力の証明
「『駆けよ暴風。一切合切を打ち払え』」
オールドマギを片手に最後の魔法を放つ。
「『風巻』」
見せつけるように、あえて最大威力で魔法を放つ。
草原に嵐の如く突風が巻き起こり、近くの木々をなぎ倒した。
迷宮攻略から時間が経っていたこともあり、魔力は回復している。まだ少し余裕もあるため、眩暈もない。
期せずして街の外に出た僕は、受付嬢の指定通り3つの魔法を披露した。
灯火、水針、風巻。
「2等級魔法ですか……」
感嘆の畏怖と共に、受付嬢が呟いた。
「なんですか、それ」
受付嬢が目を丸くする。
しまった、つい反射的に尋ねてしまった。
魔法に一日の長があるとしたら、知っていないと不味い情報だったに違いない。
「詠唱が2節ある魔法のことです。3節あれば3等級といった具合で、魔法の希少性や威力の基準となっています。ご存じなかったのですか?」
「……殆ど、加護の力によるものですから」
咄嗟に、言い訳が口をついて出た。
マレビトは皆、強力な神の加護を宿している。
僕の加護は、今のところ魔法文字が読めることしか分かっていないが……。
「なるほど、そういうことだったのですね。その魔導書は加護によるものと」
受付嬢は得心がいったように、しきりに頷いた。
「ええ、まあ……」
勝手に納得してくれたのなら、それでいいか。
ここに来るまでのオールドマギとのやり取りを思い出す。
――おい、どういうことだよこれ。
『私にも理解できない。
まさか、千年でここまで魔法技術が衰退しているとは……』
オールドマギ曰く、千年前は魔導書がなくとも魔術師は魔法を行使することができており、使用可能な魔法の数にも制限はなかったという。
魔導書と契約し、魔法を使用するのは見習いの魔術師だけだったそうだ。
魔法の感覚を掴むための、入門書に近い。その魔導書も、魔法の個数に制限はなかった。
『優れた魔術師の中には、詠唱すら行わない者もいた。
進歩こそすれど、何故衰退している……?』
オールドマギも困惑した様子だった。
……恐らく、原因はマレビトだ。オリヴィエの屋敷にいたときに考えていたように、魔法の代用となる技術を提供する存在が現れた。だから、魔法は不要になってしまったのだろう。
兵器としての側面しか残らなかった。加えて、魔術師を育成するよりも適性のある人間に魔導書を持たせた方が効率的だ。
そのこと彼に伝えると、懐疑的な答えた返ってきた。
『そうだとしたら、魔導書の技術が進歩して然るべきだろう』
……確かに。
より強力な魔導書を生産し、画一的な戦力を揃えた方が効率は良い。
疑問は尽きない。
オールドマギも、解答は出せないようだった。
「お見事です」
受付嬢の称賛する声で我に返る。
「これほどの腕前であれば貴族に仕官することも可能でしょう」
「……そうですか」
オールドマギの言葉と食い違う。
僕はまだ、魔術師として駆け出し程度でしかない筈だ。
幾ら魔法技術が衰退したからと言って、この程度で仕官がかなう筈ない。
「疑っておられるようですね」
「ええ。2等級魔法なんて、魔術師なら扱える人も多い筈でしょう」
「その見解は間違いではありません。ただ、貴方の魔法は2等級魔法にしては威力が高すぎます。4等級魔法と何ら遜色はありません」
どういうことだ?
「僕はただ、出力を強めにしただけですけど」
「ご自身の加護を甘く見られてますね。通常、出力は契約した魔導書に依存し、規定されています」
『そんな馬鹿な……』
喋るな、と言ったにも関わらず手元のオールドマギが動揺を隠せず文字を浮かべた。
幸い、受付嬢にはバレてはいないようだ。
こいつ……オールドマギの基準は千年前のものだ。魔法だけでなく、恐らく他の戦闘技術……短剣術や体術も同様だろう。
こいつが基礎技術と言っていたものは、基礎レベルではなかったということだ。
だから、疑われたのだろう。
「疑念は晴れましたか?」
僕は努めて冷静に、問いただす。
受付嬢の女性が首肯する。
「ええ。魔法に関しては」
「ここからは俺の出番だな」
女性の背後に控えていた男が僕の前に出る。
岩のような巨躯。子供と大人かというほど、体躯の差は歴然としている。
筋肉質な体格が、服の上からでも見て取れた。
「どんなに優れた魔術師であろうと、魔力が切れれば只の人だ」
一歩、僕に近づく。
睥睨するように高みから僕を見下ろす。
「あの稼ぎは尋常じゃねぇ。まだお前の疑いは晴れちゃいねぇんだ」
「……悲しいですね。信用されないのは」
居丈高な視線に、負けじと睨み返す。
この程度の威圧には慣れている。僕の生い立ちも関係あるが、それ以上にオールドマギによる追想の恩恵が大きい。
僕の記憶に障害が出るかもしれないというリスクを背負っただけあって、彼の経験がそのまま僕の糧となっている。
その経験には、技術だけでなく精神性も含まれている。
「信用されてぇか? なら、証明してみせろ」
男の双眸に力強い闘志と敵意が宿る。
一触即発の空気。
皮膚を焦がすような緊張感が周囲に満ちていく。
……夕陽が水平線の向こうへと姿を消す。
辺りが仄暗い色に染まっていく。
暗闇に抵抗するかのように、太陽が最後の輝きを見せ――。
視界が一瞬滲む。
刹那。
「――シッ!」
眩い視界の中、男の腕がブレる。
僕は反射的に半身を下げた。
空気が破裂するような音が耳元で鳴る。
――剛腕が僕の耳を掠めていた。
「徒手空拳……!」
腕を掴む間もなく、再度の突きが放たれる。
オールドマギの追想が脳裏を過る。
「――ッ」
躱す間もない高速の一突き。
顔面を狙った一撃を、左腕で払う。
虚をつく反撃。敵の重心が僅かに揺らぐ。
その隙に後退し、距離を取る。
「お得意のナイフはどうした?」
挑発の声が投げられる。
短剣を使え、ということか。
だが、僕にその意思はない。
「使いません。貴方は武装して頂いても結構です」
「どういうことだ?」
腰元に提げたナイフの柄を軽く叩く。
「僕がこれの技量を見せるということの意味はお分かりでしょう」
真っ直ぐ、男を見つめる。
「貴方を、殺したくありません」
「……舐められたものだ」
男の表情が怒りに歪んでいく。
舐めてはいない。
ただ、殺さずに戦うには素手しかないだけだ。
今の攻防で理解した。相手は格上。体格差もある。
回避に徹することしかできない。反撃することもままならないだろう。
短剣を使えば、少しは分が良くなるかもしれない。相手がこちらに遠慮して素手なうえ、防具もつけておらず組合の制服のまま。
一撃加えれば、勝てる。勝機はあるが、それの意味するところは殺しだ。
人殺しに身を窶すつもりはない。
例え、どんな艱難辛苦、汚泥に塗れたとしても。人として、その一線だけは決して踏み越えたくはない。母に顔向けできなくなる。
だが、敵を殺さず無力化するには圧倒的な力量差が要求される。
今の僕では不可能な芸当だ。
故に……。
少し、ズルをさせてもらう。
「魔眼解放」
右眼に手をあてる。
「誓約の魔眼、起動」
――視界が切り替わる。
「敵を無力化する」
僕は一足飛びに距離を詰めた。




