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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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お前は誰だ

あれから、更に幾つかの死体を見た。

いずれの死体も損傷は激しく惨憺たる有様だったが、それ以上に、何もかもが剝ぎ取られている生々しさが痛切に僕の胸中を抉った。

服さえない者もあった。


この世界では、死者に対する敬意など微塵もないのか。

吐き気と、それ以上に人間の浅ましさと悍ましさに嫌悪を禁じ得ない。

何より、僕もその嫌悪の対象に含まれていることが許せなかった。


「勝つものがいれば敗者もいる……」


『その通りだ』


探索者は魔物を一方的に狩るだけの存在ではない。魔物と、狩り、狩られる関係にある。

おとぎ話や物語に出てくる英雄は、異世界に於いて上澄み液の如き存在でしかない。その下には、無数の屍が存在し、それらが引き立て役となって栄光を飾り立てている。

ここでの敗北は、死に直結する。


「ならば、僕は……」」


視界に複数体のスケルトニアを補足する。


「『駆けよ暴風。一切合切を打ち払え』」


詠唱する。

奴らの一挙手一投足を見逃さないよう、双眸を見開いて注視する。

僕は、決して敗者にならない。

生きて、元の世界に帰るんだ……!


「『風巻(ヴェンタス)』!」


万感の想いと共に魔法が吹き荒れ、スケルトニアをなぎ倒した。

と、同時に頭をおさえて膝をつく。


「くそっ。眩暈が……」


『契約者よ。

 魔力の消費が激しい。

 枯渇は時間の問題だ』


オールドマギの文字が一瞬、霞んで見える。


「そうか。帰りの為にも魔力は残しておかないとな……」


魔法を使う度に、魔力という不可視のエネルギーが身体に馴染んでいくのが分かる。

名状し難い脱力感、疲労感が僕を襲うのだ。

この分だと、今の魔法は残り2回。水針(ヴァサナデル)ならば4回……無理をすれば5回か。灯の魔法を使うことを考慮すれば、戦闘は2回程度に抑えたい。


腰元の鞄を見遣る。

戦利品である魔石と骨は十分に確保してある。死体からは予備用の短剣も頂戴した。

成果は十分の筈だ。


『立てるか?』


「ああ、問題ない」


息を整えて、立ち上がる。当然、周囲の警戒も怠らない。


『契約者よ、提案がある』


「提案?」


オールドマギが文字を滲ませる。


『魔法以外の戦闘技術の習得を強く推奨する』


提案、と言うからには誓約の魔眼(ミリオンガンド)の時とは異なり、拒否することもできるわけか。

だが、オールドマギの提案は至極真っ当だ。加えて、 強く と、珍しく語気が強いのも気になる。

ここはもう少し掘り下げた方がよさそうだ。


「具体的には、何を? 剣術なら無理だぞ。そもそも剣を持てない」


情けないことに、まともに持てるのは短剣くらいだ。

実際のところ、剣を持てないことはないだろうが、持ち続けることはできない。片手剣を両手で持ってその有様なのだから、実用性は皆無に等しく持てないことに変わりはない。

オールドマギもそれを承知しているようだった。


『剣術ではない。短剣術だ』


「短剣か」


『剣よりも小回りが利き、肉薄されても対抗できる。

 極めれば、どんな相手にも勝算は生まれる。

 体術、魔法と合わせれば相乗効果も期待できる』


オールドマギの言うことに間違いはないだろう。

以前この魔導書が言っていたように、魔術師の弱点は詠唱にある。詠唱中に接近されたり、魔法を躱されたりしたら対抗する術がない。

対策としては、前衛の人間を置くか……僕自身が近接戦闘もこなせるようになることだ。


「分かった。習得してみよう」


だが、問題がある。

どう練習するかだ。

魔法と違って、安全な距離から試すことはできない。かと言って、練習相手もいない。

加えて、魔法より体に馴染ませる必要がある。


「どう練習する?」


いきなり実践というわけにもいかないだろう。

魔導書が即答する。


『今の契約者であれば問題はないだろう。私との親和性も向上している』


魔法を行使することで、よりオールドマギを使いこなせるようになったのは事実だ。

それを親和性と呼ぶならば、その通りだろう。

眼を貰った際も、オールドマギは親和性を重視していた。今回も似た言動をしていることから、何か特殊な提案であることが推測できる。

その予想は的中する。


『契約者には他者の経験を追体験してもらう』


「追体験だと……?」


『脳内で練習してもらう。

今の契約者の技量だと基礎技術までしか解禁はできないが、十分と判断する』


「……前契約者が発狂したっていうのは、これが原因か?」


オールドマギの言っていることは単純だ。

他者の記憶を、僕の脳内に流すということだ。

だが、それはとてつもなく危険を伴う行為だ。輸血に自身と同種の血液が求められるように、皮膚や臓器の移植も患者と酷似したものが求められる。それらは、拒絶反応を起こさないための措置だ。


記憶だって例外ではないだろう。他者の記憶を自身の記憶として脳は受け容れることはできるのだろうか。

記憶の移植だなんて聞いたこともない。専門家でもない以上、予測すら難しい。


『追体験による技術の習得が、その一端を担ったのは事実だ。

 しかし、それは強行されたものだ』


「無理矢理ってことか?」


『肯定。

 人間は、楽な道を知ると労苦を厭うようになる。

 そればかりか、より大きなものを求めるようになる』


一度は成功したってことか。それで、他に習得できる技術がないかオールドマギに尋ね、同様に追体験しようとしたんだな。

そして、その果てに破滅を迎えたと。


「欲深さが、身の破滅を招いたのか……」


『私は道具である以上、強要されれば従うほかない。

 現契約者が私欲の深い人間ではないことは承知している

 だからこその、提案だ』


こいつにも、こいつなりの考えがあって、僕を信頼してくれているんだな。


「安心してくれ。強要なんてしない。その追体験とやらもリスクを伴う以上、何度もやりたくはないしな」


『前契約者と異なり、記憶に与える影響は最小限のものと予測される』


「僕の為に言ってくれてるんだもんな。その言葉、信用するよ」


だが、ひとつ気になることがある。

追体験するのは他者の記憶と言っていたが。それは果たして誰の記憶なのか。


ひょっとすると、オールドマギ(こいつ)の記憶なんじゃないのか?


「僕に死んでほしくない、っていうのは前に聞いた。だが、それは何のためだ?

 千年の呪いとやらを解き明かす為か?」


お前は僕を使って何がしたい?


そして……。


「オールドマギ、お前は一体誰なんだ?」


魔導書が、沈黙する。

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