表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
67/107

素の自分

今気が付いたのですが、レビューを頂けていたようです。

ナルンヌさん、大変ありがとうございました。

今後とも読んで頂ければ幸いです。

「残りの品物も、片付けちゃいましょうか」


彼女が足元に於いた荷物を小突いて清々しい笑みを浮かべた。


……なんだか調子が狂わされる。


今迄の取引相手にはこちらを見透かされたことはないし、主導権も常に取れていた。

僕の鉄面皮も崩れることはなかった。


だが、彼女を前にするとその仮面は砂上の楼閣のように脆く感じられてしまう。

つい、素の自分が出てきてしまうのだ。

オールドマギは今の僕を見てなんというだろうか。情けない、と叱咤するのか、それとも……。


「ねぇねぇ、この武器、もしかして一番大きなとこに持って行った?」


気が付いたら、彼女が僕の荷物を漁っていた。

勝手に手を出すな馬鹿。


「あ、あぁ。大通りの武具屋に持って行った」


それがどうかしたのか。

アイリスがナイフを片手にニヤリと笑う。


「へっへっ。こういうのは、三流のところに持って行った方がいいんだぜ宗一君よぉ」


「……なんだ急に」


情緒不安定か?

これまで数々のバイトや異世界での生活で普通の人間から裏世界の人間まで関わってきたが……。

こういう、押しが強いのに何故か話になる有能な人間は初めてだ。何を言ってるのか分からないのに、会話になっているし、つい突っ込んでしまうせいで主導権は握られっぱなし。

なんで死体清掃人相手には強く出られるのにこいつには強く出られないんだよ、僕。

わけが分からない。別に、女性が相手だからというわけでもないだろうに。


「これ、そこで買われたものだよ。使い込まれていても、作りがしっかりしてるのが分かる。こういう仕事ができない人のところに持っていくのが一番なのよ」


あそこで作られた、か。だから盗品だと即座に見抜かれたわけだ。

この女が言っていることは正しいのだろう。

刃先と柄の根元を矯めつ眇めつ眺める彼女。


「うん、状態も悪くはないかな。金貨とまでは行かなくても銀貨6枚か7枚にはなるかな」


今握っている別のナイフは、僕が使い込んできたものだ。黒短剣や、新品同然のナイフが手に入ったので売りに出そうとしていたもの。


「それ、元は金貨1枚だぞ? そんな高く買い取ってもらえるのか?」


「あ、宗一が使ってたものかこれ。使い方がうまかったから、刃先もまだしっかりしてる。何故か柄の方が損耗してるけど……どんな使い方したのよ?」


「まあ、色々あってな……」

……スケルトニアを狩る際に柄を酷使してたからか。

ま、まあ、状態が良くて高く売れることは分かった。


「他は……日用品とかそういう感じかぁ。これは完全にお古ね。買取には出せない」


「雑貨屋に持って行っても買取拒否されたな……」


「でしょうね。あ、これならすぐに売れそう。ちょっと待ってて」


売れそう? 買取に出せないのに?

荷物持ち(キャリー)の男から剥いだ鞄を持って彼女が人混みへと駆けだす。

そのまま、市場を見分していた男へと声をかける。鞄を見せ、幾つかの言葉を交わすと銅貨を受け取った。プロのナンパ師もびっくりの鮮やかな手際。

僕は思わず言葉を失う。

売るって……店相手じゃなくて個人相手ってことか。


「銅貨5枚になったわよー」


「……もしかして、あの人が鞄を探してるってわかってたのか?」


そうとしか思えないほど、取引はスムーズだった。

とはいえ、これは僕の妄想。流石にそんなわけが……。


「よく分かったわね。その通りよ」


「……マジかよ」


「市場全体の流れを見れば大体分かることよ。そんなに凄いことじゃない。お父さんなら複数人集めて競売にかけたでしょうね。他の雑貨も揃ってるから、それも込みで」


何を言っているんだこいつは。十分凄いことだろ、それは。


「あんた、普段は何してるんだ?」


「あ、気になる? 気になるかなー?」


「やっぱいい」


「あ、ごめんごめんて!」


にやけ面に正直な言葉を返してしまう。

でも、気になるのも事実だ。装飾店の店主相手に、自分の店に並べると言っていたので自分の店を持っているのは確かなようだが。

ならば、何故市場が賑わっている今その店にいないのか。それが不思議でならない。

彼女は淡々と答える。


「何でも屋だよ。お客様の欲しがるものを仕入れて、売るだけ。元々あたし色んなところを旅してたから、結構な数の行商人と顔見知りなのよ」


「客側から注文を受けて、それから品物を用意する、か。結構長期的な商売になりそうだな」


「まあ、そーね。丁度昨日で依頼は全部捌けたから、知り合いに何か都合してほしいものはないか聞きに行こうと思ってたのよ。そしたらあんたを見つけたってわけ」


だから、と彼女が続ける。


「まさに渡りに船だったのよね。新しい契約を結べて」


「それを言うなら僕も同じかな。困ってたところだし」


「……へ~」


何だよ急に。意外そうな顔をしてこっちを見るな。何も失言なんてしていないだろう。


「じゃあ、売りに行こっか。ついてきて!」


そうして彼女は裏通りへと入っていった。

基本的に大通りしか見てこなかった僕にとっては未知の領域となる。

大通りほどではないが、それなりに店もある。人も、そこそこ見受けられた。

屋台ではなく、ござを敷いて商売している人間もいる。


……絶対に出店税とか払っていないだろうな。


彼女はそうした人間を相手に何軒か店を回り……。

約束通り、全ての装備類を売り払ってくれた。

都合5万リル。使い古された装備にしては、かなり高く売れた方なんじゃないだろうか。

彼女はあまり納得してはいないようだったが。


「今日で29万2000リルか。2割となると……」


「58,400リルね」


「……うん、そうだな」


そらで計算して、金額が合っているか確かめる。

僕よりも金勘定が早い。流石は商人といったところか。


「一日の稼ぎにしてはかなり高い方だわ。へへへ……明日も頼みましたぜ旦那ァ」


「何の真似だよ、それ」


揉み手をする彼女に思わず苦笑してしまう。

時代劇に出てくる悪代官じゃないんだからさ。


「それじゃあ、明日も今日会った場所で会いましょう。時間はいつ頃がいい?」


「今日と同じくらいでいいよ」


今、手元には40万と少しのリルがある。明後日には乗合馬車が出ることを考えると、無理をして怪我することは避けたい。

また、昨日の二の舞になるのは特に。

僕を狙う連中が迷宮内で襲ってくるのは明らかなので、明日も探索は早めに切り上げた方がいいだろう。


「分かった。それじゃあ、それまでに残りの雑貨も売り払っておくわ」


「うん、ありがとう。よろしく」


また明日ねーと手を振りながら、彼女が去っていく。その背には雑貨の詰まった背嚢。

彼女なら捌き切ってくれるだろう。

宿の手前で分かれた僕は、そのまま宿に入店。陽は既に地平線に沈もうとしている。

部屋に入るなり、オールドマギを呼び出す。


「はー、疲れた。売るのにも時間かかるもんだなぁ」


『良き取引相手を見つけたようで何よりだ』


オールドマギが、ゆっくりと文字を滲ませていく。


『それに、良き友人でもある』


「それはないでしょ。そもそも、人殺しにそんなもんいちゃいけないだろ」


『そんなことはない。それに、気が付いていないようだが……』


文字がページの奥へと消え、再度浮かび上がる。


『最後の方、君は素で話していた』


「やっちまったぁ……」


あんなに気を付けていたのに……。

僕を慰めるように、彼が続ける。


『それでいいんだ。自分を偽る必要はない』


「……でも」


『友人の助言が聞けないのか?』


「お前もかよ……」


このお喋り魔導書、調子に乗ってるんじゃないだろうな。


「なぁ……」


『なんだ?』


「この前のこと、まだ根に持ってるのか?」


僕が無理な朝の挨拶を強要した件。

迷宮に着く頃には機嫌を直してくれたと思っていたんだが……。

彼は、ただ一言。


『それはどうだろうな?』


悪かったって、本当に……。


ブックマークや感想、レビュー、評価等頂けると励みになります。

今後も読みたいなーって思われた方は是非応援よろしくお願い致します!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ