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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
54/107

裏取引き

……。

…………。


「ここ、は……?」


迷宮の壁とは打って変わった柔らかい感触が全身を包んでいる。

目を開けると、木板の天井が見えた。宿、か?

だが、僕の最後の記憶は迷宮で途切れている。

それに……。


「……」


手を握っては、開く。

身体の主導権もオールドマギから僕に戻っている。


「目ぇ覚めたか、旦那」


声のする方に首を向ける。

寝台の背もたれと、木椅子に腰かける男の姿。床に置かれた水の入った木桶。

確か、この人は……。

死体、清掃人。


「――ェッ!」


惨たらしい光景が蘇る。

瞳の裏に焼き付いた、死体と血。迷宮内に転がる、もう動くことはない肉塊。


――命を奪った感触。


反射的に、胃の奥から異物が逆流する。

木桶に吐瀉物を零す。


……殺人の負い目。頭では受け入れ、理解していたとしても身体が反応してしまう。


あのときは、オールドマギが身体を動かしていたから……。心と身体が乖離しているのか。

馴らしていかないと、いけないな。英雄になるのならば。


「どうした旦那! まだ具合が悪いのか?」


死体清掃人が慌てた様子で立ち上がる。


「……大丈夫だ。吐いたら楽になった」


慌てた様子の男を手で制する。

それよりも。


「ここは……?」


「組合だよ」


男が答える。


……思い出した。

確か、オールドマギがこの男を雇ったんだ。組合の人間を呼ぶように言いつけた。

目の前の男にとって、それは僕が命じたことだ。

オールドマギが接していたように、振舞わなければ。


それに、なんというか……。

それが、正しい気がしてならない。対応の成否ではなく。僕らしいのは、どちらかというと……。

頭が、少しぐらつく。


「旦那が目覚めたんなら、俺は組合のおっさんに報告しなきゃならねぇんだけど」


思考に割り込むように、男が言った。間が悪そうな顔をして、彼が続ける。


「具合が悪いところ申し訳ねぇが、その前に話しておきたいことがある」


真剣な顔つきに、僕も居住まいを正す。

何となくだが、察しはついている。


「まず、俺と旦那の表向きの関係だ。俺が荷物持ち(キャリー)で、旦那が雇い主。この前提で話を通してある」


「ああ」


「そして、別の探索者の連中と接触。交戦になったところを旦那が俺を逃がした。こう報告した」


「……分かった」


事の辻褄合わせだ。僕と彼にとって都合の良い記録を組合に残す。


先に仕掛けたのは僕だ。あの男共々、迷宮内で殺し合いを演じたわけだが……順当にいけば組合のルールに抵触するため僕は登録を取り消されることになる。

だから、正当防衛。殺されないために、仕方なかった。この体でいく。

死体清掃人も、殺しの片棒を担いだ事実を抹消する。

互いに益のある捏造だ。


「……旦那はあの後のことを覚えているか?」


「いや……」


「そうか。なら、俺の方から話しておくか」


男が、再び木椅子に腰かける。

神妙な顔つきだな。あの後に、何かマズいことでもあったのか。

男は淡々と語る。


「旦那は命に別状こそなかったものの、幾つか骨が逝っちまってた。間に合わせの処置はしてたみてぇだけど、内臓に骨が刺さると危ねぇってことで教会から治癒士を呼んだんだが……」


少し間をおいて、男が柳眉を顰める。


「旦那、幾らなんでも教会を脅すのはマズい」


「……何があった?」


教会を、脅した……?

組織を相手取ったのか、僕が?


「本当に覚えてないんだな。旦那がやったんだよ。治癒のため、服を脱がそうとしたら攻撃してきた。例の石ころでな」


だとしたら、それは僕じゃない。オールドマギだ。彼は恐らく、僕が奴隷であることを隠すために抵抗したのだろう。満身創痍、激痛が全身に走っているにも関わらず。


「やむを得ず、一番外傷が酷かった腹だけ治療。顔はそのままだ」


顔に触れる。少し、痣になっているだろうか。


「それで、ここからが本題だ」


男が前のめりになる。


「教会にかかっちまった以上、アホみてぇな金額の喜捨をせびられるだろう。あいつらお得意の誠意って言葉でな。旦那は治癒士を威嚇したもんだから、最低でも金貨50枚は覚悟しておいた方がいい」


喜捨……つまるところ、代金の請求ということだろうが……。金貨50枚だと!?

僕の手持ちは今、金貨30枚と少しだ。

圧倒的に足りない。それに、この男にも金貨10枚を支払う約束があった筈。


「俺への支払いも滞るだろうよ。そう思って、だ」


死体清掃人の目が怪しげに光る。あくどいことを企んでいる、悪戯っこのような双眸で彼は事も無げに言った。


「旦那が殺した連中の装備と魔石をくすねてきた」


おいおい。それじゃあ状況証拠から僕が利益目当てで殺したと思われるだろうが。

僕の表情から言いたいことを察したのか、慌てて男が付け足す。


「勿論、全部じゃねぇ。怪しまれないよう、目ぼしいものだけな」


流石に、そこに頭が回らない奴じゃないか。

伊達に危険な商売を続けているだけのことはある。


「組合は迷宮内での揉め事には関与しない。初日に誓約書に書かされたろ? あの中に、探索者の遺留品は組合が保管するっていう一文がある」


探索者としての登録時に見た死亡誓約書のことか。

迷宮は領主のものだから、組合の管轄下にはない。そういう建前で、探索者同士の殺し合いも黙過しているのだろう。


「けどよぉ、旦那が命張って勝ち取ったものを横から取られるのは納得がいかねぇよな?」


……まあ、一理あるな。

金目のものを横取りされて気を良くする奴なんているわけがない。


「そこで、俺からの提案だ。旦那と俺とで、くすねたブツを山分けしようぜ。旦那の金策にもなるだろうさ」

長くなりすぎたので、21時ちょっと過ぎた頃にまたもう一話あげます。

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