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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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血の契約

本日二度目のワクチン接種を受けました。

副反応が酷い場合、明日投稿するのは難しくなるかもしれません。

「マレビトが元の世界に帰った事例はないんだ」


「どういう……ことですか?」


不幸に次ぐ不幸。前途多難であることは承知していたが、不可能に近いレベルだとは考えてもいなかった。

考えたくもない現実が脳内を埋め尽くしていく。

無理、諦め、無駄、諦観で満ちていく。

もう何度目だ。残酷な現実を突きつけられるのは。


「世界を超える魔法を開発できたのは彼だけだ。如月君を呼び出した召喚魔法のことだね。だから、別世界に帰す魔法を作れるのも必然的に彼だけということになる。

そして……」


二の句が継がれる。



「彼に出会った人物は存在しない」



歯ぎしりする。

分かってはいた。分かってはいたが……。


「正確には、没後の彼だ。公的には死んだとされているからね」


一万年前の人物。死んだと考えるのが普通だ。

苦悶する僕を一瞥して、榊原さんが優しい口調で語り掛ける。


「悲嘆することはない。モニカ嬢が会えると言ったのなら間違いはない。問題は、彼女の言った『救済』の語義が明確ではないことだ。

そして、彼女の語った魔導王が魔法や概念で迷宮の中に眠っている可能性も否定できない。迷宮を攻略することがモニカ嬢の言う『救済』であるならば辻褄は合う」


寧ろ、一万年前の人物が生きているよりもそちらの方が合理的だ、と付け足す。


「迷宮攻略が『救済』、ですか」


「迷宮内には過去の遺物である魔法が多く眠っている。その中に世界を渡る魔法があるかもしれない。それが魔導王である、というのであれば迷宮攻略が『救済』に当てはまる」


救済というと、この世を救うといった漠然としたイメージばかりが先行していたが、確かに、何に対しての救済なのかは明確化されていなかった。

救済の果て、と言っていた以上、救済という単語が場所を指している可能性すらある。


「迷宮については分からないことが多い。過去勇者が討伐した魔神の出現に伴って各地に発生したとされている。

ただひとつ、確かなのは放置しておくと迷宮内から魔物が溢れてしまうことだ。実際に、それが原因で都市ひとつが潰れた。

だから、迷宮攻略が将来的に何かしらの『救済』になり得るのは考えられなくもない」


迷宮で骸骨に追い掛け回されたことを思い出す。あんな存在が迷宮外を闊歩すると考えると末恐ろしい。探索者のように戦える存在でなければ虐殺されるのは目に見えている。

それを防ぐことが『救済』で、『英雄』として呼ばれた僕の責務であると考えると納得がいく。

いかにも英雄らしい行為だ。


「そして、迷宮を攻略する探索者は人種性別経歴問わず誰でもなれる。危険だが、見返りも大きい」


奴隷でもなれる、ということか。雇用先が見つからない現状、最適解であるには間違いないだろうけど……。


「如月君も理解しているだろうけど、最悪のケースを考え、力を付けつつ元の身分を取り戻せるだけの金は用意しておくべきだろう」


マルクスタ家が奴隷売買の証拠隠滅のため僕を抹殺しにくることだろう。金額も莫大故、損益を取り返す為転売される可能性もある。


つまるところ、借金。2000万リル……そのまま円に置き換えても莫大な金額だ。

ドル換算だと20億。探索者がどれだけ稼げるのは分からないが、すぐに返せる金額ではないことだけは理解できる。

金を用意する前に殺されることもあるならば、力をつけなければならないのは必然だ。及び腰になっていてはいけない。

命を懸けることになっても。


「そのためにも、まずは自身の能力を知ることから始めた方が良い。マレビトはこの世界の人々より強力な神の加護を得られるからね」


「神……ですか?」


オリヴィエも似たようなことを言っていた気がする。

そのときは、とてもじゃないがそんなことを気にかけている状態ではなかったので問わずにいたが、神による加護があるということは神々が実在するということなのだろうか。


「聖光教という国教が掲げる神々のことだよ。6柱の神が存在し、それぞれ豊穣、戦、理、技芸、叡智、太陽を司っている」


「どのような恩恵があるんですか?」


戦や叡智は何となく分かるが、太陽とかは微塵も推測できない。


「字面や響きだけだと分かりづらいよね。豊穣は商才、容姿を。戦は筋力や体力、理は道理を捻じ曲げ、技芸は器用さ、叡智は知識、太陽は希望を司る。太陽に関しては勇者や聖女といった伝説上の存在しか恩恵にあずかれないから忘れてもいい」


豊穣や戦、太陽は慮外と考えていいな。

目に見えて分かりやすそうな恩恵ではない、と考えていい筈。


「まあ、すぐに分かるものじゃないよ。おいおい分かる筈さ。それまでは……」


言いながら、脇に寄せていた鞄を探り始める。


「魔道具っていう魔法が込められた道具を渡しておくよ。幾つかあるから好きなものを見繕うといい」


鞄の中身が次々とテーブルに陳列されていく。一見すると只のアンティークにしか見えない品の数々。鏡や指輪、マントに腕輪にティーポット。バザール等で、安値で出品されていそうな物ばかりだが、特殊な道具である以上きっと高価なものなのだろう。


ふと、その中に埋もれるように一冊の本があるのを見つけた。

何とはなしに、手に取ってみる。


「ああ、それ。ただの古い本だよ。ここに来る道中、知り合いに貰ったんだけど……」


「オールド、マギ……?」


凄く古臭い本だ。某中古店でも100円で扱われていたり、ワゴン売りされていたりしそうな無価値に見える一冊。


タイトルは見たことのない言語で書かれているが、何故か理解できる。できてしまう。

マギ、という言葉は分からないがオールドは古いという意味だ。何かが古いのか。妙に惹きつけられる。思わず片手が本を開いていた。

ハードカバーを捲ると、分厚い量の白紙が目に入る。メモ帳なのだろうか。何の記載もない。


「……読めるのかい?」


「え、ええ。タイトルだけ」


先程とは打って変わり、驚いた相貌を見せる榊原さん。

本からから顔を上げて答えた、その一瞬。

無造作にページが捲られる。紙が撓む特有の音に視線が引き戻される。


――僕は本を触っていない。


慌てて本に触れるも、別の疑念が浮かぶ。


「おかしい……」


紙質が余りにも良い。良すぎる。

元居た世界では当然のことだったが、パピルスでも、羊皮紙でもない。幼い頃から触れてきた現代の合成紙そのもの。この世界に存在しない筈の物質だ。


「榊原さん、これ……」


一体何の本なんですか。そう問いかけるよりも早く、ページが捲れていく。


「――痛っ!」


物凄い勢いで捲れる紙片が僕の指を掠めていく。鋭利な角が皮膚を裂き、血が露出する。垂れた一滴の血は、水面に広がる波紋のようにページに染みていった。

……やってしまった。後悔の念が浮かぶと同時に、ページを捲る勢いが止まる。丁度、僕の血が染みた箇所だ。

怪し気な挙動が収まったのも刹那。突如として付着した血が消失し、それが呼び水だったかのように赤い文字が浮かんだ。



『――マレビトの血を認識

登録者認証、完了

同期を開始する』



「え、ど、同期……?」


迷いも束の間。本を通して、何かが僕の脳裏を駆けていく。

脳を取り出して、脳髄を入れ替えたかのような冷える感覚。脳漿が搔き乱される一瞬の不快感と共に、再度文字がページに浮かび上がる。



『同期完了

言語設定:日本語

使用者の同意を確認する』



まるでパソコンの初期設定のような字面。読み終わると同時に、文字が滲み溶け消えていく。

溶けた絵の具のような滲んだ赤色が、徐々に再び文字を模る。




『――汝、深淵を垣間見る覚悟はあるか

覚悟があるのなら、頁を捲り、名を綴るが良い』




唾を飲み込む。全身が緊張感で麻痺しているような感覚に陥る。

ゆっくりと、ページが捲られる。



『誓約せよ、千年の呪いを解き明かすことを

さすれば私の力を授けよう』



ページ上部に浮かぶ文字。その下には、名前の記入欄らしき下線が引かれている。


「なんだ、これ……」


突然の展開に頭が追い付かない。

だが、疑問や不信感とは裏腹に、僕はこの本から目を離せずにいた。


「榊原さん……」


「……なんだい?」


これが尋常じゃないものだとは分かっている。怪しいにも程があるし、得られるものも失うものも分からない。

慎重に決断しなくてはならない筈なのに。それなのに。



「書くもの、持ってませんか?」



――僕は、文字を見た瞬間にサインすることを決めていた。


「これは恐らく魔導書だ。契約すれば魔法が使えるようになる」


榊原さんの声がどこか遠い。


「だけどこれは普通じゃない。中身が白紙の魔導書なんて聞いたこともないし、サインが求められることなんてない」


その声は、珍しく狼狽している風に聞こえた。


「……それでも、いいんだね?」


「はい」


即決する。


榊原さんは僕を咎めることもなく、羽根ペンを渡してくれた。


……恐れることは何もない。

僕は既に、失うものなどありはしない。これ以上……いや、これ以下はないってほど底辺にいる。

視線を落とす。

古びた本……オールドマギは、僕の意志を待っているように見えた。

僕は躊躇することなく、自身の名を刻んだ。

再びページが捲られる。



『契約完了』



素っ気ない一言が浮かび、何の説明もないまま消えていった。

僕はただ、呆然と白紙を眺めていた。

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