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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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漂流組合

「落ち着いたかい?」


「……すみません、取り乱してしまって」


「謝ることはないさ。誰だって初めは混乱するものだよ」


柔らかい笑みを浮かべて、彼は杯に口をつけた。


あの後、僕は裏通りからアールメウム最上級と思しき宿屋に連れていかれた。

宿屋の主は僕を一瞥するなり一瞬怪訝な顔をしたが、特に何も言われることはなかった。

内装は豪奢の極み。品位のない派手さとは正反対に位置する質実剛健、それでいて落ち着いた雰囲気。VIP御用達の店という感じだ。


いや、事実そうなのだろう。種々雑多な人間がいて、僕みたいな奴隷が混じっていても何も言われない。つまるところ、金さえ積めば口を閉じてくれる。

それどころか。


「悪いね。もう市場が閉じてるから、質素なものになるけど」


「い、いえ。十分です」


眼前にはパンとスープに水。マルクスタ家で与えられていたものと遜色ない内容。パンはスープに浸して食べる前提で硬く、スープもどこか薄味だが、食べ物にありつけるだけでどれだけ幸福なのか、僕は身に沁みて知っている。


これがこの宿に於いて余り物で作られたという事実と、頼めばすぐに出てきたという事実に驚愕の念を禁じ得ない。

我慢できているとはいえ、空腹なのは事実。僕はがっつきたい欲求を抑え、パンをちぎる。


「さて、名前を聞いてもいいかな?」


食事が終わり、食器を片してもらって暫く。僕の様子を見計らって彼が口火を切った。


「えーっと……」


ここまで連れてこられてなんだが、僕は彼を信用しきれていなかった。

食事までもらっておいて何を、と思うかもしれないが僕は既に一度騙されている。

例の探索者の男だ。親切心に縋った結果奴隷になったのだから、慎重になってしまうのも致し方ないだろう。


だが、同郷の人間を信じたいのも事実だ。

故に、僕の心は激しく揺れていた。

僕の心中を察したのだろう。男は懐を探りながら笑う。


「安心してほしい。私は漂流組合の一員だ。地球人の味方、つまりは君の味方さ」


漂流組合……! 確か、マレビトの保護活動を行っている組織だ。

魔導王の次に会いたいと思っていた存在。まさに渡りに船。ここにきて漸く幸運に恵まれたか……!


「こうは言っても信用できないかな。では、私から名乗ろう。

私は榊原。日本の元銀行員だ」


ボロボロの紙片を差し出される。

……名刺だ!

太字で榊原一郎と記載されている。


「多少は信頼できたかな?」


「は、はい……」


名刺というより、誰でも知っているような大手銀行の名前が載っていたことに委縮してしまう。超エリートじゃないかこの人。異世界では関係がないかもしれないが、眼前の男……榊原さんが優秀な人である裏付けには変わりない。

それに、この世界では名刺を作る技術力はない筈。こればかりは偽れない。


加えて、榊原さんが僕を騙すメリットはない。高級な宿屋に泊まれるだけの金銭を持ち、自らもマレビトである彼が僕を欲する理由がないからだ。オリヴィエは僕の知識を欲していたが、榊原さんには不要だ。榊原さんの方が経済に関して一日の長がある。何せ元銀行員なわけだし。


今度こそ確信して良い筈だ。助けの手が差し伸べられたことを。


「申し訳ないけど、元の世界から持ってこられた数少ない一品でね。悪いけど、返してもらえるかな?」


「あ、すみません」


どもりながら震える手つきで名刺を返す。元居た世界から持ってきた品を大切にしたい気持ちは僕にも分かる。


「あ、えーと。如月宗一と言います。よろしくお願いいたします」


何をよろしくしろっていうんだ、と内心つっこむ。慌てて名乗った所為だ。

何度も面接を受けた関係上、目上の人間と一対一で話すことには慣れている筈なのだが、どうも緊張していることを否めない。夜通し歩いた後に自分の売り込みまでやった肉体的疲労、究極の二択を迫られたうえ雇用先が見つからなかった精神的疲労が祟っているのかもしれない。


「うん、よろしく」


案の定、榊原さんが苦笑する。


「さて、如月君は気が付いているかな?」


榊原さんが仕切りなおす。

気が付いている、と聞かれても何のことか分からない。

まさか、さっきの食事に何か盛っていたのか……? いや、そうだとしたらここで口に出す必要はない。

僕の思案顔を見て、一人納得した様子で榊原さんが頷く。


「如月君、君は今何語で会話してる?」


「日本語です」


「やはり、そういう認識だったか。如月君、私はここまでメジャーな言語を始めとした5種類の言葉で君と会話していたんだよ」


「……え?」


全部日本語にしか聞こえなかったんだけど……。


「私が如月君に気が付けたのも、日本という単語が聞こえたからだ。日本語が聞こえたからではないよ」


「……僕、何語で喋ってたんです?」


「聖語という、最もメジャーな言語だね。英語みたいなものだと思えばいい」


じゃあ、僕が大声で喚いていた内容全部他の人にも筒抜けだったのか……。

日本語だから分からないだろう、という安直な考えで叫んでいたというのになんたることか。


「多分、直前に喋っていた人の言語が反映されていたんじゃないかな」


「……なるほど」


オリヴィエか。

確かに、彼女ならその聖語? というもので喋っていてもおかしくはない。


「そして、この言語能力こそ君が高額で売られた理由だろうね」


榊原さんが僕の首元を指さす。


「マレビトだから、ではなくてですか?」


「無論、それは大前提だ。喋れるマレビトだから、高値がついたんだよ」


オリヴィエが初日で言っていたな。保護されていないマレビトでも、言語を解することができなければ意味がないとかなんとか。

というか、榊原さんも僕が売られたことを把握しているのか。まあ、首輪を見れば一目瞭然だけれど。


「2000万リル、というのは異常な金額だ。幾ら聖語を解せるといってもね」


「ん?」


「如月君はバイリンガルどころじゃないんだよ。マレビトである価値以外にも、通訳としても使える」


「は、はい……?」


それに一体何の価値が……?

複数の言語を解する奴隷なんて他にもいるだろうに。


「……社長の横に有能な秘書がいると様になるだろう?」


「ええ、はい」


「そういうことだよ。珍しいだけでなく、優秀な存在を傍らに置いておけば界隈でも一目置かれることは間違いない。特に商人ならね」


なんとなくだが、分かってきた。確かに、希少且つ有用となればマニアやそうでない人からも需要があるから高値がつく。プレミア価格? ってやつか。

何かそういう需要のあるものを買わせるバイトとかあったな……。やらなかったけど。


まあ、僕にそういった価値があったからこそ奴隷市場にいた商人は最後まで僕を競り落とそうとしていたんだな。


「如月君は知らなかったみたいだけど、そういう触れ込みで売られていたみたいだよ。多分、何人かと喋ったから露見したんじゃないかな?」


「……心当たりはあります」


値段表のようなものを付けられたときや、奴隷商に声をかけられたとき。普通に返事してたからなぁ。

あのときはみんな日本語で喋っていると認識していたから、気が付けなくても仕方がないけれども。


「意外と色んな人の耳に入っているんですね……」


「だからこそ、如月君を見つけることができたんだけどね」


「……探してくださってたんですか?」


「ここには偶然立ち寄ったとはいえ、マレビトの話を聞いた以上はね」


漂流組合がマレビト……僕のような異世界人を保護する活動を行っていたというのは本当だったのか。

そうであれば、ひとまずは安心といったところだろうか。


「怪我の功名ですね……。良かったです、見つけて頂けて。確か、漂流組合は僕のような異世界からきた人間を保護されているんですよね? 奴隷商の人が言ってました」


「そうか。ならば話は早い」


保護に関する話だろう。今後の身の振り方、職業適性、一般常識、そんなところだろうか。

少しの沈黙ののち、榊原さんが意を決したように顔を上げる。

その面持ちは、先程とは打って変わって暗い。

……嫌な予感がする。




「悪いけど、漂流組合は君を保護できない」




「……え?」


申し訳なさそうに、榊原さんは告げた。


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