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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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金貨の重み

「如月君の能力は、魔法文字を読めることだね」


オールドマギとの契約の後、榊原さんが言った。


「……魔法文字ですか?」


首肯される。


「ああ。魔法文字(ノーツ)と呼ばれるものだ。一般的な言語とは違って、魔法のためだけに存在する言語。魔法の研究者にしか読めない文字だよ」


「魔法使いなら誰でも読めるってわけじゃないんですね」


「機械の使い方を知っていても構造を理解していないのと同じさ。契約さえすれば魔法は使える。中身を気に掛ける人はそういない。

如月君は叡智の神の加護を受けたということになるね」


確かに、携帯電話やパソコンを使う人たちが全員構造や原理を知っているわけではない。そう考えると得心がいく。

だが……。


「なんか、パッとしないですね」


「大きなアドバンテージだと思うけどね、私は」


叡智の神は知識を司ると言っていたけど、どうせならもっと汎用性の高い加護を授けて欲しかったものだ。魔法文字が読めなくても魔導書と契約できるなら猶更だ。


「そうですか?」


「魔導書の販売には、魔法文字を読める鑑定者による鑑定書が必要なんだ。それがない魔導書は中身が分からないので値段が落ちる。如月君のように魔法文字を読めれば安値で良い魔導書を買うことができるわけだ」


掘り出し物を見つけるのに適しているってことか。

それができるということは……。


「もしかして、高値で転売できたりします?」


契約さえすれば魔法が使えるようになる以上、高価なものに違いない。

それを安く買い、高く売れば身銭を心配する必要はなくなるのでは。

僕の甘い考えを打ち砕くように、榊原さんは首を横に振った。


「鑑定者には信用が必要だから無理かな。少なくとも、伯爵以上の貴族による後援が必要だね」


「要資格、って感じですか……」


求人要項に記載されたその言葉を見て、何度落胆したことか。

まさか、異世界でも資格が必要になるとは……。


「それに、魔導書は如月君が思っているほど需要が高いわけじゃないよ。何せ、扱える人間が限られるうえ、自身の適性にあった魔法じゃないと契約しても意味がないからね」


「え、それじゃあ……」


傍らに置かれたオールドマギを見遣る。

いかにも危険そうな契約を交わしたが、それが無意味な可能性もあるということか。


「これ、使えない可能性があるんですね……」


嘆息する。魔法を使えるようになると思ったが、まず自身の適性を知らなければいけないとは。


「じゃあ、まず僕は自分の適性を――」


知る必要があるんですね? と、問おうとしたところで。僕の言葉を遮るようにページが捲れる音がした。


『契約者の魔法適性は水、風、闇。

 いずれも私が有する魔法故、その心配は杞憂と言える』


紙面の奥から滲み出るように、黒字が浮かんできた。


「え、喋った?」


正確には喋ってはいないけれども。

僕の言葉に反応したことは確かだ。


「榊原さん、魔導書って喋るんですか?」


「いや、それは絶対にあり得ない」


断言する。榊原さんも動揺している様子だった。


「オールドマギ。君は本当に魔導書なのか?」


榊原さんが疑念をぶつける。

しかし、オールドマギは何も反応しない。


「たまたまだったんじゃないですか? 確かに、魔導書かは怪しいですけど」


きっと誤作動か何かでしょう。と、僕が笑うと、またしてもオールドマギに文字が浮かぶ。


『私は紛れもなく魔導書だ。

 術者を補佐し、導くために存在している。

 その証左を見せよう』


「うわまた喋った」


僕の感嘆には応じず、ページが捲れて大量の魔法文字が記された箇所で止まる。


『水魔法『水針(ヴァサナデル)

 水の初級魔法だ。

 私は術者の力量と適性に応じた魔法を順次公開する』


それってつまり、今後扱える魔法が増えるってことだろうか。

だとしたら、他に魔導書を購入する必要がない。費用を抑えられる。

思ったよりも使えるな。


「どうやら、如月君にしか反応しないみたいだね」


榊原さんが苦笑する。

僕が契約してしまった所為だろうか……。


「すみません。いつか必ず弁償します」


使い物にならなくしてしまった原因が僕だとしたら。親切心に縋るあまり無礼を働いたのではないかと、後ろめたい思いが利便性より勝る。


「いや、気にしなくていいよ。元々メモ帳代わりに使おう程度にしか考えてなかったから。如月君が持っていくといい」


「すみません。ありがとうございます」


「ただ、魔導書に関しては、あと二点ほど問題が残っていることを忘れないでほしい」


「問題ですか」


異例のことが起きすぎて問題だらけな気もするけれど。


「魔法を使うには練習が必要なこと。そして、魔導書を携帯しなくてはならないことだ」


「なるほど、携帯と練習……」


確かに、魔法を使う度に出し入れするのは不便だ。常に片手を塞ぐわけにもいかない。

加えて、練習しないと魔法が使えないとなると、即戦力にはならない。

と、なると。まずは練習をしつつ、携帯する手段を探すことから始めるべきかな。


『私を携帯する必要はない。

 私はエンドと宣言すれば消え、コールの声で手元に召喚される。

 魔法に関しても、私が補佐するため魔法を使えるようになるための練習は不要』


「一気に解決しましたね」


「本当に魔導書なのかな、これ」


榊原さんもどこか困惑した様子だ。

そして、反応しなかっただけで榊原さんの声も普通に聞こえているみたいだ。

だとしたら、性格悪くないかこいつ。そういう仕様なのかもだけど。


「まあ、それならそうで問題はないか。あとは、これだね」


言って、懐から金貨を取り出す。


「お金ですか?」


「うん。これはリルと言ってね。この世界で最も普及率の高い通貨だ。金の含有量も多く、信頼度も高い。他国を併呑した最近は特に、ね」


手に取って見てごらん、と金貨を一枚渡される。

大きさは500円くらいか。重さは見た目以上にある。中央には男の顔らしき意匠が施されていた。


「1枚あたり日本円で1万円ちょっとだね。庶民の平均日給と大体同じ。そしてこれが、銀貨と銅貨。この下に小銅貨っていう、1枚当たり10円の硬貨もあるんだけど、今は持ち合わせてないんだ。ごめんね」


僕は金貨を返し、銀貨と銅貨を手に取る。

銀貨の大きさは100円より少し大きい程度。銅貨も同様だ。

銀貨には祈りを捧げる女性の姿、銅貨には小麦と思しきものが刻まれている。


「銀貨は1枚あたり1500円前後。銅貨は大体100円かな。銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚と覚えておけばいいよ」


「だとすると、小銅貨は10枚で銅貨1枚っていう認識であってます?」


「うん、問題ない」


小銅貨10枚=銅貨1枚

銅貨10枚=銀貨1枚

銀貨10枚=金貨1枚

図式としては、こんなところか。

よし、覚えた。金に関することなら僕は絶対に忘れないという自信がある。


「それじゃあ、最後にこれを」


銀貨と銅貨を返すと、小さな皮袋を差し出された。袋の中で金属同士の擦れる音が聞こえる。

聞き間違える筈がない。僕の大好きな音だ。


「え、お金ですか!?」


「ああ。丁度金貨10枚ある」


「いや、でも受け取れませんよそんな!」


ただでさえ魔導書を貰ったのに、これ以上は受け取れない。

それに、漂流組合は僕を支援することはできない筈。

遠慮する僕に対して、榊原さんが毅然とした態度で言い放つ。


「心配は要らない。これは私個人からの餞別だ。それに、まとまったお金がないと君は生きていけないよ。魔導書だけじゃ、まずは野盗になるところから始めなきゃいけなくなる」


「でも、探索者にはなれますよね?」


「組合に登録料を払う必要がある。それに、碌な装備もないまま攻撃を受ければ即死だ。それでも良いと言うのなら、私は止めないけれど」


榊原さんの言い分は最もだ。何の反論もできない。


「まずは服と鞄を買うといい。

衣食住関連の物価は、私達マレビトが行ったインフラの整備や農業、畜産業等の改革により昔日の頃より遥かに安価になっている」


「……分かりました。でも、流石にこんなには頂けないです」


「如月君」


神妙な顔つきで僕を見つめる。


「残念ながら、私はこれ以上君の助けにはなれない。漂流組合もだ。君が思っている以上に、この世界は過酷だ。受け取れるものは何でも受け取っておくべきだ。ここでは、遠慮は美徳ではないんだよ」


元居た世界と、この世界での日々を思い返す。金が必要なのは共通していて、それが理由で僕は向こうでもこちらでも苦労した。

これ以上断る理由は、ない。


「分かりました。ありがとうございます」


深々と頭を下げる。


受け取った金貨は、やけに重かった。

金貨3g 約1万2000円

銀貨5g 約1200~1500円

銅貨12g 約120円

小銅貨1枚あたり約10円


含有量と価値はこんな感じです。

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