さあ入ってくれ 丁度炉に火を点けたところだ
「26番の方―! 如月さーん!」
「あ、はい!」
変な名前にしてたらこういう時に恥をかくのね。
僕は早足で窓口へと向かう。
「こちら如月さんの探索者組合登録証になります。関所での通行税免除の手形にもなりますので、無くさないようお願いいたします。再発行は有料になります」
「は、はい。ありがとうございます」
差し出された銅製のプレートのようなものを受け取ろうとすると、お姉さんが、あっ、と声を上げた。
「如月さん聖語読めないんでしたよね。失礼しました」
「マレビトの人はみんな読める感じなんですか?」
「そうですねー。探索者の方々は読めない人の方が多いんですけど、マレビトの方は皆さん読めますね。如月さんは流暢に聖語を喋られているので失念していました。申し訳ございません」
マレビトは漂流組合で保護された後、言語の勉強とかするんだろうな。羨ましい。
僕が会話できてるのは単純に、英雄として召喚された補正に過ぎないので全然外国語を喋っている気はしない。
早く文字を読めるようにならないと。
「こちらがお名前で、こちらに魔術師と記載させて頂きました」
お姉さんが逐一指差しで確認してくれる。象形文字に近い。外国語なんて英語以外大体そう見えてしまうけれども。名前のところだけはしっかりと覚えておこう。
「そしてこちらがランクですね。こちら、狩人組合のランクと連動しています。如月さんは現在Gランクですね」
「ら、ランク? G? 狩人組合……?」
なんで英語やアルファベットの概念があるのか、狩人組合って何? と、疑問が連続する。
「ランクは等級という意味です。上から、S、A、B、C、D、E、F、Gとなります。組合に於けるシステムは全てマレビトの方が考案しているので、異世界の言語を採用されているケースもあるみたいです」
システムって聞こえたけど、こういう横文字は僕に働いている言語の補正で勝手に聞こえてくるものなのだろうか。意味合いさえ分かれば良いので、どうでもいいと言えばどうでもいいのだけれども……。
「ランクは探索者としての実績を積むことで上がります。また、能力や危険度の指標でもあります。アールメウムの白鎧迷宮ですとEランクになりますので、Eランク相当の技量が求められる、ということになりますね。如月さんは魔法が使えるので、問題はないかと思います」
オールドマギは否定していたが、一般的には魔法が使えるというのは結構なアドバンテージなのではないだろうか。
少なくとも、2つ上の等級の迷宮に挑んでも問題はないくらいには。
「狩人組合は迷宮ではなく、地元民の依頼を組合に所属する方々に仲介、掲示し解決する組織になります。この組合に所属する人を狩人と呼びます。主な業務として害獣駆除、物資の収集及び調達、魔物の討伐等が挙げられます。いずれも危険が伴いますので、等級が付けられています」
「迷宮以外にも魔物っているんですね……」
今迄聞いていた話だと迷宮にしか出てこないものとばかり思っていた。
今いる街は安全だとしても、外に出たら魔物と遭遇する危険性があるわけか。
そう考えると、舗装された道とはいえマルクスタ家からアールメウムまで何も持たずに歩いてきたのは完全に愚策だったな……。
思えば、オリヴィエと馬車に乗った際も、魔術師であるメイドが同乗していたので護衛がいたことになる。
魔物と遭遇せずにアールメウムまで来られたのは運が良かったと捉えるべきか……。
「如月さんはまだこちらに来て日が浅いんですね。魔物と言っても、そう頻出するわけではありません。迷宮から溢れた魔物が動物と交配することで数を増やし、生息範囲を広げているのですが、常に間引かれています」
迷宮から溢れ出た魔物か。生態系を破壊しているあたり、外来種に通ずるものがあるな……。
榊原さんも、確か迷宮から魔物が溢れたことで都市がひとつ潰れたって言っていたような。迷宮攻略による魔物の討伐は重要度が高いんだろう。だから、犯罪者の手でも借りるわけか。
「他に何かご質問等ございますか?」
「あ、いえ大丈夫です」
「それでは、こちらをどうぞ」
銅製の板が渡される。大きさは保険証と同じくらいだ。
持ってみた感じ、軽くて丈夫そうだ。余程強い衝撃を与えなければ折れたりはしないだろう。
「迷宮行きの馬車は朝と昼にそれぞれ5回出ております。片道銅貨2枚となりますので、是非ご利用ください。それと……」
奴隷として売られた際のことを思い出す。アールメウムに着くまで少し時間が掛かったので、徒歩で向かうのは無謀だろう。迷宮に着いた時に疲れているようじゃ話にならない。
銅貨2枚くらいなら出し惜しみせず、利用するべきだろう。
「二階の部屋に資料室がございます。閲覧料として銀貨1枚頂きますが、白鎧迷宮に出現する魔物の情報や迷宮内の地図等がありますので、宜しければご利用ください」
……商売上手だなぁ。
受付嬢のお姉さんに礼を言い、端のテーブルに腰かける。
「オールドマギ、骨の魔物について知らないか?」
小声でオールドマギに問いかける。
銀貨1枚は大きい。出来れば他のものに充てたい。
『要正式名称。
低級の魔物と予想』
流石のオールドマギでも抽象的な疑問には答えられないか……。
予想してくれただけありがたいが、何せ命に関わることだ。確証が欲しい。
「仕方ないか……」
命あっての物種だ。
最後に資料室で明日の予習をしてから帰るとしよう。
――――
探索者組合を出て、大きく伸びをする。
机に齧りついたのは久しぶりだった。思わず夢中になってしまい、時間を気にせず資料を読みふけっていた。
組合に向かった頃には中天にあった太陽も、今はもう沈みかけている。
だが、時間をかけた甲斐はあった。
僕を襲った魔物の正式名称がスケルトニアであることや、魔法が効くことも知ることができた。
他にも色々と情報を仕入れることができたので満足だ。覚えきれないと判断した分はオールドマギにメモしておいた。凄い嫌がってたけど、他に書くものがないのだから仕方がない。羽根ペンは組合から借りた。
閉店しつつある多くの店を尻目に、大通りを渡る。
服装も改め、奴隷であることも隠したため今日は別の宿に泊まるつもりだ。
昨夜とは異なり、裏通りを行くことはなく、大通りから少し外れた宿の扉を叩く。
「ようこそ、豚の丸焼き亭へ。丁度今、暖炉に火をつけたところです。宜しければ中へどうぞ」
「ありがとうございます」
昨夜とは打って変わって正反対の真摯な対応。奴隷という身分さえなければ、これがスタンダードな対応かと思うと泣けてくる。
店内は少し寒気を増しつつある外とは違い、暖気に満ちていた。暖炉が煌々と燃えており、店内を薄く広く照らしている。
「一泊したいんですけど、まだ部屋は空いてますか?」
ここの宿屋は一階が酒場で、二階が宿泊用の部屋となっている。
僕ははじめ、ここを酒場だと思っていたので近寄っていなかったが、今日の買い出しでここが宿屋だと聞いたのだ。奴隷であることさえ隠せば、マレビトであろうとも、みんなまともに口を聞いてくれる。
石造りの建物で、外観はどこか無愛想且つ無機質に見えたが内装はとても暖かだ。動物の毛皮が壁に貼られていたり、手作りと思しき木彫りの熊がカウンター脇に鎮座している。
「ええ、まだ空いていますよ。一泊銀貨2枚になります」
「良かったです、まだ空いていて」
安堵の息を零す。
店主が帳簿に筆を走らせながら、朗らかに笑う。
「この時間帯はどこも混み始めますからね。大通りの宿屋はもう満室だと思いますよ。お客さんもその口でしょう?」
「いや、僕は今日ここにすると決めていたので」
「おや。それは宿屋冥利に尽きますな。他の商人からお聞きになられたんですか?」
「ええ。古着屋の店主から」
「あー、あいつですか。今度エールの一杯でも奢ってやらにゃなりませんねぇ」
どうやら顔見知りのようだ。宿屋の店主は恩を売られた形になるのかな。
店主の笑いにつられて僕も笑う。
「お客さん、何か食べて行かれます?」
「ええ、じゃあ少し」
「ミーティ! お客さん一人追加だ!」
店内をお盆片手に忙しなく駆ける少女に店主が叫んだ。少女はこちらに目を向けることもなく、はーい! と声を返した。フロア勤務を経験していたから分かるが、あの子はまだ働き始めたばかりなのだろう。余裕がない。
「娘さんですか?」
「ええ。最近見習いとして働かせ始めました。温かい目で見守ってやって下さい」
「僕も以前似たような仕事に従事してたので、難しさは分かります。一度に大勢くると焦ってミスを連発してしまったり……」
「そうなんですよ。早く一人前になってほしいものです。理解のあるお客さんで良かった。さあ、こちらの席にどうぞ。相席になりますが宜しいですか?」
「大丈夫です」
「お客さんもよろしいですか?」
テーブルに座っていた男が帽子のツバを上げる。
「ええ、構いませんよ」
艶のある声が耳に入る。
「どうやら、同郷の者のようですし」
覗いた顔は、端正に整った東洋人のものだった。




