ジョン・ドウ
R15注意です。
「『水針!』」
魔法がスケルトニアを粉砕する。
断末魔の後に、固定化されていた骨が崩壊し灰のように積もる。
僕は魔物の残骸に駆け寄り、骨の中から魔石と呼ばれる石を拾い上げた。
魔石は奇妙な光沢を放っている。
傍らの鞄にしまうと、遺された骨が塵となって消えていった。
『スケルトニアの情報更新。
魔法有効。
背後からの奇襲有効。
戦利品、魔石、骨』
オールドマギがスケルトニアに関する詳細を逐一まとめてくれる。
既に何体か倒しており、オールドマギの助言の下色々と試させてもらっている。
食料を配置しておびき寄せることができるか試したり、遠くから物を投げてみたりと……様々だ。その結果、奴らには嗅覚がないこと。視覚はあるが、視野は人間と大差がないこと、音に敏感であることが判明した。
そして、最も有効な戦術が背後からの不意打ちであることを導き出した。聴覚の届かない範囲から、最低限の威力で速度に特化させた魔法を撃つ。一度当て損なったが、不意をついたうえに距離を取っているので、再度魔法を放つ余裕もあり問題はない。
戦利品としては、初日に探索者の男が拾っていた魔石、そしてたまに身体の一部を落とすことが分かっている。
骨の形は統一されているわけではなく、今のところ胸骨と腕と足の骨を入手している。
軽そうな見た目に反して重く、色艶もあり、本当に骨なのか疑わしい。
魔石とは異なり嵩張るうえに、重量があるのであまり多くは持って帰れそうにない。
「……見つけた」
揺れる灯の先、奴らの足元が照らされる。
敵は3体。単体用の魔法、水針では仕留めきれない数だ。
2体対処したところで、3体目に強襲されるのが目に見えている。
下手に手を出して逃走しても、逃げた先で別個体に遭遇したらそこで一巻の終わりだ。
ここでの選択肢は、まとめて倒すか手を出さずに逃げるかのみ。
「やってやる……」
僕は、前者を選択する。
「オールドマギ、初めて使う魔法だ。補佐を頼む」
『了承』
前方の3体はこちらに気が付いた様子はない。
それどころか、足を止めている。新しい魔法を試すには、絶好の機会だ。
「『 駆けよ暴風。一切合切を打ち払え』」
水針より一節分詠唱の多い強力な魔法。
僕はスケルトニアをまとめて視界に捉え、魔法の着弾位置を想像。
腕をかざす。
「『風巻』!」
瞬間、迷宮内に突風が吹き荒れる。
指向性を持った、局地的な小規模台風とでも言うべき荒々しい風が前方のスケルトニアをまとめて暗闇の奥へと葬り去った。
一体目のスケルトニアと戦った際の過ちはもう犯さない。
威力は調整済みで、そこまで遠くには吹き飛ばしていない筈だ。
遠方から、骨の崩れる簡素な音が響く。
それと同時に。
どさり、と重量のある音が混じった。
音はスケルトニアよりも近い。
新手の魔物かと考えるも、探索者組合にはスケルトニア以外魔物の情報がなかったことを思い出す。
と、なると……。
「もしかすると、他の探索者に当たった……?」
だとすると、とんでもないことになる。
だが、そういった事態にならないよう細心の注意を払っていたつもりだ。
前方にスケルトニア以外の音がないこと、戦闘音がなかったことも確認済みだ。
僕は慌てて音源へ駆け寄った。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
追従する灯が探索者の下半身を照らしている。
……反応はない。
「え、あ、あの……」
なんと声をかけたものか。
束の間の思考。その隙に、灯火が僕に追いつき。
探索者の全貌を、明るみの下に曝け出した。
「ウッ! うう゛ぇっ!」
眼前の光景に、胃の中が逆流しそうになりえづく。
「……」
探索者は何も語らない。
それもその筈だ。
一見無事にみえた下半身も、粗雑に扱われた人形のようにねじ切れており、胴体とはか細い肉と繋がっているばかり。
上半身は、無邪気な子供が遊び散らかした玩具のように、ありとあらゆる臓物が散乱しており見るに堪えない。
踊り狂ったマリオネットのように、四肢が関節の可動範囲を逸脱して放置されている。
暗闇の中で見えなかった流血が、僕の膝を汚していく。
探索者の双眸は、もう何も映すことはない。
……これは、死体だ。
もう、動くことのない肉塊だ。
「お゛ぇっ!」
堪えきれず、吐瀉物が口内から溢れた。
妙だとは思っていた。スケルトニアが棒立ちになっていたことが。
だが、納得できた。……奴らは死体に気を取られていたのだ。いや、或いはあれら3体がこの惨状を産み出したのかもしれない。
『契約者が殺したわけではない。
叫び声や足音は聞こえなかった筈だ』
「……分かっている」
腹には切り裂かれた跡がある。
僕の魔法はただ吹き飛ばし、衝撃を与えるだけのものだ。こうはならない。
傍らに放りだしてしまったオールドマギのページが捲れる。
『契約者よ、心を落ち着けろ。
そして、目を逸らしてはならない。
探索者である以上、魔物に敗れることもある。
これがその果てだ。
契約者が今後も探索者を続けていくのなら、この光景を避けては通れない。
現実を見て、今自分が何をすべきか思考せよ』
僕が今、何をすべきか……?
疑問が綯交ぜになった胸中に反し、脳は明確な答えを出していた。
腕が、彼の……死体の腰元にある革袋に伸びる。
指先が震える。自分が何をしているのか分からなくなる。
理解を脳が拒んでいる。
僕の指の先端が、不器用な動作で袋を開けた。
魔石が幾つか、零れ落ちた。軽い音が暗闇に響く。
――分かっているのか? 自分のやっていることを。
脳内の、第三者を気取る僕が問いかけてくる。
分かりたくなんてない。
――お前のやっていることは、下劣極まりない行為だ。
僕は震える手で魔石を拾い上げ、腰元の鞄に仕舞おうとして……。
手が、止まる。
「オールドマギ、僕は……」
『契約者よ』
魔導書が言葉を綴る。
『生は、多くの屍の上に成り立っている』
「ああ……」
料理として提供される肉も、初めから人の口に入る形状はしていない。
家畜が屠殺され、食肉として加工され、調理されて僕らの口に入る。
そんなことは分かっている。
死の上に生きていることなんて、理解している。
だが、傲慢にも。人と動物とでは、違うと本能が叫んでいる。
この男は、僕に奪われるために生きてきたわけではない。
……それは家畜も同じだ。
結局のところ、誰かの都合で何かが死んで。
「くそ、頭が回らない……!」
口元の汚れを袖で拭いた。
『契約者よ』
「なんだ、オールドマギ」
これ以上、辛い現実を見せないでくれ。
魔導書は静かに告げた。
『生きてくれ』
「……ッ!」
……僕は、死体を漁った。
最悪の気分だ。
迷宮の現実。
金につられ、血に彩られた異世界。




