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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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第二の人生

「ええ、構いませんよ」


艶のある声が耳に入る。


「どうやら、同郷の者のようですし」


覗いた顔は、端正に整った東洋人のものだった。

直感する。僕と同じ日本人だ。


「どうも、初めまして」


スカーフがずれないように注意しながら席に座る。


「初めまして。君、ここは初めて?」


「ええ、そうなんですよ。何かお勧めとかってありますか?」


常連さんだろうか。

テーブルにメニューもなければ、それらしきものが壁にかけられている様子もない。

メニューが存在しないのかな。いや、冷蔵庫なんてあるわけがないんだし、有り合わせの物で作るからメニューがないのか?


「店名にもなってる豚の丸焼きさ。豚一頭分ってわけではないけどね。ここの名物だから大概は置いてある。美味しいよ。ただね……」


一拍間をおいて、男が告げる。


「大きいんだな、これが。一人じゃあ、とてもじゃないが食べきれないのよ」


と、いうわけで。と、言いながら、男が身を乗り出してくる。


「半分こにしない? 割り勘で」


「いいですよ」


さては、はじめからこれが目的だったな……。

僕の言葉を聞くや否や、彼は満面の笑みで腕を上げた。


「ミーティちゃーん! 豚の丸焼きひとつ! 取り皿ふたつね! あと、葡萄酒もふたつ!」


耳朶を叩くような大声に、思わず背筋が伸びる。酒場の喧騒の中だとこれくらいしないと聞こえないのかもしれないけど、ビビる。

と、いうか。


「すみません、僕お酒は飲めないです」


本当は飲めなくもないんだけど、明日に差し障るので遠慮したい。

申し訳なさげに断ると、男は鋭い犬歯を覗かせて笑った。


「安心したまえ。2杯とも私のだよ」


「そ、そうですか……」


呆然としていると、店員の少女が木製のジョッキを両手に抱えてやってきた。その足取りは少し覚束ない。


「はい葡萄酒お待ち!」


「ありがとうミーティちゃん。どう、慣れてきた?」


葡萄酒を呷りながら男が尋ねる。


「いやー、まだまだです。叱られてばっかりで……」


「そーかそーか。じゃあ、もっと経験積まないとね。と、いうわけで。少年、君も何か頼みたまえ」


「えーっと、お水頂けます……?」


お酒が飲めない以上、水しか選択肢はない。

オレンジジュースとかないだろうからなぁ。他に何かあるか聞いておけば良かったかな。


「お水ですねー。分かりました」


「結構親しい様子でしたけど、こちらの方は頻繁に来られてるんですか?」


単純な疑問。男の口振りからは、もう何度もここを訪れていることが窺えた。

少女は少し考え込んでから答えた。


「半年に一回くらいですかね? 色んな街に行ってるって聞いたことあります」


失礼しまーす、と笑顔で手を振りながら少女が厨房へと消えていく。

僕は男の方に向き直る。


「行商人とかです?」


「いや、私はさすらいの吟遊詩人さ。無職とも呼ばれるがね!」


そんなに威勢よく言うことではない気がする。

漂流組合はマレビトの保護後、職を斡旋してくれたりはしないのだろうか。


「えーと、貴方もマレビトですよね?」


「そうだとも。貴方なんてよそよそしく言わないでくれ。気軽にお兄さんとでも呼んでくれたまえ」


「……お兄さんは漂流組合から仕事を貰ったりしなかったんですか?」


彼は笑いながら二杯目の葡萄酒に口をつける。


「私は漂流組合に所属していないからね!」


「え」


お兄さんも僕と同じで、何かしらの事情があるのだろうか。

僕の考えを見透かしたように、お兄さんが指を振る。


「ちっちっちー。マレビト全員が漂流組合に所属しているわけではないんだよ少年。教会も保護活動を行っているし、私みたいな無所属の輩もいる」


「教会、ですか?」


「そうそう、聖光教会。あいつらは自分たちが信仰する神々の恩恵を厚く受けるマレビトたちを、神から遣わされた天使だと思い込んでるからね。超特別待遇よ。超イージーモード。でも、牧師や宣教師として各地に派遣されたり、司祭や司教たちの派閥争いに巻き込まれたりで面倒よ」


「お兄さんは、何故どこにも所属されていないんですか?」


漂流組合にせよ、教会にせよ、組織に身を寄せた方が安全だ。この世界の治安は良くない。危険に満ちている。


すると、拍子抜けする答えが返ってきた。


「え? 面倒だから。あっちの世界でしがらみとかそういうの死ぬほど味わったから! 私はこの世界で第二の人生を楽しんでいるのさ」


一瞬呆けてしまう。水と食事が運ばれてきたが、それらがどうでもよく思えるほどには、眼前の男の言葉に圧倒された。


楽しい、というだけで命を含めたありとあらゆるリスクを受け容れる。その選択を、僕はどうしても受け容れられない。


「で、でも危険じゃないですか。死ぬかもしれないんですよ?」


「それならそれでいいんじゃない?」


取り皿に肉を取り分けながらお兄さんが答える。


「例え安全なところに身を置いていたとしても、明日死ぬかもしれない。危地にいたとしても、日は平等に過ぎていく。だが、一日の価値は後者の方が大きいと思うんだ。明日死ぬと思って、今日を懸命に生きる。楽しく、明るくね。死を迎えたとき、積み上げた喜びは多い方が良い」


なんてことはないように、肉を頬張りながら彼は言った。

刹那主義かと思ったが、どこか達観しているような。超然としているような。


「君は今楽しいかい?」


切り分けられた肉が載せられた皿を差し出される。返答に窮し、一瞬遅れて皿を受け取る。


「……正直なところ、辛いことが多すぎて」


適当に、楽しいですと答えればいいのに。口は勝手に心中を吐露していた。

何が辛いのか、と聞かれたら面倒なことになるのは分かっている筈だ。


「そっか」


幸いにも、突っ込まれることはなかった。

……ちょっとしみじみとした空気になっちゃったな。


「いつか君が心の底から笑える日が来ることを願ってるよ。この世界は、何も嫌なことばかりではないからね」


笑いながら、彼が言った。


「私が保証してあげよう。君が辛いこと、困難を乗り越えた先には幸福があることを」


おちゃらけた雰囲気から一転、真面目な、だがそれでいて慈愛に満ちた笑み。思わず呆気に取られる。さっきの発言から何となく察してはいたけど、この人もきっとこの世界で辛いことを乗り越えてきたんだろうな。


「ありがとうございます」


不思議と、彼の言葉をすんなりと受け容れることができた。何の根拠もない言葉なのに、何故か本当にそうなるような気がしてならなかった。


「さて、じゃあ後輩に先輩風をふかしたところで」


空のジョッキを置いて立ち上がる。気が付けば、彼の皿には何も残っていなかった。


「勘定だ。今日は私が奢ってあげよう」


「いや、いいですよ」


「遠慮しなくてもいいとも。その代わり、今度会った時に奢ってくれたまえ」


「……そういうことでしたら」


ご厚意に甘えさせてもらおう。

心の中で謝意を述べる。

大人だな、と感心していた次の瞬間。



「とはいったものの、実は私、無一文なんだ」



「は?」


……は?


え、宿代とかどうする気なのさこの人。

というか、これって金の無心? だとしたら毅然と断るぞ僕は。


「だから、今この場で稼ぐとするよ。君はここで食べながら待っていてくれたまえ」


「え、稼ぐってどうやって」


僕の疑問に、お兄さんはウィンクして答えた。


「忘れたのかい? 私は吟遊詩人なんだぜ」


いつの間にか、ギターのようなものを携えている。

彼は楽器を片手に、暖炉の前へ踊るように身を滑らせた。


「ご歓談中のところ失礼! みんな聞いてくれ! ちょっと諸事情で無一文になってしまってね。今日の晩飯代と宿代をみんなから頂戴したいんだ」


声を張り上げる。


「その代わり、私からはみんなに最高のひと時を贈ろう!」


楽器をかき鳴らしながら、歌うようにお兄さんが告げた。その声は、喧騒の中でもはっきりと聞き取れるほど透き通っていた。

突然の闖入者に観衆は怒るかと思いきや、一様に色めき立つ。野次と歓声が酒場を飛び交う。


「それじゃあ聞いてくれ。英雄になり損ねた賢者の詩!」


お兄さんが歌い始めると、歓声が勢いを増す。

出来上がっている者も、そうでない者も皆楽しそうに歌を聞いている。

どこか牧歌的な光景に、相好が緩む。


「今日を懸命に。でも、明るく、楽しく生きる、か」


大勢の前で歌っている彼は、自身の言葉を体現している。

ありとあらゆる束縛、しがらみに囚われることもなく、自身に縛られることもない。本当の意味での自由人。それがきっと彼なのだろう。


暖炉の中で揺れる炎と影を背に歌う彼。


その歌声に耳を傾けながら、僕は穏やかな時間に身を委ねた。

ゆっくりと、時間が過ぎていく。

……今夜は長そうだ。

マレビト……現代から異世界に行った者たちにも色々いるってことです。

今のところ日本人が出ずっぱりですが、普通に外国人も沢山いますし今後出ます。


私も吟遊詩人みたいに生きてみたいものです。

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