葉を弾き出す。

同時に、彼女は自らの服の裾を握った。

上着を脱ぎ、肌を晒す。


彼女は至って真剣な面持ちだ。マルクスタ家でメイドが脱いだときは戸惑ったが、今は違う。

彼女は見ろ、と言った。きっと伝えたいことがあるんだ。

ならば、目を逸らすわけにはいかない。


「……」


彼女は無言で上半身の服を脱ぎ捨てた。

露わになる健全な肢体と胸元の晒し巻き。そして――。


「なんだよ、その傷……」


背を向けた彼女。そこには裂傷と思しき傷跡が、まるで子供の落書きのように雑然と刻まれていた。


「宗一。首を見て」


「……妙な跡があるけど。って、アイリス、お前まさか」


「そうだよ、宗一」


ゆっくりと服を着直しながら、彼女が告げる。


「あたしは奴隷だったんだ」


恋愛感情ではなく同族感情

でも、それ以上に……

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