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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
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夜に逃げる

その日は雪が降っていた。

しんしんと降り積もる雪を眼前に、白い息を吐きだす。

手袋越しに見える呼気に、無邪気に喜んでいたことを覚えている。


子供用の厚手のアウターに生地の厚い長ズボン。いつもと違う格好を、いつもなら寝ているような時間帯に着替えさせられていた。


自販機の横に据え付けられたチープな長椅子に、身を投げるようにして座り込む。児童の重さに抗議するかのように、プラスチックのベンチが悲鳴を軋ませた。


悲痛な叫びなど聞く耳もたない僕は、意味もなく足をぶらぶらと遊ばせる。


手持ち無沙汰で仕方なかった。家に帰って遊びたいと呟くと、横に座っていた母が泣き崩れた。

ごめんね、ごめんねと悔悟の言葉を繰り返す母を、僕はただ不思議そうに見つめる。


普段は気丈に振舞っていた優しい母が、何故自分に懺悔するのか理解ができなかった。

言葉が寒空に溶けて消える。謝罪は雪に埋もれていき、最後には嗚咽だけが静寂の中に残った。


「おかあさん、どこか痛いの……?」


 雪を掴んで冷えた手袋で、うなだれる母の頭を撫でた。母の身体が震えたのは、きっと寒さによるものではないだろう。


 静かな音を立て、自販機が明滅する。時計台の針は12時を回っていた。


 やがて、静寂を破るように一台の車が現れた。

 母は目元を腫らしたまま、運転手に駆け寄り幾つか言葉を交わした。ドアが自動で開き、母に手を引かれ乗車する。


 車内は外とは打って変わって温かかった。生ぬるい空気と外気との寒暖差に、少し震える。


「これで、行けるところまでお願いします」


 しわくちゃの紙幣を差出し、母が言った。

 運転手は何かを察したような表情を見せ、紙幣を受け取ると二度とこちらに振り返ることはなかった。

 ぎゅっと、母が僕の手を握り締めた。その手はこわばっていて、冷たい。


「大丈夫、大丈夫だからね……」


 痩せこけた頬を吊り上げて、母が笑う。


「うん……」


 ただのお出かけだと、朝にはいつもの家に帰れるだろうと呑気に考えていた。

 そんな考えは、子供ながらに間違っていたのだと、このとき漸く理解した。


 母の手を強く握り返す。冷たく、硬い手だったが離す気は毛頭なかった。

 

 窓の外を流れていく景色が、どこか妙に暗く見えた。

 そんな景色さえ、僕はもう二度と見ることはなかった。

 

 ――夜に逃げる。


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