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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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チェイス

昨日は二話投稿しています。

話数のお間違いのないようお気をつけください。

そして今回は二話分のボリュームです。

なので、実質二話投稿ということです。

「あたしにも吹っ掛けるの?」


これもう恐喝だろ。


傍目に見ても、少女が二回り以上も年上の大人相手に優勢であることが分かる。

彼女を見た途端に店主が苦い顔をしたのも頷ける。


口がうまい。表情も使い分けている。常に笑っているから、真剣な面持ちが際立って見える。迫力と、真剣味が増すのだ。


加えて、場の流れを搔き乱していく。

唐突に僕へ話を振ってきたのも、主導権を相手に渡さないようすにするためだろう。僕という素人が買取を拒否したことは知っているわけだから、予め店主の失態は知っていたわけだ。

互いに対等な話し合いの場に持っていくと同時に、相手のミスを白日の下に晒した。


これで、店主は下手な言い値を付けられない。

最大限の利益を持っていくため、ここまで計算していたのだとすると……。

心強くもあるが、敵には決して回したくない。


だが、彼女が敵になることはないだろう。それは、店主にとっても同じだ。


恐ろしいことに、脅しているように見えてこれは互いにwin-winの結果になる。と、いうよりは公平な結果になると言った方が正しいかもしれない。

彼女はただ、僕の損を是正し店主のボロ勝ちを防ぐだけなのだから。

過程だけみると、こちらが一方的に得をしているかのように見えるけど。

だから、彼女は苦手意識こそ持たれど嫌われはしていないのだろう。

時と場合によっては、店主側につくこともあるかもしれないだろうし。


「お兄さん、全部で235,200リルせしめてきたよー」


思案していると、装飾類を入れていた皮袋を片手に少女が戻ってきた。見るからに硬貨で重たそうだ。


僕は慌ててフードを被りなおす。余人の眼に晒されるのは本意ではない。

店主は遠目にこちらを見ていただけで気が付いていなかった様子だったものの、僕を見て殺気立つ連中がいるかもしれないことは事実だ。

この少女を巻き込むわけにはいかない。


「言い方に気を付けろよ……」


冷静を装って、人聞きの悪い言葉を訂正する。


「ハハハ冗談だよ!」


少女が硬貨に膨れた皮袋を指で弾きながら笑う。金属が擦れ合う、なんとも小気味良い音が鳴った。


「それで、少しは信用して貰えたかな?」


「手腕は本当のようだな」


何でも売れる、と息巻いていただけのことはある。

彼女にとって、次の交渉相手は僕だ。

僕と信頼を築きたいという言葉が嘘でなければ、ぼったくるような真似はしない筈だ。


「それじゃあお兄さん。本題に入ろうか」


「ああ。手数料のこと――」


金勘定に思考を回した瞬間、少女の背後から声が上がった。


「あ゛っ!」


間の抜けた声が群衆に溶け込んで消えていく。

声の主は先程取引を終えたばかりの装飾店の店主だ。

彼の視線を反射的に追う。視線の先には、ターバンのようなもので顔を隠した男が人混みを縫うように駆けていた。その手には、見覚えのある腕輪が握られている。

……早速盗難かよ。


「お兄さんを騙そうとした天罰だね」


彼女が嘆息の息をつく。その表情は、どこか苦い。

……どうも、その言葉、本意じゃなさそうだな。


「……少し待ってろ」


「え?」


気の抜けた声を置いていくように、僕は市場へ駆け出した。

走り出すと同時に、硬貨の詰まった袋を提げた鞄へと仕舞う。その間も、野盗から視線を切らさない。

男は手慣れたように群衆の中を駆けていく。まるで自分の技術をひけらかすように。

野盗がこちらに気がつき、一瞥をくれる。


その瞳は――嗤っていた。


捕まらないという、絶対的な自信があるようだな。さては、常習犯か。

だが、それは驕りだ。

奴が群衆の中に紛れなければならないのに対して、こちらはその理由がない。


無礼で申し訳ないが、軒を連ねる店々の中を潜っていくことで彼よりも早く駆けることができる。

その差は歴然で、あっという間に彼と並走するまでに至る。


奴の眼は嗤ったままだ。そこからどうやって手を出すんだ? とでも言いたげな下卑た目付き。

どうするかって? 簡単なことだ。

お前の足を縫い留める。


「――魔眼解放」


これは戦闘だからノーカウントだと言い訳をしながら、眼を見開く。

腰を低く下ろし、加速。


「起動しろ、誓約の魔眼(ミリオンガンド)


――1秒だ。


それだけで、事足りる。そして、それだけで、限界だ。


神速を謳うヘルメス()にすら届き得る、この刹那。




――僕は視界に広がる市場全てに在る人間を観測する。




……見えた。


脳の神経が焼かれるような感覚と共に眼を閉じる。

同時に、前方へ身を捻りながら跳躍。


「――フッ」


回転と共に予備のナイフを投擲。

放たれた一矢は群衆の足の間を裂くように駆け――。


「ぐっ!?」


――野盗の足首に突き刺さった。


男が顔面から転倒し、衆人と衝突する。

群衆が違和感に気が付きざわつき始め、即座に男の周りは野次馬に囲まれた。

その囲いに、一歩踏み出す。

僕の雰囲気を察してか、モーセが起こした奇跡の如く人波が割れていく。


腕輪(それ)を返してもらおうか」


「……そうは、いくかよ」


野盗が苦悶の声を上げながら立ち上がる。

大した根性だな。

衆人環視の中、男が懐からナイフを取り出す。


「どけ! 近寄るな!」


男の恫喝と共に、人の囲いが広がっていく。

それにも関わらず、その場にいる人間の顔つきは恐怖よりも好奇心の方が勝っている印象だった。

中世では処刑が民衆の娯楽だったと聞いたことがある。それと同じ感覚なのだろうか。

何にしろ、嫌な民度だな……。

野盗の血走った瞳と視線がぶつかる。


「運の良い野郎め。だが二度目はないぞ」


「……愚かだな」


先程の一投を運と決めつけるか。

力量の差が分からないほど、彼我の実力はかけ離れているようだ。


「うおおおぉぉぉ!」


それは足首の痛みを紛らわすためか。それとも、恐怖心からか。男は足を引きずりながら雄たけびをあげ、愚直にも突進してきた。

ナイフの使い方がなっていない。まるで祈るかのようにナイフを抱えている。


「……これじゃあ抜くまでもないな」


所詮、野盗か。

無謀にも突貫してくる男の腕を掴み、空いた胴体に膝蹴りを撃ちこむ。攻撃を完全に制止したうえでの一撃。

男がナイフを手放し、腹を抱えてうずくまる。


「どうやら手癖が悪いようだな」


その背後に立ち、掴んだ腕を引っ張り上げる。


「その癖、直してやろう」


男を無理矢理立たせ、掴んだ腕を背後に回す。既に可動域を超えた関節が悲鳴を上げるが、そんなものに構いなどしない。


「いっ、や、離しやがれ!」


「すぐ離してやるよ」


痛みを堪える男に、とどめをさしてやる。

自身の胸骨で腕を圧迫。これで、終わりだ。


「あえっ?」


簡素な音が響く。


「ほら」


掴んだ腕を乱暴に突き飛ばした。男が受け身を取ろうとするが、無様に地に転げ落ちる。

それもその筈。なにせ、関節を外したんだからな。腕が使える筈もない。


「――ッ!!!」


次の瞬間。獣のような方向が市場に響き渡った。遅れて痛みがやってきたのだろう。

腕が使い物にならなくなった事実と、痛みに顔面が涙と鼻水まみれだ。

男の足首から追い打ちとばかりにナイフを抜き、落ちた腕輪を拾い上げる。

何とか盗まれずに済んだな。


「誰かこいつを突き出しておいてくれ」


囲いの連中に言い放ち、群衆を抜ける。

その先で、僕の重荷を背負った少女が肩で息をしながら待っていた。

わざわざこっちまで来てくれたのか。


「……あたしが荷物を持ち逃げするとか、考えなかったの?」


俯いたまま、至極もっともな疑問を口にする彼女。

疑問に思うのも当然か。まあ、ぶっちゃけた話、大半の財産は僕の懐にあるし、取り分も払ってないから逃げるわけがないとは思っていた。

それに、一番の理由は……。


「賢い奴ならそんなことしないだろ」


どう考えても、持ち逃げは悪手だ。まだ僕から手数料をせびれる機会はあるし、実績ができたのだから今後関係を繋げる可能性は大いにある。

商人なら、目先の利益より長期的な利益を重視するだろう。


「疲れてるところ悪いが、これをあのおっさんに返してやってくれ」


腕輪を差し出すと、こちらを見向きもせずに彼女が受け取った。

荷物まで運ばせて、なんだか悪いことしたな。


「……ねぇ」


「ん?」


息を切らしながら、彼女が僕を見上げる。


「どうして助けてあげたの?」


「装飾店のおっさんのことか?」


「そう、あのおっちゃんのことよ」


余裕がないのか、それとも心底疑問に思っているからなのか。可愛いこぶる素振りを見せずに、真顔で聞いてきた。

そういえば、腕輪が盗まれた時にも天罰だって言ってたな。

僕は素直に理由を話す。


「君は公平性を重んじているように見えた」


露悪的な行動に見えたが、誰も損はしない取引だった。

加えて、彼女が語った信頼は金では買えないという言葉。

貧乏人だった僕だからこそ、その真意が理解できる。信頼は、僕にとって無形の資産だ。

金がないからこそ、差し出された善意は凄く有難いし、例え金に換える機会があっても裏切りたくはなかった。

金よりも尊いものがあると、心の奥底で信じたい自分がいた。


「あの店主とも仲は悪くないんだろう?」


天罰だと語った時、どこかばつの悪そうな顔をしていた。あの言葉は、僕に向けたリップサービスだ。僕が気に病む必要のないように。

だからこそ。


「僕が原因で、君達が不仲になるのは避けたかった」


彼女が、例え自身が関与していないことであっても。あの店主との信頼を損ねるようなことがあってはならないと思った。

盗難のタイミングが良すぎて疑われかねないからな。


「お兄さん、結構目端が利くんだね……」


「それは嫌味か?」


「あ、ごめん。いや、本当に。凄いなって」


「君の方が凄いだろ」


拍子抜けした顔に、正直な感想をぶつける。

僕にできなかったことを難なくやってのけたんだし。脅すしか能のない僕にとって、交渉事が得意なのは羨ましいことこのうえない。僕の交渉力は、所詮大阪のおばちゃんレベルだからな。プロフェッショナルには遠く及ばない。


「なんだか噂と違って変わった人だね。お兄さん、名前は?」


「組合には如月と登録してある」


「姓じゃなくて、名前の方」


彼女、僕の名前が姓であることが分かるのか?

驚愕のあまり、素で答えてしまう。


「宗一、だけど……」


「そうか、宗一さんね」


独りで勝手に頷きながら、彼女が僕の名前を繰り返す。

日本人の名前にも関わらず、発音は完璧だ。

外見は完全に西欧系でハーフにも見えない。知り合いに日本人のマレビトでもいるのか……?


「あたしはアイリス」


スッと手が差し出される。


「日本風に言うならば、加藤 アイリス」


加藤、加藤だと……?


「宗一さんのこと、気に入ったわ」


混乱する僕をよそに、彼女が続ける。


「ねぇ、一度と言わず、あたしと契約しない?」


こいつすぐ腕折るな。

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