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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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雪辱を果たす時

迷宮攻略開始!

ページの捲れる音がする。


『契約者よ、朝だ』


「……ありがとう」


枕元に置いたオールドマギをしまい、寝台から立ち上がる。

窓からは早朝の陽が差している。陽に身を晒し、外を覗くと既に人々は活動を始めていた。


僕は寝ぼけ眼を擦りながら、寝間着にしていた現代の服から外向きの服へと着替える。

鞄の中身を確認し、買い忘れがないかを確かめる。

鞄を掛け、ナイフを腰元に佩く。

次いで、自らを叱咤するように頬を軽く叩いた。


「よし、行くか」


今日は迷宮に挑むと決めていた日だ。

事前の準備や予習も十分行った。体調も問題ない。出来ることはもうない。

僅かな緊張が総身を震わせている。

息を整えて、部屋を出た。


「おはようございます」


「おはようございます。いってらっしゃいませ」


宿屋の主人と一言交わし、通りに出る。

朝の空気が心地良い。少し、緊張が和らぐ。

僕は朝靄を堪能しながら、喧騒を増しつつある通りへ歩み出す。

目指すは、迷宮行きの場所乗り場。探索者組合を少し行った先に、外壁沿いに馬車がある筈だ。

朝の市場を呼び込みの声と一緒に振り切って、大通りを抜ける。


「あれかな」


外壁と共に欠伸をする御者の姿が見えた。


「すみません」


「ん?」


無精ひげを生やした男だった。よれよれの服と眉尻の下がった双眸から、だらしなさが漂っている。


「これ、迷宮行きの馬車ですか?」


「うん。なに? あんたも探索者?」


「ええ。今日から、ですけど……」


「銅貨2枚だよ」


大儀そうに肩を回している。僕は銅貨2枚を渡し、馬車に乗り込んだ。

人が乗る馬車、というよりは荷物置きに近い。軽トラの後部を連想する。


既に何人かが乗っており、各々装備を点検や談笑していた。僕は彼らから少し離れたところに腰かける。荷台の上は広くないので、そこまで距離が取れているわけではないけど。


「それじゃあ行きますよっと」


少しして、馬車が動き始めた。車輪の揺れる音がする。

手持ち無沙汰なので、昨日オールドマギにメモした内容を振り返る。


今日僕が狙う魔物はスケルトニア。初日に僕を襲った魔物で、骨格標本が動き出したような存在だ。衝撃に弱く、ハンマーやメイスといった打撃を主とする武器が有効なようだ。武器が重いほど有利といった感じか。

僕は重武器を持てないので、短剣と魔法で戦うことになる。幸いにも、魔法が通用し、ナイフでも倒せない相手ではない。

また、迷宮の奥に行けば剣や斧を装備した個体も出てくるらしい。


……と、ここまで読んだところで、僕は自身に向けられた視線の多さに気が付く。


「……」


談笑の声は既になく、搭乗者全員が僕の顔を見ていた。

咄嗟に首元に目を遣るが、特に奴隷の首輪が見えていることもない。

マレビトだから、珍しがられているのだろうか。


僕は視線から逃げるように、手元のオールドマギに目を伏せた。

馬車が動き始めて十数分くらいだろうか。車輪の回る音がゆっくりになっていく。


「ほい、着きましたよ」


御者のどこか投げやりな声と共に、目的地である白鎧迷宮へと到着した。

迷宮の外には馬車を待っていた探索者や、探索者目当ての商人たちが所狭しと並んでいる。

彼らと入れ替わるようにして、馬車を降りた。


「……」


大きく息を吸って吐く。

ここに来るのは六日ぶりだ。

この世界にきて、今日で一週間。スケルトニアに襲われて死にかけた日から、まだ六日しか経っていないのだ。


いや、もう六日経ったというべきだろうか。一日一日が濃密で、時間間隔が曖昧になっている。

兎も角、今日は自分の腕がどこまで通用するか。

そして、スケルトニアに対する雪辱を果たす日でもある。

僕は、迷宮を前にして震える足を抑え、ゆっくりと迷宮の闇の中へと踏み込んだ。


――――


他の探索者とは距離を取りつつ、入り口に近い三叉路で足を止め独りになる。


「『光よ、あれ

 灯火(ルークス)』」


探索者が携行用のランタンを使うところを、僕は自前の魔法で済ます。

独りになった理由は単純で、魔法を使っているところを見られたくなかった。

即席で、チームを組まないかと誘われたら断る自信がなかったからだ。

それくらい、僕は今恐怖に打ちのめされている。


僕の心情を慮ったのか、オールドマギが鼓舞するような言葉を浮かべた。


『契約者よ、恐れることはない。

 契約者の調査内容が正しければ、件の魔物は野盗より弱い』


一昨日のポンコツっぷりが嘘かのような言葉に、僕は思わず呆気に取られる。


『仮にも私と契約したのだ。

 過信は禁物だが、弱気になることはない』


「……ああ。そうだな」


こいつはたまに隠すことはあっても、嘘を言うようなことはない。

野盗よりも弱いというのなら、その通りなのだろう。


少し、肩の荷が下りた。気が楽になる。


そして、緊張が解けた頃合いを見計らったかのように、六日ぶりにあの音が聞こえた。


人の足音にしては軽すぎる簡素な音。無機物同士が擦れる音が狭隘な通路内に響き渡る。

魔法の灯が薄く照らす影に、そいつは現れた。


何も映さない暗い眼窩。薄汚れた骨格。心臓に相当する位置には、鈍く光る石のようなものが固定されている。


――スケルトニアだ。


奇しくも、六日前に僕を襲ってきたときと似た構図。一対一の状況。

六日前と違うのは、今の僕には対抗できる力があることで。


「行くぞ、オールドマギ!」


狩られるのは、あっちだということだ。


「『水滴よ、貫け』」


詠唱を開始。前方に腕をかざし、照準を定める。

狙うのは、最も当てやすそうに見える肋骨。

オールドマギが該当魔法のページを捲りだす。

虚空が歪み、水塊が現出し、瞬時に鋭利な針へと姿を転じる。


――いくぞ。


「『水針(ヴァサナデル)ッッ!!』」


威力は丁度野盗に向けたときと同じ。

弾けるような音と共に、魔法が一条の光となって暗闇を切り裂いた。

銃撃にも似た一撃。僕が放てる個人への最大威力魔法。

刹那の緊張。残心の構えで、僕は奴から目を離さない。


しかし、次の瞬間。


「――ッ!」


声に鳴らない断末魔。激しく床を引き掻いていく大音声と共に。


……スケルトニアは暗闇の遥か彼方へと吹き飛んでいった。


「……あれ?」


呆ける僕に、オールドマギが一言。


『要、威力の調整。

 これでは戦利品ごと爆散する』


こうして、呆気なく。無味乾燥どころか微塵も味気なく、僕の雪辱戦は終わった。

僕の緊張は何だったのか……。

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