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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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紛い物

本日2回目の更新です。

「裏取引き」を読んでいない方は、そちらからどうぞ。

「旦那が殺した連中の装備と魔石をくすねてきた」


おいおい。それじゃあ状況証拠から僕が利益目当てで殺したと思われるだろうが。

僕の表情から言いたいことを察したのか、慌てて男が付け足す。


「勿論、全部じゃねぇ。怪しまれないよう、目ぼしいものだけな」


流石に、そこに頭が回らない奴じゃないか。

伊達に危険な商売を続けているだけのことはある。


「組合は迷宮内での揉め事には関与しない。初日に誓約書に書かされたろ? あの中に、探索者の遺留品は組合が保管するっていう一文がある」


探索者としての登録時に見た死亡誓約書のことか。

迷宮は領主のものだから、組合の管轄下にはない。そういう建前で、探索者同士の殺し合いも黙過しているのだろう。


「けどよぉ、旦那が命張って勝ち取ったものを横から取られるのは納得がいかねぇよな?」


……まあ、一理あるな。

金目のものを横取りされて気を良くする奴なんているわけがない。


「そこで、俺からの提案だ。旦那と俺とで、くすねたブツを山分けしようぜ。旦那の金策にもなるだろうさ」


「……配分は?」


「3:7だ。勿論、旦那が7の方だとも。組合への口封じもかねて、だ」


悪くない提案だ。互いに秘密を共有する。片方が密告すれば、共に奈落へと落ちる依存関係。

そして、この関係は僕の方が強い。いざというとき、武力を行使できるから。

それを承知の上で、この男は提案してきているのだろう。

断る選択肢はない。治療費すら払えず、逃走用の資金すらままならないのならば乗るしかない。


「どうだ? この話、乗るか?」


「……いいだろう」


逡巡する振りをして、受け容れる。食い気味で返答すると、今後良いように使われかねない。他にも手立てがあり、その中でも比較的マシ。そういうふうに振舞った方がいい。余裕のなさが、露見するわけにはいかない。


「旦那も肝がすわってんね。そんじゃあ、後で裏通りの黒鴉亭で落ち合おう。そこで物の確認だ」


黒鴉亭。あのいけすかない店主の宿屋か。覚えておこう。

じゃあ、俺は組合のおっさんに知らせて来るぜ、と男が部屋を後にする。

彼との契約通り、口裏を合わせなければ。

少しして、木戸がノックされる音が響く。


「どうぞ」


「気分はどうですか、如月さん」


「ペーターさんですか……。少し、気持ち悪いって感じです」


こちらを気遣っているのか。

それにしては、様子が妙な気がする。昨日のような、威風堂々とした佇まいを感じられない。


「心中お察し致します。生きて帰れたのは不幸中の幸いでしょう」


「……話したいことがあるんでしょう?」


これは本音じゃないな。僕が死ぬわけがないと、決めつけていたのか。

それとも、僕の生死に関心がないのか。


「前置きはいいです」


本題がある筈だ。

どうしてだろうか。なぜか、今のペーターさんを見ていると苛立ちが抑えられない。


「……勝手ながら、独断で教会の治癒士を呼ばせて頂きました。お顔の痣以外は、完璧に治癒してもらっています。その代金ですが……」


こちらの顔色を窺う。

いったいなんだ。この自信のなさは。


「金貨65枚。都合、65万リルです」


予想よりも、多いな。

最低金貨50枚、だったか。ブレ幅が大きすぎる。

それだけ教会が怒っているということだろうか。


「どのような事情があるかは存じませんが、教会の人間に刃を向けてしまった以上素直に払うしかないでしょう」


僕も大きい組織を相手にしたくない。

吟遊詩人のお兄さんが言うには、マレビトも所属しているようだし。下手したら、戦闘に長けたマレビトを送り込まれるかもしれない。

その可能性を考えるならば、金で手を打った方が良い。

とはいえ、とペーターさんが続ける。


「我々にとっても、あの男は目の上のたん瘤でした。証拠がないとはいえ、多くの探索者が餌食となってきた」


……。


「如月さんには感謝しているんですよ。ですから、治療費は組合との折半で……」


「……らしくないですね。嘘をつくなんて」


平静を装ってはいるが、動揺しているのが丸わかりだ。

昨日の彼であれば、僕に嘘を看破されることもなかっただろう。


大人の嘘は食傷気味と言っても過言ではない。嘘をつかれる方から、つく方に回った。そんな僕ですら欺けそうな彼が、何故こうも露骨な嘘をつくのか。

あの男相手に殺されるような探索者なんていらない、くらいのことは言いそうなのに。

一体、何があった。


「……では、正直に申し上げましょう」


ペーターさんの瞳に僕が映る。


……ああ、そうか。


「我々は、貴方を敵に回したくない。極めて友好的な関係を築きたいのです」


やっと、分かった。


これは――。


「我々が迷宮に足を踏み入れたとき、貴方は――」



――恐怖だ。



「手負いにも関わらず、数多の魔物を屠っていた。目が合った時、恐怖すら覚えました」


オールドマギが指弾で殺したのだろう。そんな芸当僕には真似できない。


「如月さん、貴方は一体何者なんですか?」


彼が本物の英雄であるならば。


「僕は……」


そう、僕はただの――。


「紛い物の、英雄です」


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