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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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交渉という名の

本日二話目の投稿になります。

フードを外し、顔を白日の下に晒す。

耳の早い商人であれば、僕がグラナを殺したことは知っている筈だ。

奴隷として売られたマレビトとは別に、探索者殺しを殺したマレビトとして。


「僕は探索者だ。この顔に見覚えはないか?」


僕の顔を見て、少女が笑う。

これまでの女の子らしさとは打って変わった、獣のような獰猛な笑みだ。


「……グラナを殺した探索者」


笑みを深めて、一言。


「これは大物が釣れたね」


これが、この女の本性か。

さあ、相手が殺人鬼と知ってどう出てくる?

少女が足元の荷物を小突きながら尋ねてくる。


「と、なると。これも全部盗品かな?」


「言い方が悪いな。戦利品、と言ってもらおうか」


「ハハッ! そっかそっか」


小さく笑って。


「じゃあ、組合には売れないよね?」


鋭く切り返してきた。

僕は泰然自若と返す。


「組合とは仲が良くてね。なんでも、僕と仲良くしたいらしい」


売れないことはないぞ、と暗に伝える。

言外の意図を察して少女が感嘆の息を零す。


「へぇ……。グラナを殺っただけのことはあるね」


「それで? お前はこれを売れるのか? 盗品と知ったうえで」


少女の目つきが鋭利さを増す。

鋭い眼光と共に、一言。


「売れるよ」


「そうか。じゃあ……」


親指で、背後を指さす。


「その手腕、見せて頂こうか。取引はその後考える」


どうだ? 依存はないだろう、と問いかける。

今度は僕が挑戦的な笑みを投げかける。

少女は笑みを絶やさないまま、即答する。


「いいよ。じゃあ、売り物を見せて」


懐から買い叩かれそうになった装飾品を全て取り出す。


「腕輪に指輪。それと首飾りかぁ。大の男が身に着けるものじゃないね」


「何が言いたい?」


「全部、女性用だよ」


「……流石にあいつでも迷宮外で人を襲ったりはしないと思うが」


「お兄さん、女性方面はさっぱりとみた」


にやりと少女が笑った。

……悪かったな。


「これは貢ぎ物だよ。ご機嫌取りに使う道具」


「グラナの女か……」


「彼の、というよりも彼の意中の、かな」


あー、贈り物か。

現世だとバレンタインのお返しくらいしか、人に物を贈ったことはないな。

買うと高いから、全部手作りしたんだっけ……。

バレンタインほど美味しいイベントはなかったなぁ。無料で食料が貰えるから暫く昼食には困らないし、お返しもバレンタインが過ぎて安くなったチョコを原材料に使えばコストパフォーマンスが良い。


まあ、最悪の男だという自覚はある。

そういう意味では、きちんと高価な贈り物を用意してあるあたりグラナは僕よりマシだと言える。


「なら、わざわざ偽物を買うことはないな」


「そういうこと。それに、あいつに偽物を売る度胸のある商人はなかなかいないよ」


「じゃあ、ここで買ったのか」


「それは違うかな。ここで扱ってるのはもっと安い奴。この街で景気良い奴なんてそうそういないから。きっと行商人あたりから買ったんじゃないかな」


あいつがひ弱な行商人を脅している姿が脳裏に浮かぶ。でも、頭悪そうだからなんだかんだで利鞘は取られてそうだ。

探索者殺しの常習犯だったみたいだから、金は持っていたんだろうな。ナルダっていう、死体清掃人とコネがあったくらいだし。


「うん。これなら余裕だね。お兄さんの為にも高く売ってみせるよ」


「自分の為だろ」


「いや、まあそうだけどさ!」


冷たい返しに、少女がけらけらと笑った。

よく笑う奴だな。


「一応言っておくが」


緊張感が霧散した雰囲気の中。僕は腰元のナイフを叩き、改めて空気を引き締める。


「持ち逃げしたら……」


「それだけは絶対にしないよ」


口元は笑いつつも、目元が笑っていない。

彼女の琴線に触れたか? 真剣な面持ちで、彼女が語る。


「信頼は売れるけど、買えない」


「……」


人を陥れて金にすることはできても、金で信頼は得られない。

そういうことが言いたいのだろう。


「お兄さんとは信頼を築きたいな」


「……そうか」


「恋人くらいの」


「それは遠慮しておきたいな……」


なんか、沼にハマったら死ぬほど貢がされそうだし。

それにしても、距離近いなこの子。

これがこの少女なりのやり方、ということか。


「あははっ! じゃあ、売るとしようか。後ろで見ててよ」


言って、先程買取を取り止めた装飾類を扱う屋台のおっさんへと歩き出す。


「おっちゃん久し振りー」


「げっ! アイリスじゃねぇか」


……この展開なんだか既視感があるな。

地元の商店街に顔を出す度に僕も同様の扱いを受けていたことを思い出す。

代償って、こういうどうでもいい記憶は消さないんだな。


「売り物があるんだけど、見てもらってもいいかな?」


「……うしろのあんちゃんの代理か」


「まあ、そんな感じ」


軽く笑っているが、言ってよかったのかそれ。

買取を拒否されたりはしないだろうか。


「そういうことなら、遠慮……」


ほらな。

到底無理な話だったんだ、と口を開こうとしたところで。

彼女が店主に顔を近づける。


「本当に、いいのかな?」


「い、いいも何も」


呼気すら届きそうな距離で、少女が強く店主の瞳を覗き込んでいる。

台に載せた腕輪を取り上げ、店主の前にちらつかせる。


「こんな上等な代物、おっちゃんの店じゃ扱えないよね」


「そ、そんなことは……」


「これと同じだけの物があるって言いたいの?」


少女が並べられた商品を一瞥する。

素人目には、どれも同じように映る。彼女が今持ってる腕輪だけは、若干派手なような気もするけど。

だが、二人にはその差異が理解できるらしい。


「ないよね? これと同じだけの物を仕入れるだけのコネも」


「……」


店主が押し黙る。


「これを扱えば、おっちゃんの店も格があがるんだよ?」


なんとなく、彼女の言いたいことが分かってきた。

客寄せの商品にしろ、ということだろう。ショーウィンドウに目ぼしいものを並べ、誘蛾灯の如く人を店に引き入れるように。

目につくところに置いて、人の気を引ける。それに、上等な商品を扱った実績もできる。

僕みたいな代物ならば、他の商品も同等のものだと言って騙し売ることもできそうだ。


「本当に、買わなくていいんだね? ここで買ってくれないなら……」


おい、その手法は通用しないぞ。

アールメウムで装飾類を扱ってるのはここだけだって話だし。


「あたしの店で売らせてもらおうかな」


いや、それはズルだろ。

競合相手がいないなら、自分がなるってことか。

どうも、この店主は少女に対して苦手意識を持っているようだし。もしかすると、やり手の商人だったりするのだろうか。


「……分かった、買うよ」


「さすがおっちゃん! で、幾らの値をつける?」


「そうだな……。俺だったら――」


「あっ、お兄さんは幾らって言われた?」


店主の言葉を遮って少女がこちらを振り返る。

人の話は最後まで聞けよ。


「その腕輪なら、3,000リル。習作だってさ」


僕の言葉に、少女は一瞬呆けた顔をして……。

次の瞬間には、呵々大笑をこれでもかと噴き出した。


「あはははははっはっは!! ひぃ、笑いが止まらないよこれ! おっちゃん吹っ掛けすぎでしょ。素人にもバレてんじゃん!」


やっぱ買い叩かれてたんだな。

買取を取り止めておいて良かった……。

っていうか、そんなに笑うレベルで叩かれてたのか。

許さねぇぞあのおっさん。


「あひひひ! あー、笑った。それで、どうする?」


「どうするって」


戸惑うおっさんに一言。

それまでの笑い声が嘘かのように、低い声で。

社交的な瞳が、蛙を前にした蛇のように鋭利になる。


「あたしにも吹っ掛けるの?」


これもう恐喝だろ。


君も似たようなことしてるけどね


たまに漏れ出てくる主人公の畜生エピソード

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