10秒の決闘
嬉しくなったので本日2回目の投稿です。
「魔眼解放」
右眼に手をあてる。
「誓約の魔眼、起動」
――視界が切り替わる。
「敵を無力化する」
僕は一足飛びに距離を詰めた。
オールドマギの言葉を思い出す。
『相手を殺さずして無力化するのは至難の業だ』
――短剣の柄で頭を強く打つっていうのは……無理か。
『身長差故、無理だろう
相手が戦の神の加護を持っていた場合、猶更不可能だ』
――どうしようもないのか。
『殺してみせろ。と、いうことなのだろう。
殺されない自信があるとも言える。
対抗する手段はただひとつ』
一拍おいて、魔導書が告げた。
『魔眼を使え』
誓約の魔眼のことか。
万物を観測する力を有する瞳。物質の構造解析、行動予測が可能な魔の力。
――でも、魔法に慣れるまで使用するなって言ってたよな?
『ああ。しかし、目的達成の為の唯一の手段だ。使わない選択肢はない。
故に、使用可能時間は10秒だ』
――10秒、か。
僅か10秒。少し気を抜けば経ってしまうような、儚い時間。
『されど、10秒だ。戦闘中に於ける10秒は長い。
その時間で、決着をつけるしかない』
僕が不殺の誓いを掲げる以上、これしか道はない。
それに……。
別の意味合いでも、避けては通れない道でもある。いずれ疑われるのであれば、早期の内に疑惑は晴らしておいた方が良い。今後の探索者生活に支障が出る。
いいさ、やってやる。
万物を観測する力、試すには良い機会だ!
「……!」
思考が加速していくのを感じる。
ゆっくりと動く視界の中で、男が受けの構えを取る――。
その姿が、ブレて見える。
なんだ、これ……?
男の姿が幾重にも重なっているように映る。
『――筋繊維を観測することによって可能となる動作の予測』
オールドマギは、魔眼の機能についてこう語っていた。
これが、そうだというのか?
この、組合員の男に影のように薄く重なっているシルエットが予測図だということか?
だとすると、これは予測なんてものじゃない。
――未来予知じゃないか。
男が防御姿勢を取ると見せかけて、大きく足を広げる……未来の姿が見える。
ゆっくりと、その姿勢が腰だめになっていき――。
「――見えた」
引き延ばされていた時間が、圧縮されたかのように引き戻される。
魔眼で見た通りの光景が繰り広げられる。
男が防御態勢から、足を広げ腰だめになり……。
一歩踏み込み、僕の到達予測箇所に肘を突き出した。
防御と見せかけたカウンター。突っ込めば、加速した勢いで顔面がひしゃげてもおかしくはない一撃。
必勝を予期していたのか、彼の顔には微笑が浮かんでいる。
勝利を確信するには早い。
――その動きは、読んでいる。
僕は彼がカウンターの構えを取ると同時に、加速の勢いを殺さず半身を落とし……。
彼の股下を潜り抜けるように、スライディングした。
即座に男の背後を取る。加速した勢いを殺しきらない内に、地に手を付き回転。
男が背後を取られたことを察知し、こちらを振り向こうとするが遅い。
こちらに視界を向ける前に、僕は全力で彼の片足を掬う。
即ち、足元への回し蹴り。
「あっ……」
不意を突かれ、素の声が漏れ出る。その巨躯が。偉容が。なぎ倒される大木のように、崩れ臥していく。
振り向きざまの回転。その速度を保ったまま、僕は倒れ伏す男に接近。
全力で利き腕を踏み抜き、片腕も関節の可動域を超えた背後に引っ張る。男の苦悶と共に、腕の折れる音が響く。
男の背中に膝をつき、僕は腰元のナイフを彼の首筋にあてがった。
小刻みに、臥した男の顔がこちらへ向けられる。
何が起こったのか分からない驚愕。そして、明確な畏怖の色合いが滲んでいた。
「魔眼解除」
起動時間は5秒ほどか。
確かに、戦闘に於ける10秒は長い。
疼痛を発する右眼を無視して、僕は男に問いかける。
「これで信用して頂けますか?」
返答の代わりに、唾が飛んできた。僅かばかりの意趣返しか。
首を微かに傾け、彼の悪意を躱す。この光景も、見えていた。
「ああ。腕を折られちまったら、嫌でも信用せざるを得ねぇよ。このざまじゃあ、仕事にもならねぇしな」
戦闘の続行は不可能。ついでに、明日からの仕事にも支障をきたすと言いたいわけか。
まあ、そっちからふっかけてきたことだし。
「それは勉強代だと思って諦めて下さい」
「随分と高くついたもんだ」
……まだ口だけで戦えるじゃないですか。
僕は、折った彼の腕を引っ張る。
「代金の方、値上げしましょうか?」
「……お、おい」
「遠慮しないで下さいよ。まだ戦えるみたいじゃないですか」
男が、悪魔を見るような目で見上げてくる。
「……わ、分かった。分かった!」
「……何が分かったんです?」
無垢な表情を演じて問う。
ちょっと、何を言ってるのか分からないですね。
もっと正確に言ってもらわないと。
「嫌味を言って悪かった!」
「そんなこと言ってましたっけ?」
「お、お前……!」
「冗談ですよ」
拘束の構えを解き、ナイフを仕舞う。
まあ、ぶっちゃけた話。嫌味とかはどうでもいい。
肝要なのは、僕が根に持っている、恨んでいるというスタンスを取ることだ。
理由は単純だ。
よろめきながら立ち上がる男を尻目に、受付嬢の方へと振り向く。
「さて、確か事実の確認が取れたら買取額に色を付けて頂けるんでしたよね?」
「え、ええ……」
受付嬢の顔が、引き攣っていく。
まるで僕の言わんとしていることを理解しているみたいじゃないか。
僕は満面の笑みで尋ねる。
「何倍までいけます?」
彼女の顔が引き攣りきったことは、言うまでもない。




