魔女との邂逅
導入を新規に追加致しました。
初話で、時系列は序章中盤になります。
なんでああなってしまったか予想してみると面白いかもです。
あと、作中にもありますが宗一君の妙な知識は図書室で得た物が殆どです。
「領主が徴収する税金を一部免除する」
「……え?」
オリヴィエの表情が固まる。猫が時折見せる虚無を湛えた顔に近しいものがある。
それも無理はない、金を得る献策をしろと言われたのに真逆のことを提示されたのだから。
だが、話には続きがある。
「具体的には、市場税を免除する。その代わり、売上額の2割を税収とする」
これは楽市楽座と累進課税制度を参考にしたものだ。多くの国が一部の金持ちの税金により運営されている、その構図を真似たものでもある。
「従来の固定額じゃなくするってことね。つまり、これって稼げなくてもリスクはないってことよね?」
思案気に俯いていたオリヴィエが呟くように疑問を零す。
やはり、彼女は賢い。一瞬で僕の言いたいことを理解してくれた。
異なる視野や見解を理解できる彼女ならば、いずれ思いついたかもしれない。
「その通り。売り上げが低ければ出店税も低くなる。リスクが全くないってわけではないけど、市場に参入する敷居はかなり低くなる。つまり……」
「これを聞きつけた商人が大勢やってくるってわけね。売れ行きが不透明、元手が少ない人でも稼げる可能性はあるものね」
首肯する。
売り上げの大きい豪商は税金が固定額である領地に移るかもしれないが……そんな商人はそもそもマルクスタ領にいないだろう。
それに……。
「そして人の集まるところに金が落ちる。商人が独自の市場を形成すれば客が来る見込みも立つ。そして商人も仕入れのために他から商品を購入する。金が動けば動くほど、その2割が領主の懐に入る」
「確かに。妙案だとは思うけど、余所も同じことをしたら効果はないんじゃない? それに、ウチの領地は治安も悪いし……」
そう、そこがネックだ。だが、マルクスタ領には他の領地にはない特徴がある。
「マルクスタ領には他領にないものがある。……迷宮だ」
「……白鎧迷宮。呼び込む客って探索者のことなのね」
「うん。治安に関しては、粗悪な探索者を足切りすれば良い。探索者の組合登録料及び組合費を領主が負担する代わりに彼らから固定額を徴収する。この固定額は、稼げずに治安悪化を助長する探索者から見れば高く、まともに稼げる探索者からは安く見える金額にする」
今度は打って変わって真逆の制度を用いる。組合に交渉する必要はあるが、あちらに断る理由はない筈だ。
「新規の探索者も増えるわね。良くも悪くも、稼げない人は消えるけれども」
「そこは割り切るしかないね。そして、最大の膿である奴隷業者は市場の増大に伴って弾かれる。元々違法な商売だから表立ってやりにくくなるし、領主に奴隷業者以外の収益が入れば領内に居場所はない」
そもそも、堂々と軒を連ねて市場を形成している今の環境がおかしいのだ。獅子身中の虫を駆除するには、直接手を下すのではなく肩身が狭くなるよう周囲の環境を整えてやればいい。
「ある程度探索者の増加が見込めたら鍛冶師を始めとした職人を誘致しても良いかもしれない。初年度の徴税を無しにするとか、土地や建物の一部費用を領主が負担するとかしてね。迷宮の産物があるから、それを利用してもらうことで特産品も作れるかもしれないし」
確か、僕のいた世界でも法人税を引き下げ、企業を誘致することで発展した国が存在した筈だ。シンガポールだったか。詳しいことは知らないが、概要としては合っている……筈。
図書室で暇潰しに読んでいた文献から得た情報なので、書籍が間違っていればどうしようもない。
「稚拙な策だとは思うけど、僕からはこんな感じ」
僕は経済の専門家でもないので、ここらが関の山だ。決して謙遜しているわけではない。
きっと、もっと適した策はあるだろう。
だが、彼女はそう思わなかったようだ。
「……期待してた通りだったわ。貴方を信じて良かった」
上気した頬に喜色を隠しきれない口元。プレゼントを前にした子供のような、歳相応の少女の笑み。
彼女の一助になれたのであれば、ない知恵を振り絞った甲斐があったというものだ。
「ありがとう。書き留めておくわ。それと、今日はお客様が見えるから、早めに出るわね」
「お客様?」
僕の疑念に対して、手を止めて顔を上げる彼女。
「地方監査官よ。領内に不正がないか定期的に確認しにくるの」
「奴隷業者っていう不正の塊がいるけど、大丈夫なの?」
「勿論、不正として報告されるわよ。普通はね。奴隷売買については先の戦争による特権のようなところがあるから、それなりに兵士を出したとことは見て見ぬ振りをしてもらえるわ。……つまり、ウチは駄目ってことね」
「あ、駄目なんだ」
まあ、奴隷業者が流入してくる以前は貧苦に喘いでいたようだし、仕方がない。
「そうよ。だから、減点を最小限に抑えなくちゃいけないの」
赤点さえ取らなければいいや、といった学生じみた発言のようにも聞こえるが、事情が事情なだけにそれが最善の手なのだろう。
「それじゃあ、また明日。また詳しいことを煮詰めましょう」
木戸に手をかけ、こちらに振り返る。
「期待してるわ」
満面の笑み。
薄く微笑を浮かべて返す。
彼女の背中が扉の隙間から消えていくのを見届けて、僕は嘆息をつく。
数日前、オリヴィエと僕が似ていると口にしたことを思い出す。
だが、違った。
僕達は似ているようで正反対だ。
僕が失ったのは父親。君が失ったのは母親。
僕は貧しくて、君は富んでいた。
母親から愛を受けていた僕と、父親から愛を与えられなかった君。
そして。
――母のために尽くしたくても二度と会えない僕と、父のために尽くすことができる君。
そんな君を、僕は妬ましく思ってはいけないのだろうか。
君が父のために僕に頼り、笑顔を向ける度、胸中が醜悪な感情で澱んでいく僕は悪い人間なのだろうか。
毎夜、月を見上げては嫌悪感と喪失感が僕を苛む。
失意の底で今も尚、僕は――。
「君が噂の奴隷君か」
不意打ち気味に投げられた言葉に思考が浮上する。
オリヴィエの声ではない。
反射的に面を上げると、上等な服を纏った女がこちらを見下ろしていた。
女が緑の長髪をかきあげる。
「どう? この世界は楽しんでる?」
猫のような、好奇心に満ちた双眸が輝いていた。




