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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
33/107

夜襲

滑り込みセーフです。

日は既に沈み切り、月が雲間に顔を覗かせている。

大通りは昼間の喧騒とは打って変わり痛いほど静かだ。

僕は背後を振り返り、木窓から手を振る榊原さんに深々と頭を下げた。

ポケットに入れた皮袋を握りしめ、中にある金貨が音を立てないようゆっくりと歩き出す。

この時間帯になると営業している店は少ない。店の木戸から僅かに光が漏れてくるのはどれも酒場や宿屋くらいだ。


僕は市場から離れた宿屋を目指す。大通りにある店は他の通りにある店と比べると値段が高い傾向にあることを、僕は昼間の売り込みで知っている。数字は読めなかったが、やり取りしていた貨幣の枚数が違っていたので僕でも理解できた。

極力大通り沿いに歩いていく。


この世界では金貨1枚の為に盗みや人殺しを行う人間がいる。だから、夜の行動はくれぐれも気を付けるようにと榊原さんから忠告を受けたからだ。治安の悪い国からやってきたマレビトですら、用心していたにも関わらずスリの被害に遭ったり、襲われたりといったことがあるらしい。治安の良い日本に住んでいた日本人は断トツで被害者数トップだとのこと。僕が用心しない理由がない。


少ないが、大通りなら夜でも人を散見できる。襲われる確率は他の通りよりも低い筈だ。

問題は、離れの宿屋に行くまで幾らか裏通りを通らないといけないこと。


「……祈るしかないな」


盗賊に出くわさないよう、僕は内心祈りながら角を曲がり大通りから外れた。

狭隘な裏路地へと入る。足音がやけに響くのが気になった。

体格の良い人間ならば襲われにくいと聞いたが、欧米諸国の人間と比較すると僕は細身だ。肉体労働で多少は鍛えているといっても、ひと目見て分かるほど筋骨隆々というわけではない。

僕が盗賊だったら間違いなく襲うだろう。


そんなことを考えていたからだろうか。

宿屋まであと少しといったところで彼らは現れた。


建物の影から月明かりの下に身を晒す。その容貌は盗賊というよりは山賊のイメージに近い。体格の悪い人間が生業にするには不利なので当然と言えば当然か。


「おいおいおい。只の旅人かと思いきや高級奴隷じゃねぇか」


夜の街に濁声が響く。


「そんでもってその顔つきだ。お前マルクスタが競り落とした奴隷だな?」


「おい兄弟、こいつはツイてるな! ここでこいつをとっ捕まえればマルクスタに恩を売れるぜ」


「馬鹿かおめぇ。恩よりも金だ! 奴隷商に売り渡せば1000万はくだらねぇんだぞ!」


ひげ面がいやらしく喜色に歪む。

彼らのような末端の人間にも僕のことが知れ渡っているのか。オリヴィエの敷いた箝口令は完全に無意味だったようだ。魔女の言っていたことは正しかった。


「なぁ、マレビトさんよ。大人しく投降してくれねぇか?」


腰にぶら下げていた鞘から抜剣しつつ、盗賊が言った。


「じゃねぇと、お前を傷物にしちまう」


切っ先が向けられる。獣のような瞳孔が僕を見つめていた。

あからさまな殺意に一瞬怯みかける。だが。


「……そんなもの慣れてる」


小さく呟く。

人からの悪意、殺意ならば僕は掃いて捨てるほど経験してきている。獣のような瞳孔の奥に見え隠れする殺意を、嫌というほど見てきた。

流石に剣を突きつけられるのは初めてだが、包丁を向けられた時の延長線上にあると考えればそこまで怖くはない。

僕は牽制するように手を突き出す。


「コール!」


宣誓するように声高に叫ぶ。僕の呼び声に呼応してオールドマギが左手に出現する。

もう、一方的に搾取されてきた頃とは違う。今ならば、暴力に対抗するだけの力がある。


「剣を抜いたからには、同じく剣を抜かれることを覚悟している筈だ」


突き出した手はそのままに、言い放つ。


「お前、魔術師だったのか……!」


「兄弟、魔術師相手は分が悪すぎるぜ!」


前方の二人組はあからさまに動揺していた。

僕は追い打ちをかけるように『詠唱』を開始する。


「『水滴よ、貫け』」


オールドマギのページが風にあおられるように激しく捲れる。

詠唱に反応して虚空より現出する針をかたどる水の塊。その先端は鋭利極まり、人を殺めることに特化していると思わされるほど。

僕はその刃を盗賊に向ける。

オールドマギが該当する魔法の記されたページを開き、ページを捲る勢いが止まった。

歯を食いしばり、双眸を見開く。


「『水針(ヴァサナデル)』ッ!!」


瞬間、銃声に似た発砲音が響く。宵闇を切り裂くように水飛沫が駆け――。


――盗賊たち二人の足元を穿った。


弾丸に勝るとも劣らない速度と威力。舗装された道が抉れ、裏返っている様に術者である僕ですら絶句する。当てるつもりはなかったとはいえ、あんなものが人に当たったらと思うとゾッとする。

当然、そんなものを向けられた彼らの動揺は僕以上なわけで。


「退くぞ! あんなの喰らったら死んじまう!」


金切り声を上げ、夜の闇に逃げ帰っていく。

その足取りに先ほどまでの威勢は微塵も残っていない。

無理と悟ったらすぐ逃げる。無謀と蛮勇を知っているからこそ、彼らのような人間が生き残っているのかもしれない。


「少し、倦怠感が残るな……」


健全な思考とは裏腹に身体が僅かに重く感じる。ちょっと寝つきが良くないまま、翌朝を迎えたような疲労感。これが魔法に対する代償か。

オールドマギのページが捲れる。


『体内の魔力を使用した影響。

 今後は威力を抑え、魔力の消費を抑えることを推奨する』


僕の疑問に答えるように文字が浮かぶ。


「不思議だよな、本当」


榊原さんが言っていたように、この魔導書は普通ではない。

まるで意志を持っているかのように、僕の言葉に応じるのだ。

正確には、僕の言葉にのみ反応する。榊原さんが話しかけても反応する素振りは見せなかった。


やはり、最初にした契約が関係しているのだろうか。

自分が持っていても宝の持ち腐れだからと榊原さんがくれたのだが、非常に後ろめたい。

僕が勝手に触った所為で起動させてしまったみたいだし……。

とはいえ、これ以上ないほど最適な物を貰えた。力と知識、その両方が一度に手に入るのだから。一挙両得とはこのことか。


因みに、オールドマギは何でも知っているというわけではないらしい。魔導王の居場所を尋ねても不明としか返ってこなかった。

まあ、そんなに上手くはいかないか。


「威力を抑える、か。意識すればできるのかな」


『意識すればこちらで補佐し、調整する』


「……助かるよ」


本来であれば魔法を使用するにも修練が必要になる。それにも関わらず素人である僕が扱えているのは偏にオールドマギの補佐があるからだ。

ここにきて今迄の不幸を清算するような幸福に涙を禁じ得ずにはいられない。

僕の感動を余所に、オールドマギの文字が滲み、別の言葉に形を変える。


『契約者の力量及び親和性を確認。

 期待値を超えたものと認定。お見事』


「ど、どうも……」


本に褒められたのはこの世で僕ただ一人だろう。

緊張感が削がれるな……。


『故に、汝を真の契約者と認め私の眼を授けよう』


「……は?」


次いで現れた文字に疑問を浮かべたのも束の間。

眼を刺し貫いたような激しい疼痛が僕を襲った。

右眼の奥が何かと繋がるのを感じつつ、僕は声を抑えて意識を保つ。

こんな裏通りで気絶しようものなら、目が覚めた頃には一文無しだ。


「何をした、オールドマギ」


痛みに奥歯を食いしばり、憎悪を隠さず魔導書に問いかける。


『私は千年の間待っていた。

 私の後継となる存在を。

 これはその証』


僕の痛みなど知らないとばかりに、魔導書が語り始める。


『名を、誓約の魔眼(ミリオンガンド)

――即ち、万物を観測する力也』

やっと書きたいところまで来られました。

前座が長すぎましたね。ほんと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ようやく話が動き出した。 [一言] この作者さんだからちょっと強くなったくらいじゃ全然安心できないけど、ようやく一息といったところでしょうか。
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