山分け 新しい短剣
「旦那は裏切っちゃあいけない相手だ」
嘘は、ついていなかった。
心拍は一定のリズムを刻んだままだ。
僕は即座に魔眼を解除する。右眼の疼痛が、機能の停止と共にひいていく。
……完全に嘘が分かるわけではない。その筋のプロならば、嘘をつくことに躊躇いはないだろう。心拍数も変わらないかもしれない。
だが、組合のルールに抵触するという危険を犯している以上、石橋は幾らでも叩いて渡るべきだ。
「……おい、旦那!」
「……どうした?」
少し、呆けていたようだ。男が私の身体を激しく揺すっている。
「旦那、眼! もっと安静にしておくべきだったんじゃねぇのか?」
右眼に触れると、生暖かい感触が手を包んだ。ぬくもりに満ちた、赤色。
「使いすぎた、か……」
元々使用制限時間は30秒。昨日の決闘では10秒の制約が設けられた。
そこにきて、今日は迷宮内で10秒以上行使して限界を迎えた。さらに、オールドマギが魔眼を解放して僕の身体を動かした。
未来予知もなく、何も観測していなかった。恐らく、身体の所有権を交代するだけの機能なのだろう。それを……少なくとも数時間は使っていた筈だ。
オールドマギが以前僕に語った魔眼の代償が命であるならば、僕はとうに死んでいる。
と、いうことは……。
未来予知と、彼との交代は代償が異なるのか……?
いずれにせよ、それはオールドマギに聞いてみないと分からない。
確かなのは、僕が魔眼を使いすぎたということ。最低でも20数秒は使った。
今後は戦闘以外に使うことを控えるべきかもしれないな。
当然、今日これ以上の行使も控えるべきだ。
「すまない。魔法を使いすぎたいたいだ。気にしないでくれ」
「気にするなって……。そんなこと聞いたことねぇぞ旦那」
袖で血を拭う。視界は正常だ。痛みも、緩やかに引いている。
失明は避けられたようだ。
迂闊だったな、少し時間を置いたから多少は無理を通せるかと思っていた。
オールドマギの言葉を借りるなら、魔法同様まだ身体に馴染んでいないのだろう。
「気にするな。互いに踏み込まれたくない領分はある筈だ。違うか?」
「いや、ちげぇねぇ」
話の分かる奴だ。
「それじゃあ、分配といこうか。7:3で良かったんだよな?」
「ああ。旦那が7で、俺が3だ。あとは、さっきの仕事の代金だな」
「幾らだ?」
「旦那、手持ちがあるのか?」
ああ、そうか。こいつは僕が治療費を組合と折半したことを知らないのか。
ここでのブツで取引を持ち掛けようとしていたのか。
いや、単純な疑問か。
床一面に並べられた盗品の中、形を崩している皮袋を一瞥する。
アレの中身はリル、つまりは金だ。代金はあれから支払えばいい。
「……どうやって組合から金を引き出した?」
そういうことか。
僕が治療費を支払えないであろうことを理解していて、それでも手持ちが残っている。
組合から、何かしら妥協案を引き出したと考えているのだろう。
だが、それは僕の意図したところではない。
素寒貧なのには変わりないしな。
「お友達代だよ」
薄く、笑う。自嘲と言っても良い。
僕ではなく、彼とはいえ、完全に化け物扱いだったからな。
「なるほど。参考にならないことが分かったよ、旦那」
彼も理解したようだった。
「それで、幾らだ?」
「金貨1枚だ」
日本円にして一万円か。
命の価値が低い世界とはいえ、死体の隠蔽にしては安上がりだな。
一般市民の日給を貰うわけだから、安くはないのかもしれないが……。
元居た世界の基準で考えれば、破格の安さだ。
「分かった」
懐から取り出した金貨を弾く。
これで、僕の手持ちは残り9万リルだ。
宙に舞う金貨を素早くつかみ取ると、男が切り出した。
「じゃあ、配分しようか。旦那から選んでいいぜ」
「全部換金するんじゃないのか?」
その方が、後々揉めずに済むだろう。綺麗に分けられるし。
……これは口にしない方が良かったかもしれない。完全な素人意見だ。
「一度に換金すると、流石に怪しまれる。少しずつ、時間をかけて換金する必要があるんだが……旦那」
「なんだ?」
「旦那、この街に長居する気ねぇだろ?」
……よく分かったな。
僕の表情を見て、納得した様子を見せる。
「やっぱりな。この街でやっていくんなら、商人を脅しはしねぇよ。あの手の欲深い奴は盗品も買い取ってくれる場合もあるからな」
これは、しくじったかもしれないな。
安全と金を天秤にかけて、僕は無意識に安全を取ったわけだ。
まあ、何も買い取り手はあのおっさんだけではないだろう。
「そういうわけで、俺は金より物の方がいいと思ったわけだが。旦那はどうだ?」
「私は構わない」
「よしきた。それじゃあ、旦那から選んでくれ」
僕から、か。
配分が7:3だから先に選ばせろ、と言ってくるかと思っていたが……。
遠慮しているのか。それとも、僕の選別眼を試しているのか?
「……この短剣を貰おう」
僕を奴隷として売り払った男が持っていた短剣の中でも、一番上等な奴だ。
他のナイフは状況証拠として置いてきたのだろう。
僕の金貨1枚で購入したナイフより、遥かに丈夫そうに見える。軽すぎず、重すぎず。刃先の長さは同じくらいだが、僅かに太い。
「旦那はそれを選ぶと思ってたよ」
男が薄く笑みを浮かべる。
僕としては、武器を取っておけば選別眼を疑われることもないだろう、という無難さで決めただけなんだけど……。
どうやら、正解だったようだ。
「グラナは俺の得意先……探索者殺しだったからな。人を殺す術も心得ていた。勿論、相応の獲物もな」
「グラナ?」
「俺の元雇用主。旦那が殺した連中の頭目さ」
「ああ、あいつか……」
そういえば、このナイフは一度使ったな。
以前立ち寄った武具屋の内装を思い出す。
これに似たナイフは、確か金貨10枚は下らなかったような。
「あいつには過ぎたものだ」
これなら、多少の剣撃を受け止めることもできるだろう。
刃こぼれとメンテナンスのことを考えると、受け流す方が合理的ではあるが。それでも、いざという時受け身を取れるのは大きい。
この刃先が黒いナイフ……黒短剣とでも言おうか。これは僕が使うとしよう。
三本もナイフを抱えることになったが……投擲することを考えると丁度いい。
服の内側に細工をしておけば、もっと所持数を増やせるだろう。
「そういえば、あんたは?」
この男の名を聞いていなかったな。
今後、死体を隠蔽することがあれば彼を利用することになるだろう。
コネクションは作っておくべきだ。
「ナルダ。ここではそう通ってる。旦那は?」
「組合には如月と登録した」
「互いに偽名ってわけだな、旦那」
含み笑いを零すナルダ。
まあ、僕のは本名なんだけどな。マレビトの名前だし、偽物っぽいとかそういうの見当つくわけないか。田中とか、中村、とかだと本当かと疑いたくもなるけど、そういう常識がない以上疑いようがない。
こうして僕は、裏世界の住人との繋がりを得た。




